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2006年5月 3日 (水)

第2話;すごい松岡正剛ブログと「鎌倉アカデミア」

■今日は憲法記念日です。昭和22年5月3日施行を記念しています。公布は前年昭和21年11月3日、文化の日として記念しています。敗戦が昭和20年8月15日ですから、制定公布まで一年とちょっとです。

060503kado_seito_2c_okaseriemi←今週の華道作品その2です。

「松岡正剛の千夜千冊」というブログがあります。

このブログは、ずいぶん前に、明治大学の大久保孝治教授のサイト(右欄参照)で紹介されたので私も知ったものですが、その松岡正剛(まつおか せいごう)さんは”知るひとぞ知る”編集者にして著述家とのことです。2000年よりインターネット上に一晩に一冊ずつの書評を千夜にわたって載せようという、私には途方もなく思える「壮図」をたてられ、それを実行しておられる方です。2006年5月現在、軽く千冊を超えて1140冊に近づこうとしています。

私がこれまでの人生で通読した本は千冊に及ばないと思いますが、通読のみならず書評に及ぶところまで眼光紙背を徹するその力に舌を巻き、頭が下がります。単なる書評にとどまらず、周辺にちりばめられる松岡さんの該博な知識・情報量、深い教養は驚嘆賞賛ものです。是非ともブログを訪れてご覧になると良いでしょう。

その松岡正剛「千夜千冊」の2003年5月2日(七百六十六夜;青土社刊「文化の仕掛人」)に、<鎌倉アカデミア>のことが短く触れられています。松岡正剛さんによって、同校が戦後文化の仕掛人の一つに数えられているわけです。

5月6日、鎌倉大学校が開校した。久枝武之助・飯塚友一郎のもと、三枝博音・服部之総・吉野秀雄・林達夫・高見順らの教授陣が鎌倉の光明寺を教室にしてハイレベルの授業を披露した。文学科・演劇科・産業科という学科設定が独創的で、畳の上での講義にも熱が入った。演劇科の第1期生が予科練帰りの前田武彦、幼年学校帰りのいずみ・たくである。

ここはのち「鎌倉アカデミア」と名を変えて、三枝博音が「幾何学を学ばざる者、この門を入るべからず」の看板を揚げ、戦後私塾の風濤の先頭を切った。その校舎が大船に移り、重宗和伸らによって映画科が開設されたときの第1期生には、鈴木清順、十時敬介がいた。三枝から重宗まで。いつか、このあたりの事情と消息については詳しく話してみたい。

以上によれば、鎌倉アカデミアは、創立当初の材木座の光明寺から大船に校舎を移しているのですね。大船といえば映画、松竹大船撮影所(平成12年閉鎖)ですが、鎌倉アカデミアの映画科もゆかりを結んでいたようです。

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