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2005年10月21日 (金)

創作寓話「牛と三郎」(1992年)

  • 中間テスト最終日。明日は実力テストです。頑張ってください。
  • 今朝、田園都市線の事故で十数名の生徒が試験開始に間に合いませんでしたが、先生方のご協力で特別体制をとり、無事、試験を終えることができました。
  • この間、学校ホームページ経由のコメントを送ってくださっている皆さん、ありがとうございます。メ-ル及びメルアドはサーバーにも残らないようにしておりますので、ご安心ください。

■今日は午前出張、午後も出張で、あまり時間がありません。私が作った「寓話」を掲載して、お茶を濁すのをお許し願います。

私は、卒業文集に寄せる文章をありきたりにしか書けなくて、卒業生に申し訳ないと思っておりました。それで15-6年前から、寓話を作って発表することにしました。出来ばえは大したことはありませんが、卒業してからも新作がほしいという生徒や、旧作も読ませてくださいという三年生がいたりして、作り甲斐を感じたこともあります。

校長日記作成に余裕がないときは、今後も作品を掲載してまいりますので、ご了承願います。

         牛と三郎 (1992年卒業生へ)

 むかし、日向の在所に三人の兄弟がおりました。
 太郎、次郎、三郎と言いました。三人は百姓で、みんなで牛を一頭やしなっておりました。
 牛飼いは大変です。朝早くから「食み切り(はみきり)」をして、餌をやらなければいけませんし、小屋の外に出して運動もさせてやります。外に出しているあいだ小屋の中の掃除をすませます。便にまみれた敷藁(しきわら)を、新しいふんわりとした藁に替えてやります。古い敷藁は堆肥(たいひ)にします。世話をしている間、牛に話しか051021_usi_hakubutukan けてやらなければなりません。牛は情緒深い動物です。
 昼も餌をやります。晩にも餌をやりますから、餌にする草を畑から刈ってくる作業が一苦労です。夕方には牛の体を丁寧にブラッシングしてやります。汚れも蚤(のみ)も全部こそぎ落としてやります。何日かに一度は川につれていって洗ってやります。そうしたことを毎日繰り返すのです。来る日も来る日も三人兄弟は仲良く牛やしないをしました。
 太郎は牛に餌をやることをうけもちました。次郎は運動と小屋掃除をうけもちました。三郎はブラッシングをうけもちました。三人とも世話をしているときには、決まって牛に声をかけてやりました。三人の誰がおろそかになっても、牛は気持ち良く暮らせません。気持ち良く暮らせなければ牛は人間の為にしっかりと働いてはくれません。だから、兄弟三人、つとめをよく果たしていました。
 ただ三人にはすこしづつ違いがありました。太郎は村の人にいつも、牛飼いは苦労が多いがやりがいがあるよ、牛飼いに比べれば他の仕事はつまらない、と誇らしげに言っていました。次郎は村の人に、ためいきついて言いました。兄貴がやれというから仕方ないよ。
 051021usi_hakubutukan_mongoru 三郎は仕事が好きであったわけではないのですが、牛が好きでした。でも、牛飼いのことについてあれこれ言わずに、黙々と世話をするだけでした。
 以上のように三人には違いがありました。また次のようなところでも違いがありました。太郎は用事ができた時、村人に一生懸命、必死に牛飼いの意義を訴えて代わってもらいました。次郎は兄が留守のときは、小屋掃除だけやって牛の運動を手抜きしました。三郎は雨の日も風の日も炎天の日も川に連れていって体を洗いながら、牛と遊びました。それほど牛が好きでした。
 そんな三人でしたが、事故で兄弟いっぺんに亡くなってしまいました。村人は太郎のことを惜しい人をなくしたと残念がりました。次郎のことも嫌がっていた牛やしないをよく頑張ったと盛んにほめました。
 しかし、いつも寡黙だった三郎のことはあんまり話題になりませんでした。
 でも、牛が三郎の周りをモーモーと悲しそうに泣きながら、遺体をしっかりと舌で洗ってくれました。どっぺん。

※今日の写真は次のサイトからお借りしました。「牛の博物館」というサイトです。

http://www.isop.ne.jp/atrui/mhaku.html

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