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2009年7月10日 (金)

恥ずかしながら小生耄碌(もうろく)のこと

きょうはまったくの私的日記となります。

一読されると、必ずや自分の恥をさらしてどうするんだと呆れる向きが多かろうと予想しますが、よろしければお付き合いください。

先日のこと。

家に帰るのにバスを使いました。

その日は、家族に少々気をきかして何かを買ってやろうと思い、スーパーに寄りました。

いつも家人には「お父さんは何も買って帰らないでほしい。余分なものばかり買ってくるから」と忠告されているのを無視しての買い物でした。

「なんだかんだと、そうはいっても、喜ぶだろう」と決め込んで、アイスクリームを買い、ついでに(ではないのですが)、ビールと焼酎その他を求めて、帰宅のバスに乗り込んだ私でした。

その日のバスは空いていましたので、座席に座って本を読むことにしました。買い物袋は横に置きました。

本は週刊文春。連載中の小説に浅田次郎さんの「一刀斎夢録(いっとうさいむろく)」があります。浅田次郎さんの小説は構想の卓抜さもさりながら文章がとても上手で稀代の小説家の名をほしいままにしていると言って過言ではないでしょう。

すっかり読みふけりました。

バスが停まったのに気がついて、今どこだろうと外を眺めると、私の最寄のバス停です。

あわてふためいてバスを飛び降りました。やれやれ、気がついてよかったと思いながら家路につこうとしたところで、今度は、自分がショルダーバッグだけ肩にかけており、手ぶらな状態に、「・・・・・」なにか変だなと気がつきました。

いやいや、わざわざ買い求めたアイスクリームその他が入った袋をバスの座席に忘れています。「おい、バスよ、待て」と口ずさんだところで、バスはとっくに走り出しています。目には見えるのですが、かなり先です。

バスを追いかけるように駆け出しました。

が、追いつくはずがありません。あきらめて、バス会社に電話しました。私の使うその路線バスは巡回バスですので、戻ってくるはずです。バス会社の人に「バス停で待っていますので、運転手さんに連絡お願いします」とまことにまことに愚かなお願いをしました。

電話の向こうの方がいわく、「そういう御用向きでは、運行中のバスと連絡をとることはできません。車庫にもどってきましたら、ご連絡しますので、お電話番号を・・・・・・」とのこと。至極当たり前の返事です。

何のために、自分はスーパーに寄ったのだ?浅田次郎さんの小説がおもしろいのが悪いのだ・・・と自分を棚にあげることばかり考えつつ、後悔先に立たず状態でしたが、すっかりしょげて家に着きました。

事の次第を家族に話すと、忠告を無視するからよと馬鹿にされるだけ。あきらめなさい。そうこうしているところへバス会社から電話があり、忘れ物が届きました、生ものなので明日まで保管します、それまでにとりにこなければ廃棄しますとのこと。

ありがとうございますと返事をしつつも、あ~あ、アイスクリームは溶けてしまうだろうなと思いながら、その日はすっかりしょげかえって床に付きました。

翌日、バス会社に行ったのですが、気持ちよい応対で忘れ物を持ってきてくださいました。

「はい、これで間違いございませんか?」

中をみるとまぎれもない私の買い物袋です。ところが、さわるとひんやりしています。

「いちおう、アイスクリームは冷凍庫に、ビール等は冷蔵庫に保管しておきましたので、召し上がることができると思います」との説明。

びっくり仰天というか、感謝の念がこみあげること数等倍でした。もう、何にたとえたら良いかわからない。丁重にお礼を申して帰りましたが、前日に比して、こんどは家人に鼻高々。どうだい?という調子で忘れ物を家人に預けました。

どうだい!なんて私が威張れるものではないのですが、威張りました。

家族もアイスクリームをおいしく食してくれましたし、その日のビールはバス会社の冷蔵庫で冷やしていただいたもの、いつもの数等倍もおいしいビールでした。

ちなみに、バス会社は東急バス東山田営業所。大倉山高校、都市大グループと同じ東急グループです。私が家人に威張ったゆえんです。

あれ?私の耄碌話(もうろく話)が最後は自慢話になってしまいました。これもそれも、すべて、東急バス東山田営業所の皆様のお陰です。

ほんとうにありがとうございました。

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2009年7月 9日 (木)

トップツアー高橋さん

今日は都市大二子幼稚園の夕涼み会です。毎年七夕前後の夕べに開かれます。園児たちはいつもと違って、暮れかかる夕べ、家の外に出かけられるので、とても楽しみにしているようです。

私ものぞいてこようと思います。

good高橋さんjapanesetea

さて、本日の記事の主人公は高橋さんです。

平成20年の三年生送別会で(↓下をクリック)、卒業生のはなむけに沖縄三線(さんしん)の弾き語りをしてくださった高橋さんです。

 2008年2月29日記事 

その高橋さんと昨日会いました。

今年のカンボジア訪問旅行の打ち合わせに私の職場までお出でくださったのです。

↓ 写真は渋谷の東急セルリアンタワーを背にしたものと打ち合わせ後いっしょに食事に出かけたときのものです。

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大変お元気そうでした。

「大倉山高校の名前を刻んだカンボジア学校を卒業生が訪れる旅行のお手伝いができて、とても有意義に感じる」と言ってくださいました。

大倉山高校時代は長年にわたって、修学旅行、林間学校、ブリティッシュヒルズなどのお世話をしてくださいました。

その頃の話に花が咲き、とても懐かしく楽しいひと時を過ごすことができました。

高橋さんは神奈川私学を卒業しておられますから、私達と同じお仲間ということになります。

もうずいぶん前から、観光業界、旅行業界は営業的にとても厳しい状態にあります。そういうお話もしましたが、厳しさに負けずに頑張っておられる姿は大変頼もしいものでした。

皆様も家族旅行や海外旅行、会社の親睦旅行などのときには高橋さんに御相談になってください。

以下、ご案内しておきたいと思います。

090709top_takahasisi3 ←高橋さんの勤め先です。

トップツアー神奈川教育旅行支店。

下に、トップツアーのリンクをはっておきますので、ご利用ください。

トップツアーについて(←クリック)

トップツアー㈱について(←クリック)

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2009年7月 8日 (水)

信州安曇野その3-2 有明山神社

今日は、しばらく放っておいた信州安曇野行の続き物です。前の記事をお読みになっていない方は、次をクリックしてください。

club有明山神社その2spade

今週はほとんど日記を書く余裕がないため、短いコメントになると思いますが、今日は有明山神社(ありあけざん神社)について続きです。

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←神社の参道入り口鳥居の手前に、お蕎麦屋さんがありました。大変人気のあるお店だそうです。メニューに「気狂いそば」というのがありました。なんだろうと思いましたら、5人前が一つのざるに盛られて出てくるということです。

とてもじゃないが、そんなものいりません。ところが、そう思っているところを、特大盛のざるが通っていきます。「あれですよ」と教えられて、えー、注文する人がいるのか!とびっくり仰天で、その行方へ目をやりますと、家族連れ風の人たちが注文していました。

そうか、みんなで食べるんだと納得したことでした。

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←(1)国宝日光東照宮の門を模した山門ということです。

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(2)相撲土俵と覆い屋根。山門をくぐるとすぐ横にあります。

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(3)山門から本殿へ続く参道と本殿。本殿前で記念撮影に納まりました。

いっしょに写っているのは都市大塩尻のK事務長さんです。安曇野をご案内くださいました。

09061920sinsyuji_azumino25_ariak_18(4)本殿奥にある滝。

小さいですが、神社を守る清らかな流れでした。

09061920sinsyuji_azumino25_ariake_6 09061920sinsyuji_azumino25_ariake_7         

(5)有明山神社は二柱の祭神のほか有明山の山容自体が祭神です。二枚の写真の遠く青く写っている台形状の山が有明山です。

(続く)

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2009年7月 7日 (火)

事務の村田さん

  • 本日は七夕ですね。去る7月4日と5日は師岡熊野神社の星祭でしたが、残念ながら、今年は行けませんでした。代わりにといってはなんですが、一昨年の星祭の記事をご覧ください。↓
  • 2007年7月7日記事(←クリック)

scissors村田さんthink

090617_0908muratasan_in_toshidai 大倉山高校事務室にいらっしゃった村田さんを覚えておられると思います。

 現在は東京都市大学付属図書館(世田谷キャンパス)に勤務されています。

先日、世田谷キャンパスを訪問したとき、大学掲示板の前で偶然出会いました。

大学事務局から、図書館に戻られるところでしたので、長くは話できませんでしたが、お元気だということでした。

「写真を撮らせてください」とお願いしましたら、掲示板の図書館情報の前に行って、

「私の今の職場情報の前が良いでしょう」とポーズをとってくださいました。

皆様によろしくとのことでした。

久しぶりに村田さんに会え、皆様にも近況を報告でき、嬉しく存じます。

airplaneカンボジア訪問旅行rvcar

募集(←クリック)しておりましたカンボジア訪問旅行ですが、現在のところ、4名+現地ガイド1名の5名で実施する方向で準備を進めております。

本当は8名欲しいところですが、毎年実施に意味がありますので、少人数でも行ってまいります。

構成メンバーは、第一回打ち合わせの後、発表したいと存じます。お楽しみに。

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2009年7月 6日 (月)

45期井上ゆりさんの仕事

pencil井上ゆりさん担当のブログを御愛読願いますkaraoke

これまでも、私と45期生の井上ゆりさんが法人事務局でいっしょに働いていることはお話してきましたが、きょうは、井上さんのお仕事の一環をお伝えします。

五島育英会は、東横学園と武蔵工大を統合した都市大グループを運営していますが、グループ全体を網羅するホームページを制作運営しています。

井上ゆりさんは、その制作担当スタッフです。

そのホームページのトップの最下欄に「ブログ」ボタンがありますが、これも井上さんが執筆しています。

校長日記とあわせて御愛読いただければと思います。

↓リンクをはっておきますので、すぐにご覧ください。二つ目のリンクでは、井上さんの後ろ姿を拝見できます。

<ミニ情報> 井上ゆりさんは大のフットボールファンです。ちなみに、関東リーグのひいきのチームはイニシャルにしておきますが、KDです。

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2009年7月 4日 (土)

小野さんより:留学への助言に対するお礼メール

小野純恵さんが留学すること(←クリック)に対してお二人から激励メール(↓下の日付クリック)をいただいたことを御紹介しました。それに対して小野さんから御丁重なお礼メールが届きました。御紹介したいと思います。

pencil小野さんからのお礼状enter

お返事が遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。

そして、お二方から頂いたアドバイス、拝見致しました。

貴重なご意見をありがとうございました。

英文科にいるので日本にいても異文化コミュニケーションとは?アイデンティティとは一体なんなのかと毎日のように考えておりますが、他国へ行けばそれ以上の壁が待ち受けていることでしょう。

私もそれは重々承知し、受け止める準備をしております。

お二方から頂いたお言葉で改めて異文化コミュニケーション、日本人として何を持って行くべきなのか、また何を置いて行くべきなのかを再確認することができました。

頂いたお言葉を胸に日本人として恥じることのないよう、精進して参ります。

貴重なご助言をありがとうございました。

※重永:なるほど、助言をくださったお二方のメールの内容は、確かに、留学する際に自国に<置いていくべきもの>、<持っていくべきもの>というように対比的に表現できます。それをキーワードとして、しっかりと受け止めた小野さんは、留学生活を成功させることと思います。頑張ってください。

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2009年7月 3日 (金)

生徒会長日記@齋藤美紀49期会長 vol.38

齋藤さんから会長日記が届きました。

今回の内容からは、大倉山高校茶道部だった齋藤さんの面目躍如(めんぼくやくじょ、めんもくやくにょ)といったご活躍ぶりがみえてきます。

virgo生徒会長日記by齋藤美紀さんpen

お久しぶりです。みなさんお元気ですか?あっというまに7月になってしまいましたね。
   
  先日受けた英検の結果ですが、A判定の不合格でした・・・。あと、5点だったのにッ!あぁ~、悔しいッ!!と、いうわけで英語が大嫌いな私ですが、次回も受けようとおもいます。
   

 さて最近の私ですが、先月大学で翻訳の授業のクラスの子たちにミニお茶会をひらきました。盆略(ぼんりゃく)点前という最低限のお道具を使ってお盆の上でお点前を、するという基礎のお点前をやりました。

 これは和室や茶釜の無い環境でもお点前ができるものです。一週間前から大学にお道具を運んでいたのですが、いくら最低限のお道具といっても、お客様分のお茶碗が必要なので準備すると結構重たくなり、かさばります。

 そのため、まるで家出をするかのような大荷物を持って自宅から大学まで運びました。お茶会当日は、お点前をしながらお道具の解説をいれたり、お点前が終わった後にみんなにお茶を点てる体験をしてもらいました。

 お抹茶は、高校のときから使っている『小山園の小倉山』(茶道体験のときや、学園祭のときも、このお抹茶をつかっていました。)を使いました。苦味が少なく、まろやかで、ほのかなお茶の甘みを感じられるお抹茶です。

 口に合うか分からなかったので、はじめは薄めに点てました。お抹茶には『苦い』イメージがあるようで、飲んだとき「美味しい」と言ってもらえたのでよかったです。

 お茶を点てるときは、みんな恐る恐るお茶を点ててましたね。「美紀みたいにはやくシャカシャカできないよ~。」なんて言っていた友達もいましたが、楽しんでもらえたようなのでよかったです♪

と、いうわけで、とても好評だったので、次回もミニお茶会をやることになりました!

 次回は翻訳の授業ではないのですが、他の授業でゲストスピーカーとしていらっしゃる講師の方にミニお茶会をひらくことになりました。次回も楽しい会にできたらいいなあと思います。

本校茶道部の記事は、これまで数多く掲載してきましたが、そのうちから下に一つだけリンクをはっておきますので、ご覧ください。

茶道部全部の記事をご覧になるには、右欄検索欄から<このブログ内検索>を選び、キーワードに「茶道部」と打ち込むと出てきますので、お試しください。

2008年3月26日記事

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2009年7月 2日 (木)

哀悼!直江先生のご子息のご冥福をお祈り申し上げます

先日、直江先生(華道)のご子息がお亡くなりになったそうです

本日訃報に接したものですから お通夜告別式共に弔問かなわず大変な失礼をいたしました 

皆様に今からでもお知らせ申すべきだと思いまして 本ブログに掲載申し上げます

直江先生のご子息のご冥福をつつしんでお祈り申し上げます 合掌

※本日の記事はもう一本ございます。(↓)

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ドクダミ草、職員室の裏にびっしりと生えたことが・・・

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梅雨真っ盛りですが、このじめじめとした季節に入る頃、白い可憐な花を咲かせるのが、どくだみです。漢字では、「毒だみ」。むずかしくは、「蕺草」とも書かれるようです。「蕺草」は音読みでは≪シュウソウ≫。耳慣れないですね。

上の写真は、私の近所の空き地に生えているものですが、私は、ドクダミをみると、かつては田舎の湿地を思い出していたものです。ところが、最近は学校の職員室裏のことを思い出します。

 きょうは久しぶりに≪ありし日の母校≫写真です。

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職員室の裏手、とってもきれいに整備されています。

歴代の管理員さんや用務員さんが手入れしてくださっていました。

永田さん、市川さん、前田さん、寺門さん、日向野さん、鶴谷さん、宮崎さん、丸山さん、森下さん、上村さん、雨貝さん、中出さん、樋口さん、小川さん、菅原さん、篠崎さん、ほかに名前を失念し申し訳ないですが、司法試験受験勉強中の学生さんもおられました。以上の方々(漏らしている方がいらっしゃったら申し訳ないです)が、手入れしてくださってきました。

ただ、15年ほど前は、ここまで手入れが行き届かない時代があって、この裏庭一面びっしりとドクダミに覆われていたときがあります。

ドクダミは整腸作用、利尿作用、毒消しに効果があると健康ブームのなか、喧伝されたことがあり、山口勤先生をはじめ、ドクダミを乾燥させて煎じ詰めた「ドクダミ茶」を飲んでおられた先生方がいらっしゃいました。

そのことを懐かしく思い出すのです。

職員室の裏に当たりますので、恐れ多いと思って、ひょっとすると一度も足を踏み入れたことがない方が多いかもしれませんが、私どもには思いで深い場所です。

写真の左下が通学階段になります。

上の写真はいずれも、次の記事に載せたものです。当時の記事全文をお読みになる場合はクリックしてください。

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2009年7月 1日 (水)

信州安曇野その3-1:有明山神社

taurus有明山神社のことnote

今日は有明山神社について。

「ありあけざん神社」と読みます。

09061920sinsyuji_azumino25_ariak_1309061920sinsyuji_azumino25_ariak_1109061920sinsyuji_azumino25_ariak_12 ← 先日、穴になった口を中心に四文字が書かれた両面石碑のことを紹介しました。立て札にありますように「招福石」というようです。

前の記事では書きませんでしたが、この穴をくぐると幸せになるということのようです。立て札にそう書いてあります。でも、私は、写真を現像してから読んだので、その場ではくぐりませんでした。残念無念!です。

さて、有明山神社について、もう少し詳しく御紹介したいと思います。少々長くなりますので、二回に分けます。

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←↑本殿のすぐ近くに皇室の宮様お手植えを示す立て札が何枚も立てられていました。

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皇室にゆかりの深い神社だということが分かりますが、参拝した帰りに、←神社入り口の立て札を読むと、祭神が直接皇室にかかわっているのではありませんでした。

皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)が、弟神の乱暴狼藉に業を煮やして、天岩戸(あまのいわと)という洞窟に隠れた神話をご存じの方は多いでしょう。

お隠れになった瞬間、世界は真っ暗になったといいます。天照大神は太陽神ですので、日食を神話化した伝承だと言われますが、その天照大神を天岩戸の穴の中から連れ出すのに功績があった御二柱が祭られています。

天宇受売命(あめのうずめのみこと)という神様が裸踊りをします。それをみた神々が大笑いをしたのですが、それが聞こえた天照大神は、「いったい外は何事だろうか」と洞窟から外をのぞきます。その瞬間、天照大神の手をひっぱって外に連れ出したのが手力男命(たぢからおのみこと)という神様です。

この御二柱の神のおかげで、皇祖神の天照大神も外へ出られたし、世界もふたたび明るい世界にもどったというわけですので、天宇受売命と手力男命は皇室にとって大事な神です。この御二柱を中心に祭っているのが、有明山神社だそうです。

(7月8日に続く)

この記事に望月浩次様より興味深いコメントをいただきました。次をクリックしてお読みください。 ⇒ 6月30日記事

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2009年6月30日 (火)

望月浩次様(49期望月奏美さんのご父君)≪小野さん激励メールほか≫

望月浩次様よりメールをいただきました。先日、旧姓和田まことさんより小野さんへ激励メールが届きましたが、それに続く激励メールです。御紹介します。

異国留学は希望あふれる高揚感と同時に生活等への不安があるものですから、このように激励のアドバイスが続くのは、とても嬉しいことだと思います。

望月様からは先日の記事で紹介した「吾唯知足」についても、とても勉強になる薀蓄(うんちく)を御披露いただいています。ぜひ最後までお読みください。文中、宿題をいただきましたが、私もまだ調べていません。後日、調べ次第、記事にできればと思っております。

また、記事末尾にこれまでの望月様からのメールリンク一覧を張っておきますので、ご利用願います。

ご無沙汰しております。
49期望月奏美の父、望月浩次です。

楽しく校長日記を読ませていただいております。

まずは先日、6月22日の校長日記 をみたとき、
京都の龍安寺の庭園に同じようなものがあったことを
思い出しました。(テレビでみただけですが)

龍安寺の庭園は石を15個並べているが、1ヵ所からは
15個同時にはみることはできず、1個はどこからみても
石の陰にかくててしまって見えない構造になっております。
(1ヵ所からだけ15個全てが見えるということですが
 その場所は秘密にしますので調べてみてください)

15という数字を完全(十五夜が満月)とすると14個の石しか見えない
のは不完全さがあります。(五節句などの数字にまつわる話について
先生の得意分野だと思います)そこで、14個しかみることができなくても
不満に思わない心を持ちなさいという意味で吾唯知足の石が
あるそうです。

龍安寺では、手水鉢という形であります。
知足の蹲踞(つくばい)と言うそうです。

説明がうまくないのでインターネットで調べてください。

2つめは、小野さんの留学にあたって是非お願いがあります。
留学にあたって、是非日本のことを学んでいっていただきたいです。

留学先で出会う人が小野さんに聞きたいことは日本のことです。
日本の歴史や文化です。歌舞伎や能などの古典芸能も一度鑑賞して
みたらいかがでしょうか?大相撲などもよいかもしれません。
(出発前には7月の名古屋場所しかありませんが)

ソムリエの田崎真也さんがフランスで修行したときに
もっと日本の文化を勉強しておけばよかったとおっしゃって
おりました。彼らが田崎さんがフランスワインのうんちくを
知っていることを望んでおらず、日本のワインやその風土などの
日本について彼らは聞いてきたそうです。

また、月曜日~木曜日の23時10分からNHK教育テレビで
英語講座があります。その中の火曜日はトラッドジャパンという
日本独自の文化や習慣などを英語で紹介する番組があります。
改めて日本の良さを知ることができますよ。
是非参考にしてください。

では、また。

望月様メールリンク。それぞれクリックしてご覧願います。

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2009年6月29日 (月)

おめでとうございます 6月18日ご出産の岡村さん

  • 昨日、映画「39枚の年賀状」(←クリック)を観てきました。ラブロマンスを通して「昭和」という時代を描いた佳品だと思いました。郷里の映像がふんだんに盛り込まれていますので、私どもにとっては記念碑的なアーカイブになり嬉しいのですが、個人的感情を割り引いても、心に残るものがあります。心に残るもの・・・あたたかく残るというのでもなければ、しみじみでもなければ、なんと表現したら良いかわからないインパクトがあります。今週の金曜日(7月3日)までです。六本木のシネマート六本木(クリック)までお出かけください。

卒業生の岡村あずささんが第二子ご出産の報をくださいました。(旧姓若井さん:32期)

今朝(6月18日)10時37分、3790グラム、元気な女の子を出産しました。

予定日より5日も遅れました。

疲れましたー。「なぎさ」と名づけました。

写真のベビードレスは手編みです。

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「なぎさ」ちゃんというお名前ですが、

お姉ちゃんが「なつみ」ちゃんですので、お二人、頭韻を踏む名前になっています。

一枚目の写真のベビードレス、手編みということですが、相当な腕前のお母さんのもとに生まれてなぎさちゃんは幸せです。二枚目のカメラ目線の写真、三枚目のすやすやとした寝姿、ともに幸福を絵に描いたように映ります。健やかなご成長をお祈りします。

次の記事もご覧ください。お姉ちゃんのなつみちゃんの姿を拝見できます。なつみちゃん、妹さんを可愛がってくださいね。

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2009年6月26日 (金)

先輩和田真琴さんより小野さんに激励メール

  • 明日と明後日の校長日記は連休させていただきます。

昨日(←クリック)、小野純恵さんの米国留学記事を掲載しました。それに対して、旧姓和田まことさんより小野さんへ激励のメールが届きました。ご自身の体験をまじえた貴重な助言もあります。

和田さんは32期生で、小野さんの大先輩です。このように後輩のことを気にかけてエールを送ってくださるのは大変素晴らしいことですね。

和田まことさんはたびたびメールをくださいます。末尾にいままでのメールのリンクを一括掲載しますので、あわせてご覧ください。

また、和田さんは本校の第一回海外語学研修生(ホームステイ)です。そのおりの報告集をおくっていただいているのですが、本校長日記には未掲載です。後日、掲載したいと思っておりますがお待ち願います。ではメールをお読みください。

重永先生

こんばんは。梅雨本番となりましたが、お変わりなくお元気ですか?

本日(6/25)の校長日記を拝読させて頂きました。

小野さんがアメリカに留学されるお話・・・ホストファミリーをしている立場から
エールを贈らせてください。

現地での滞在方法は文章からはわかりませんでしたが、アメリカで生活をすることだけは確かですよね。

『初心忘るべからず』・『郷に入っては郷に従え』の精神で頑張っていただきたいと思います。

他国での異文化生活は、本当に心が強くなければ、精神力がなければ続きません。

せっかく行かれるのですから、日本での常識・情報は日本に置いて行っていただいて、アメリカ人になりきって頂きたいと思います!滞在中、日本と連絡をマメにとってしまうと、ご自身が辛くなると思います。

私も我が家で何人もそういう留学生を見てきました。もったいないです・・・。

ホームシックになったら空を見た方がいい・・・これは有名な話ですが、空は世界中どこでも繋がっているので日本でもアメリカでも同じ空が見えるんですよね。

現在、我が家にステイしているK国人留学生は、当初の予定(12月)より早まり今週末にホストチェンジします。

理由は、日本文化を受け入れる姿勢が全くみられず、自国文化の主張・強要でした。

我が家ではもう受け入れられないとさじを投げました。何のための留学でしょうか?何をしに来たのでしょうか?

自分が決めた留学・・・異文化コミュニケーション。言葉で言うほど、現実は簡単なものではありません。芯が強くないと成功はしません。

自国とばかり、同国の友達とばかり会ったり会話をしたりしていては、留学先の言語は習得するどころか忘れていきます。そうならないためにも、何事も自分から積極的に行動を起こしてもらいたいと思います。

小野さんには、是非『大倉山魂』で成功させて頂きたいと思います!

お会いしたことはありませんけれど、応援したくなって重永先生にご連絡しました。

(旧姓)和田真琴

和田さんからの過去のメール等の記事は次をクリックしてください。

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2009年6月25日 (木)

49期生小野純恵さんよりメール:米国留学近し

このたび、49期生の小野純恵さんが米国留学することになり、壮行会を開くというメールを佐藤紫衣菜さんからいただいたことを、次の記事で御紹介しました。

一昨日、小野さん自身からメールを頂戴しましたので、御紹介したいと思います。明るくて心配りが感じられる文章です。

二伸メールをいただいたのですが、それによれば日本の大学でも大勢の友人に恵まれ、教授にもよくしていただいているとのこと。性格の良さに加え、大倉山高校の英単語コンテスト金の女王称号の記録者の小野さんです。米国でもきっと皆さんに可愛がってもらえること請け合いです。

末尾に小野さんが校長日記に登場した記事のリンクをはりますので、あわせてご覧ください。

校長先生お久しぶりです。お元気でいらっしゃいますか?覚えていらっしゃいますでしょうか?(笑)小野純恵です。

今回メールをさせて頂いたのは私のアメリカへの留学について、ご報告させて頂きたかったからです。

本来は、もっと早くお知らせするべきであったのですが、あれよあれよという間に時間が過ぎて、先に友人を伝ってのご報告となってしまいましたこと、大変申し訳ないことでございました。

さて、私は今年の8月18日にアメリカのカンザス州へと旅立ちます!

帰国は5月ですが、日にちは未定です。カンザスはアメリカのど真ん中にある州で、南部に入るので、訛りが少し強いようです。かなりの田舎ですので、勉強するには最適!(笑)

入る大学はベネディクティン大学という共学の大学です。「もったいない」で有名なワンガリさんが卒業なさった大学でもあります。

留学についての手続きはかなり厄介で、苦労致しました。留学担当の先生にも頼れず、ほとんど一人でやったも同然でした。今は米大使館でVisaもとり、チケットも予約済みで、手続きに関しては一通り終えることができました。

高校の成績証明書が急に必要になったときには、佐野先生を始め、大倉山の先生方に多大なご迷惑をおかけしたことと思います(笑)
申し訳ありませんでした、心よりお礼申し上げます。

手続きは終了したのですが、アメリカに行くまでに文法の再確認、単語など人一倍勉強をしなければならず、大学の課題が多い中でどのように時間を有効に使うべきかと試行錯誤しながら日々を過ごしております。

そして佐藤さんが同窓会を兼ねて、私の送別会をと言ってくれたため、8月1日に催して頂くことになりました!

何という心優しい友人を得られたことかと、改めて大倉山を卒業できたことを嬉しく思いました。

呼びかけで、かなりの人数が集まったと彼女から聞き、大倉山の結束の強さ、もとい、皆の大倉山に対する愛情を強く感じました。

8月1日は、校長先生はお越しになられますでしょうか?渡米する前にお会いできれば嬉しいです。

お体にお気を付けて、いつもカメラを持ち歩く(笑)、元気な重長(しげちょう)でいて下さい。

では失礼致します。

追伸、校長日記を携帯で拝見しようとQRコードを探したのですが見つかりませんでした。ココログのURLを入力する方法も試したのですが拝見できませんでしたので、何か方法をお教え頂ければ幸いです。小野純恵

(重永注:携帯でもネットにつないだ状態で「検索」欄に「大倉山校長日記」と打ち込みますと、このブログにアクセスできますので、おためしください。また、文中にある「重長(しげちょう)」・・・久しぶりに聞きました。重永校長の略ということらしいですが、49期生の在学中は、多くの方から「重長」と呼んでもらいました。ニックネームで親しんでくださったことに改めて感謝の気持ちを記しておきたいと存じます)。

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2009年6月24日 (水)

創立者五島慶太翁について(その2)

snow風雪150年を超えて:慶太翁の生家rain

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五島慶太翁の生家は長野県小県郡青木村殿戸地区にありますが、道のどん詰まり、一番奥にあります。後ろはもう山しかありません。

水呑百姓(田畑を所有していない百姓)だったといいますが、明治時代になると、養蚕業などにいそしんで、殿戸地区では裕福な家だったと聞きました。

090603_gotokeita_furusato05_seika写真は、生家を西方向からみたところですが、慶太翁が育っていたころのままの姿だそうです。土壁もしっかりしていて、大層立派です。

090603_gotokeita_furusato07_seika慶太翁は明治15年生まれですので、健在であれば130歳近くになります。この家で育ったのは20歳ぐらいまでですが、慶太翁が生まれた時に築20年だったと想像して、見出しに「風雪150年を超えて」と書きました。

 ↑写真の石垣をご覧ください。お城の石垣のように立派な組み方をしています。この石垣の力が母屋を150年にわたって支えているわけですが、力のある石工さんの仕事ですね。

090603_gotokeita_furusato08_seika←内部に残る囲炉裏。自在鉤で吊るされた土瓶。

 歴史上の偉人の生家が後年まで残存する場合は公的に保存管理措置がとられたり、立志伝中の人物の場合には縁故者によって保存されたりするものですが、五島慶太翁の生家は、特段、そういう措置がとられて残っているのではないようです。管見では今のところ、理由不明です。

 ひょっとすると、五島慶太翁が存命のうちに、「誰も住んでいないのに、いらぬことをするでないぞ」と言い残されたのかもしれませんが、それなのに、このように立派な状態で残存しているのは、ひとえにお隣のUさんがボランティアで管理されているが故です。

090603_gotokeita_furusato06_seika   090603_gotokeita_furusato04_seika←Uさんの庭から眺めた慶太翁生家です。

慶太翁は、この家で20歳ぐらいまで過ごした後に上京することになります。

幼少のみぎりから利発だったようですが、「追想記」などで読むことのできる幼馴染(おさななじみ)の方々の慶太少年の人物評価は、女性からは「大人しい優しい人だった」というものであり、男性からは「きかん坊でお巡りさんにも悪態をつくことがあった」などというものです。この評をきくとちょっとニヤリとさせられますね。

(続く)

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2009年6月23日 (火)

吾唯知足 吉呼員和 in 信州安曇野その2≪有明山神社≫

6月21日に24万アクセスを達成しました。卒業生のお母さんがヒットされました。あと二ヶ月ほどで4年を迎えますが、1年に6万ヒット以上の計算になります。本当にありがたいことだと思います。皆様の御愛読の賜物です。

きょうの記事は昨日(←クリック)の続きです。未読のかたは昨日からご覧ください。

09061920sinsyuji_azumino25_ariakeza 09061920sinsyuji_azumino25_ariake_2 左の写真の石に書いてある文字をどう読み解くかという話題でした。場所がどこかは、今日の記事の最後に書きます。

真ん中を繰り抜いた貨幣型の石の真ん中に四角い穴をうがってあります。そして、表面には、口を囲んで順に五⇒隹⇒止⇒矢という字が彫られていおり、裏面には、同じく口を囲んで、≪土⇒乎⇒貝⇒禾≫という字が彫られているわけですが、さて、これをどう読むのでしょうか?

答は、次のように組み合わせて漢字を作り、以下のように読みます。

最初のほうは、≪五+口=吾≫、≪口+隹=唯≫、≪口+止=足≫、≪矢+口=知≫となります。まとめると、≪吾唯知足≫となり、読み方は、「吾れ唯だ足るを知る」(われただ足るを知る)と読み下します。

「自分はどのような境涯にあっても満足するすべを知っている」という意味で、決して不満や愚痴に身をやつすことをない、きわめて落ち着いた心境で毎日を送ることが大事であることを教えてくれる言葉です。 

裏面のほうは、≪土+口=吉≫、≪口+乎=呼≫、≪口+貝=員≫、≪禾+口=和≫と組み合わせられて、≪吉呼員和≫となります。読み下しは、「吉を呼んでかず和す」となります。意味は、「良い知らせや事柄を呼び込んで、みんなが和やかになる」ということだそうです。

09061920sinsyuji_azumino25_ariake_609061920sinsyuji_azumino25_ariake_4    では、訪問した場所を明かしましょう。信州安曇野(あずみ野)の有明山神社というところです。←左の写真をご覧ください。参道と山門です。

  • 後日譚ということになってしまいましたが、さきほど気がついたのですが、昨日の日記、本文で「ある神社」として、場所は明日教えますと書きながら、なんと見出しに「有明山神社」と赤く堂々と書いてしまっていますね。まことに間抜けの仕儀でした。「頭かくして尻隠さず」どころか、頭を出してしまっているなんて・・・・・

安曇野を訪れたのは初めてのことでした。この神社だけでなく、頑是ない子供の絵で有名な「いわさきちひろ美術館」も訪れ、久しぶりにゆったりとした時間の流れに身をおくことができ、命の洗濯をしたように思います。

きょうはここまでにして、まだまだ、皆さんにお知らせしたい写真がありますので、次回以降に譲ります。4-5回シリーズになりそうです。お楽しみに。

続きクリック⇒7月1日

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2009年6月22日 (月)

口に≪五⇒隹⇒足⇒矢≫、口に≪土⇒乎⇒貝⇒禾≫ その1

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先週末、都市大塩尻高校へ出張へ行ってまいりましたが、仕事が終わったあと、事務長さんが、せっかくだからと、車を飛ばして信州路をご案内くださいました。

勉強になったことが多くありましたので、僭越な言い方ですが、皆様の後学に供したいと存じます。あまり余裕がありませんので、きょうは短い記事にせざるをえません。そういうことで詳細は次回以降に回し、見学場所等も後回しにすることをご了解ください。

09061920sinsyuji_azumino25_ariakeza 09061920sinsyuji_azumino25_ariake_2←ある神社にすえられていた「福を招く石」です。

真ん中に□の穴がうがたれていて、それを囲むように字が彫られています。神社の参道から本殿に向かっていくときに望む面(これを表面といっておきますね)、表面に、口を囲んで順に≪五⇒隹⇒足⇒矢≫と彫られています。その裏面には、同じく口を囲んで、≪土⇒乎⇒貝⇒禾≫と書いてあります。

さて、これは、それぞれ、口を漢字の偏(へん)や旁(つくり)を表しているのですが、さて、皆さんはどう読み解かれますか。

私はまったく知らなかったことです。もっとも、口に≪五⇒隹⇒足⇒矢≫の方は、ほんの一ヶ月前、五島育英会の専務に教わったばかりではあるのですが、この歳になるまでまったく知らなかったことです。

さて、解き明かしは明日以後、少しずつしていきたいと思います。(クリック⇒6月23日

今日は所用につき、ここまでにさせていただきます。

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2009年6月19日 (金)

創立者五島慶太翁について(その1)

もうすぐ24万アクセス(240000)に到達します。ヒットした方、ご連絡願います。大倉山の封筒で記念品を送ります。

本日、長野県の都市大塩尻高校へ出張です。東横学園並びに五島育英会の創立者五島慶太翁は長野県に生まれています。きょうは公開期日指定で、慶太翁の記事をアップしたいと思います。

  • 五島慶太翁については、次の記事で紹介したことがあります。未見の方、ご覧ください。
  • 2008年6月26日記事

先日、五島慶太翁の生家を訪問する機会を得ましたので、写真をいくつか撮ってまいりました。きょうは、少し詳しく創立者の五島慶太翁についてお話ししたいと思います。

 長くなりますので、来週月曜日までの連載とします。 

telephone創立者五島慶太翁の生家:長野県小県郡青木村殿戸mist

090603_gotokeita_furusato13_koumink「ちいさがた郡あおき村とのど」と読みますが、五島慶太翁の生家は、この長野県小県郡青木村殿戸にあります。←写真は殿戸地区の公民館です。

大変立派な公民館で、もともとは五島慶太翁が故郷を敬して寄贈したものだそうです。

  • 五島慶太翁は、明治15年(1882年)に同地の水呑百姓(みずのみ百姓:自分の土地を持たない農民)小林家の子に生まれました。
  • 学問に進もうとする慶太翁に対して父親は反対しましたが、母親が父親を説得してくれたおかげで旧制中学校に進学でき、さらには東京高等師範、東京帝大に進むことができました。
  • 卒業後、農商務省、鉄道院に勤めた後、現在の東急電鉄の設立にかかわり、東急グループを発展させた立志伝中の人物です。
  • 30歳のとき、小林家から五島家へ養子に招かれたため、五島慶太となっています。
  • 会社のM&A(合併吸収)を繰り返しながら東急グループを作り上げたため、口さがない評論家から「強盗慶太」と呼ばれたりし、私も若い頃、その評をまともに受け取ったこともありますが、いま、五島慶太翁を調べはじめて、なかなか立派な人物であったことがわかります。
  • その方を創立者にもつ東横学園、東京都市大学グループの卒業生は創立者を誇り思って良いでしょう。

090603_gotokeita_furusato02_syoutok090603_gotokeita_furusato01090603_gotokeita_furusato03_syoutok青木村には、五島慶太翁を顕彰記念する公園が作られています。

田園風景の広がるなかに作られた頌徳碑と碑文です。

この公園から車で15分ほど上ったところに、殿戸地区があり、その集落の一番上に五島慶太翁の生家はあります。

その生家については、来週月曜日の記事に。お待ちください。土日はこの日記も連休をいただきます。

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2009年6月18日 (木)

おめでとうございます。岡村なぎさちゃん御誕生!

岡村あずささんが第二子ご出産の報をくださいました。(旧姓若井さん:32期)

今朝(6月18日)10時37分、3790グラム、元気な女の子を出産しました。

予定日より5日も遅れました。

疲れましたー。「なぎさ」と名づけました。

写真のベビードレスは手編みです。

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「なぎさ」ちゃんというお名前ですが、

お姉ちゃんが「なつみ」ちゃんですので、お二人、頭韻を踏む名前になっています。

一枚目の写真のベビードレス、手編みということですが、相当な腕前のお母さんのもとに生まれてなぎさちゃんは幸せです。二枚目のカメラ目線の写真、三枚目のすやすやとした寝姿、ともに幸福を絵に描いたように映ります。健やかなご成長をお祈りします。

次の記事もご覧ください。お姉ちゃんのなつみちゃんの姿を拝見できます。なつみちゃん、妹さんを可愛がってくださいね。

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体育祭その5

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以下は、昼休みに行われる部活動紹介の行列行進です。

書道部、演劇部、化学部、イラスト部、茶道部、弓道部、アニメ部、太鼓部などなどがあります。どの写真がどの部活か想像しながらご覧ください。

アニメ部はコスプレで歩いていました。

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2009年6月17日 (水)

等々力同窓会総会

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090614toyokomasumikai02_iriguchi←去る日曜日、目黒雅叙園にて、「東横学園(この4月より都市大等々力)70周年記念「同窓会」総会」が開かれました。

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090614toyokomasumikai04_kaijo200名を超える参加者でした。

090614toyokomasumikai03_kenka五島育英会の山口理事長からの献花が会場入り口で参加者を出迎えていました。

090614toyokomasumikai12_yano_kuwaya 大倉山高校同窓会の矢野会長さん、副会長の市川さん、桑山さんのお三方といっしょに私も招待を受け参加してきました。

090614toyokomasumikai13_ya_kuwa_iti090614toyokomasumikai14_ni_ya_e_ka_ 佐野教頭先生、古川明美先生も参加されていました。

上の写真で桑山副会長さんの表情がうるんでいますが、懇親会締めの「校歌」合唱で、涙が止まらなくなったそうです。最後の卒業式が思い出されてならなかったとおっしゃっていました。

  • ※都市大等々力の校歌は大倉山の校歌と同じ<♪神代ながらに 静まりて 永遠に揺るがぬ 富士の山~~♪> 右欄リンクからアクセスできます。お聞きください。

懇親会アトラクションは、お二人の女性学者さんによる「シャンソンとトークショー」。

お二方のうちお一方は、皆さんもよくご存知の高名な方です。

大変素敵なショーでした。

 その写真を掲載しますが、写真ではどなたかお分かりになれないと思います。雰囲気だけでも味わっていただきたく掲載しております。

 一枚目の写真は間違ってシャッターを押したものですが、グラスがアップになって、偶然ながら、なかなかしゃれた(?)写真になっていると思い、掲載しました。

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2009年6月16日 (火)

大林監督が推薦文、映画「39枚の年賀状」いよいよ東京でも上映

  • 都市大等々力中高(旧東横中高)の同窓会(ますみ会)の総会と懇親パーティのもようを本日アップすると書きましたが、後日に回します。ますみ会の今日のホームページで紹介されていますのでご覧ください。

clover映画「39枚の年賀状」、シネマート六本木にて20日よりcherry

090616_39mai_no_nengajou1090616_39mai_no_nengajou112月10日の記事で、私のふるさと宮崎県を舞台にした映画<39枚の年賀状>が封切られたことを御紹介しました。↓クリック

090616_39mai_no_nengajou3←この映画がいよいよ、来る6月20日より東京六本木において上映されます。ぜひご覧いただきたくご案内いたします。

  • 6月20日より二週間
  • 映画館は、<シネマート六本木> 03-5413-7711
  • URL;http://www.cinemart.co.jp
  • 地下鉄六本木駅 3番・5番出口より徒歩約2分
  • 映画館への地図は、上のURLをクリックするか、上に載せた写真をクリック願います。

090616_39mai_no_nengajou4_oobayashi映画の内容については、次のサイトをご覧いただきたいと存じますが、(クリック→)http://www.office-new-ta.co.jp/39nenga/、案内チラシに、映画界の巨匠大林宣彦監督が推薦文を書かれていますので、それを下に抜粋引用しておきます。ぜひお読みいただき映画館にお出かけ願います。

090616_39mai_no_nengajou2←俳優の風間トオルさんが出演し、東国原宮崎県知事も特別出演しています。

私も制作協賛しておりますので、エンディングのテロップに小さく名前が出ると思います。探していただければ嬉しいです。

(大林宣彦監督の推薦文より) ・・・・・・日本の激動の季節を生き抜いてきた時代を凝視する眼力の蓄積が、稀に見る映画の物語を伝達する力と美しさを焙り出すことに成功した。・・・・・忘れてはならぬものと忘れて了ったこととの痛みが切実に伝わって来る。・・・・・彼らが願う未来の平和を生むための、これは温故知新の物語であるから。・・・・・宮崎の古里人が、奇蹟の映画を作った。讃!

  090616_39mai_no_nengajou5←最後に一枚。マンションのベランダで、鳩の雛がかえりました。巣を作るわけでもなく、卵を産み落として、体だけで温めてかえしたということですが、今回で二回目のことだそうです。

このマンションのベランダ・・・映画「39枚の年賀状」をプロモートしている会社のベランダです。この会社の社長は高校の同窓です。先日、遊びに行ったときに教えてくれました。きっと、映画のヒットを後押ししてくれる僥倖(ぎょうこう)じゃないのと話し合ったことでした。皆様も応援ねがいます。

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2009年6月15日 (月)

体育祭写真その4:

  • 昨日(6月14日)、都市大等々力中高(旧東横中高)の同窓会(ますみ会)の総会と懇親パーティがあり、本校同窓会役員の方々といっしょに招かれ参加してきました。明日、ご報告したいと思います。

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きょうは、都市大等々力中高体育祭の模様、その4です。

←冒頭の写真は、東急大井町線等々力駅舎。

 体育祭終了後、見学に来られた保護者や来春受験しようという小中学生、保護者の方々でホームがあふれておりました。きっと駅員の方々も常ならぬ風景にびっくりされていたことでしょう。いや、駅舎がごったがえすのも、東横中高体育祭による毎年6月はじめの風物詩として眺めておられるのかもしれませんね。

↑等々力駅は、古い駅舎ですが、大倉山駅も昭和40年代まではこのスタイルの駅舎でした。大倉山は昭和50年代にはもう改築されましたから、考えてみれば、大倉山駅が鉄筋コンクリートの駅舎になったのはずいぶん早かったことになります。

 この駅舎は重要文化財級ですね。

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 体育祭写真はその1からその5まであります。今回以外の記事については、次をクリックしてください。

 次に掲げるのが、体育祭の写真のその4になりますが、はじめの4枚は、舞チアー部のエキシビション演技です。あとの5枚は、赤組、緑組、黄組による応援合戦です。

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2009年6月14日 (日)

6月13日生徒会長日記へコメント

6月13日の齋藤美紀49期生徒会長日記に、魚谷先生よりコメントが寄せられております。ご覧ください。クリック→ http://okurayama.way-nifty.com/kocho/2009/06/49vol37-585e.html#comments

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2009年6月12日 (金)

私の恩師(続き)&てげてげ音頭

  • 13-14日の土日は校長日記も連休をいただきます。

pencil教員の気持ちと教え子の気持ちpencil

 9日の日記(←クリック)で、私の恩師が上京して、同窓生19名でお迎えした話を尻切れトンボで終わらせました。続きを書いておきます。

 私の名前を思い出せず、私に早く名乗れとおっしゃる恩師に、「そうはいきませぬ」と答える私というところまで書いておきました。

 卒業生の皆さんに「私を覚えていますか?」とたずねられて、たまに、私は「覚えているよ。しかし、今とっさには出てこない。時間がもったいないから、早く教えてよ」と答えることがあります。

 すなわち、私は、先週の土曜日、8日に、私にたずねるときの皆さんの心境が大変よく分かる経験をしたわけですね。

 そして、同時に、私が皆さんと同じようにすぐには名前を明かさないでいたときの恩師の戸惑いを私は十分に知りながら、皆さんと同じように恩師に接したわけです。

 かなりの意地悪と言われればそうなのですが、私としては両方の気分を味わいつつ、恩師の先生とゲームを楽しむつもりで恩師に接したのでした。

 「先生、後で来ますね」と言って自分の席にもどって、司会の形どおりの進行に従って会が進んだ後、恩師のところに行きましたら、恩師が「君は重永じゃねか?」(宮崎弁)とおっしゃるではありませんか。

 嬉しかったですね。恩師に自分を思い出してもらえるというのが、このように嬉しいものかと思いました。

 おこがましい言い方になりますが、私がすぐには名前を答えられないで、しばらく後に思い出して答えたときの卒業生の皆さんの気持ちを十分に味わうことができました。

 その後は、しばらくぶりに会った同窓生や御家族と懇談をしたほか、実は、恩師の奥様が踊りのお師匠様で、昨年、東国原宮崎県知事が作詞された<てげてげ音頭>の振り付けをなさったとかで、奥様に<てげてげ音頭>の踊りを皆で教わったり、焼酎を飲んだりして夕べを過ごしました。

  • ※ちなみに、<てげてげ音頭>の作曲者は私の同郷の先輩(私の兄の同級生)で、歌手の水木大介は私の同郷の後輩です。歌手の水木大介はこの日の集まりにも来てくれました。皆様、どうぞ、CDをお買い求めいただけたら有難いです。

 ところで、今回の二回にわたる私の恩師の記事、若い卒業生には違和感があるかもしれませんね。私の恩師は古希の年齢、私達教え子は今風に言えば、もうすぐアラカン(還暦が近い)の世代。若い卒業生にすれば両方とも老境ないし老境に入るところ同志ですからね。

 しかし、世間の常どおり、確実に私達は40年前の師弟、同窓の関係にもどった土曜日のひと時でした。あとで聞けば、同窓のうちの四人は横浜のカラオケで朝4時まで歌って、電車で朝帰りをしたとか。<馬鹿な人間だった>若い昔に戻ったわけですね。

 今回は卒業生の皆さんの心境にもどったりしたことのお話でした。

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2009年6月11日 (木)

生徒会長日記@齋藤美紀49期会長 vol.37≪英検受検≫

  • 齋藤美紀さんから「生徒会長日記」第37号(↓)が届きました。生徒会長日記の過去ログは左欄カテゴリー「齋藤生徒会長気まぐれ日記」から全てご覧になれます。

virgo日曜日に英検一次試験pencil

6月になりました。紫陽花が咲き始め、梅雨に近づいてるようです。

さて、6月1日は学校の創立記念日でしたね。

昨年の日記には、友達と遊びに行ったことなどを書いた気がします。今年は大学で授業だったので、いつもと変わらない平凡な一日でした。

平日とあって皆さんもそうだったのではないでしょうか。

さて、最近の私ですが先日英検の受験票が届きました。

大学からでている翻訳の課題や他の授業の課題をこなしながら、英検の勉強もしているので、どうしても大学の課題優先になってしまい英検の勉強がおろそかになりがちです。

それに、分からなくなってくるとウンザリして勉強をサボったり…。む
しろ勉強を「していない」に状態に近いです。本当に英語が苦手なんです。

努力不足だと言われてしまえばそれまでなのですが、なかなか手が伸びないものでして…。こんな状態なのに今週の日曜日に英検の一次試験があります。

翻訳の課題がやっと一段落したので今からでも勉強しようとおもいます。

あぁ~、英語嫌いッ!!

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2009年6月10日 (水)

<あじさい>の葉っぱは猛毒、でも甘茶は飲める

  • 昨日の日記の続きは後日に続けます。体育祭の写真もまだ掲載予定があります。お楽しみにお待ちください。

wobblyあじさいの葉っぱは口にしてはいけないclub

今日は授業の枕のつもりでお読みください。

 沖縄はとっくに梅雨に入り、このところの天候からすれば九州から関東も近々入りそうですね。

 梅雨の花といえば、紫陽花(あじさい)が思い浮かびますが、昨年、料理の敷き葉にあじさいを使って、それを食べられると思った人が口に入れて中毒になったというニュースが流れました。

 敷き葉といえば、普通は、紫蘇(しそ)の葉=大葉(青葉)であったり、菊の葉であったり、大きいところでは葉欄(はらん)や棕櫚(しゅろ)の葉であったりします。柿の葉も使うことがありますね。

 細い松葉を添えたりするのも、敷き葉に数えるそうですが、銀杏の葉や紅葉、桜の葉は季節を色濃く感じさせてくれます。

 このように、敷き葉は、肴のツマとあわせて日本料理になくてはならぬものです。

 アジサイの葉も広いし、季節を感じさせるものですので、使う板前さんがいても不思議はないところです。ところが、毒性があるとなれば別問題ですね。料理人としてその知識がなかったとすれば問題があるところでしょう。

 自分が生きている世界、働いている世界で絶対に必要な知識がないまま働いているというのは、おそろしい結果をもたらすことがあります。料理の世界でなくても心したいところです。

090525_amatya_2← さて、これは私の近所の畑に植えられている「甘茶」の花です。

甘茶の花って顎紫陽花(がくあじさい)の葉っぱと似ていますね。それもそのはず、甘茶はアジサイの仲間なのだそうです。

この畑の地主さんは、季節折々の花々を畑の周辺に植えて、道行く私どもの目を楽しませてくださるのですが、「甘茶」の立て札に「アジサイ科」と加えてくださっています。それで、私も今回、甘茶がアジサイ科だと初めて知りました。

 甘茶といえば、4月8日のお釈迦様(仏陀)の命日にいただきますよね。

 アジサイの葉に毒があれば、仲間の甘茶の葉にも毒があるはずです。どうして、甘茶は飲んでも平気なのか。

 調べました。甘茶は蒸して発酵させることで毒が抜けるのだそうです。

 今日の日記は以上で終わります。

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