« 寺内タケシ&ブルージーンズハイスクールコンサート①、卒業式に向けて | トップページ | <終り良ければ全て良し、ただし始まりが肝心> 五輪の荒川選手・村主選手、そして師岡熊野神社 »

2006年2月24日 (金)

寺内タケシ&ブルージーンズ=ハイスクールコンサート        全開!!報告

  • 2年生学年集会(放課後);三ヵ年教育計画等<年度末年度始め>諸行事について、三学期末試験について

■お待たせしました。寺内タケシ&ブルージーンズ=ハイスクールコンサート報告記です。

少々長くなりますが、感動をそのまま筆に託しましたので最後までお読みいただければと思います。

※本記事は写真の転載転用のみならず文章転載も固くお断りします。

060224_0223terauti_midorikoukaido 060224_0223terauti_6tonsya_sokumen_moji 060224_0223terauti_finale12時間近くの演奏とトークに体中が<寺内>化しているなか、アンコールも終わってフィナーレを誰もが惜しんでいるとき、寺内さんが生徒に尋ねました。「どうだい?きょうは来て良かったかい?来て良かった人?」

瞬間、場内割れんばかりの拍手・・・寺内さんの言葉が続きます。

「高等学校を卒業して社会に出ると、いろいろなことに突き当たると思う。しかし、決してくじけるんじゃないぞ!いじけるんじゃないぞ!泣くんじゃないぞ!」・・・・泣くんじゃないぞ!といわれて泣いている生徒がいます、先生も泣いています。ゆっくりと寺内タケシさんがステージから去ります。

 あとに感動がずっと残り続けた・・・こんなコンサートでした。

日は冷雨となりましたが、223日は陽気に恵まれました。

060224_0223terauti_kaienmae 0602240223terauti_opening1 060224_0223terauti_opening2 午後1時半、ブザーとともに開演挨拶のナレーションが宙から聞こえる中を、アロハシャツに白いパンツで揃えた<寺内タケシ&ブルージーンズ>の登場です。そして寺内さんのあいさつ「昨日、沖縄の浦添市民会館でハイスクールコンサートだった。横浜に帰ってきたばかりだ。昨日はここの4倍ぐらいの広さで10倍ぐらいの人数だった。今まで48カ国を訪れてきた。年間に180ぐらいのコンサートを開いている。うち40が学校関係だ。今日のお客さんの数は今までで最少人数だけど、力は抜かないよ。ギターを始めたころ世の中に流れていた曲をメドレーでいくから、全部通しで演奏して欲しい曲には拍手でこたえるように」こんな風に始まりました。

060224_0223terauti_notterusanokyoto <涙のギター>をはじめ当時のヒットパレード、世界的なバンド;ベンチャーズの曲、サーフィンミュージック、映画「若大将シリーズ」の湘南サウンドと続きます。♪ノッテケノッテケ・・・テケテケ♪♪ またたくまに会場はエレキギターの世界に魅了されてしまいました。サーフィンミュージックでは、「乗るんだぞ!」の声に、先生達までが乗ってしまいました。教頭先生は大の寺内ファン。乗ってるかな~と思って後ろを振り向くと案の定!横にいるM先生も大の音楽ファン、体がガンガン動いています。

どうだい?どんなに大音響でも、うるさいだけの騒音とは違うだろ?」生徒がみんな頷きました。

メンバーズ紹介では、サンプリングキーボードに収められた音が披露され、電子音で作られたティンパニーの響き、ハープのかなで(奏で)、尺八のねいろ(音色)に、へえーっという思いでしたね。

アルゼンチンタンゴのリズムで「小雨ふる道」「マツケンサンバ」、そしてメンバー一人一人によって「絆」「さくら」「キラキラ」「世界に一つの花」。

コンサートのなかほどでバンドシンガーの岩沢あゆみさんによる「栄光のかけはし」などメドレー歌唱が入りました。寺内さんによるといま、バンドシンガー(ボーカル)を置くバンドは世界広しといえどブルージーンズだけになってしまったそうです。岩沢さんのトークによると、寺内タケシさんは空手三段だそうですが、歌唱指導が厳しくて、ときには<寸止め>の拳を目の前に突き出されての指導もあるとか。それでも岩沢あゆみさんは歌が上手になれてコンサートでみんなの拍手をもらえることで寺内さんへの感謝がわいてくるのだそうです。

あっという間に1時間半がたってしまいました。もっともっとエレキの音魔にひたり尽くしたいと思っているとき、寺内さんがマイクに向かって語り始めます。

「戦争のさなか、北関東茨城は土浦の地で、ギターの音に魅せられた5歳の男の子がいた・・・誰かにギターを習いたい・・・そんな衝動をみたしてくれる大人はどこにもいなかった・・・ところが実は身近のところにいた・・・三味線を弾かせれば日本一、男の子の母親がいた・・・ギターじゃないが弦を弾くことができる、すぐに習わせてくれと言った・・・母親はいった<芸事を習う以上はどんなことがあっても泣き言を言うことはできないよ>・・・テラウチが弦に触れることになった瞬間だ、押忍(オス)!・・・だが、男の子の手は紅葉の葉っぱのような可愛い手だ、当時の三味線の弦は鉄でできている、鉄が指の皮に食い込む、とうとう身を食い破り、骨がみえた、涙を流して母親に差し出した・・・母親はなんと、その指を塩壺の中に突っ込んだ、男の子は声を出して泣き叫んだ、母親はひとこと<だから言ったろ!芸事を習う以上、泣き言を言うんじゃない!>、押忍!・・・」

060224_0223terauti_finale このように声を押し殺した静かな名調子のトークが続きます。

・中学生になって勉強をしなかったこと、

・高校入学の際の仰天する逸話、

・その高校でギターを選ぶか勉強を選ぶか親父様がくだした条件とそれに寺内少年のとった態度、

・世界最初にエレキギターを作った(ギターの音色を電気音として出した)のは実は自分であること、

・さてそれはどうやって作ったか、

・さらに長じてバンドを結成し、「エレキギターは不良」として退学にさせられる高校生たちがいっぱいいた、やるせなかった許せなかった、よしその偏見とたたかうにはエレキコンサートを高等学校で実施しようと百校の校長先生に話しに行った、結果は三人の校長先生が話を聞いてくれただけ、あとは門前払い、それでも粘り強くまわりつづけてとうとうある校長先生が引き受けてくれた、押忍!

・国会でも演奏することになった・・・そうして最近、ハイスクールコンサートバンドとして「文化財」(!!!!!指定を受けるに至るまで長い長いトークでした。

しかし聞いていて、ちっとも飽きが来ない、話にひきこまれるいっぽうです。

ところで、今までを読んでいてお気づきのとおり、話の区切りというか、寺内タケシさんの成長の節目節目、人生の転換点、そういうところに<押忍!>という空手修行の気合が入るのですが、これがまた、大げさな気負いのないぐっと腹のすわった気合の入れ方で絶妙というほかありません。寺内さんの人生を象徴しているのでしょう。

060224_0223terauti_hanataba_with_miyamura0 060224_0223terauti_hanataba_with_miyamuratise 060224_0223terauti_hanataba_takadakato そういう感動的なトークが終わったところで、ベートーベン「運命」を編曲したエレキギター演奏、津軽三味線のエレキ版と続き、生徒会長のMさんによる花束贈呈、そしてアンコール、最後のトークと続きました。ところがどこまでも続く寺内タケシさんの魅力。生徒会長に語りかけながら「君にやるよ」と差し出したのは「寺内タケシ」と金彩文が刻まれたギターピック。またフィナーレでステージ階段に腰掛けて、さりげなく前列の生徒を招いていっしょにすわらせて話しかける。060224_0223terauti_kaidan_with_seito 060224_0223terauti_finale0 060224_0223terauti_finale2

三ヵ年教育計画行事として多くの人が苦心して、何よりも寺内タケシさんのご厚意があって実現し、皆が期待に期待を重ねてのぞんだ<寺内タケシ&ブルージーンズ=ハイスクールコンサート>でしたが、感動のうちに幕をとじることができました。三年生にとってはとても良い卒業記念になったと思います。寺内タケシさん、ブルージーンズの皆さん、ありがとうございました。

060224terautitakesi_zayunomei 末筆になりましたが、機材搬入搬出を手伝っていただいた生徒の皆さん、汗をかいたことと思いますが、お陰さまで助かりました。ありがとう。

 最後の最後ですが、寺内タケシさんが生徒に贈られた座右の銘を記しておきます。「ギターは弾かなきゃ音が出ない」書家の教頭先生に揮毫してもらって、いま生徒昇降口に貼り出しています。

※平成18年10月追記;寺内タケシさんは18年度神奈川文化賞受賞者として表彰されました。10月18日校長日記参照←ここクリック。

|

« 寺内タケシ&ブルージーンズハイスクールコンサート①、卒業式に向けて | トップページ | <終り良ければ全て良し、ただし始まりが肝心> 五輪の荒川選手・村主選手、そして師岡熊野神社 »