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2006年7月25日 (火)

厄年(やくどし)について

060725tomihirobijutukan_nyujoken 終業式で星野富弘さんの言葉を生徒に紹介した話をしましたが、昨日、2年生のSさんが、群馬県の東村(あずまむら)の村立富弘美術館に行ったときの入場券(写真左)と絵葉書(絵手紙)二枚を持ってきてくれました。

そこに書かれた言葉も味わう価値があるものです。

ご紹介は明日にまわさせていただきますが、一部分を書いておきます。

【 木のように歳をとれたらいいな 

【 線香花火の玉を見つけた 

.

下の「厄年」(やくどし)の話は、生徒の皆さんにはおもしろくないかも知れないですが、夏休み特別読み物のつもりで我慢して付き合ってもらえたら、とても嬉しく思います。よろしくお願いします。

060725koyomi

さて、今日の暦の言葉は初出です。

【 人の一生に厄年(やくどし)はない、躍進の『躍』と考えよう 

上の言葉の言わんとするところはよく分かりますが、私はかねがね、厄年は文字通り厄年(危険な歳)と考えたほうが良いと思っています。

※ちなみに下の三葉の写真は文章とは関係ありません。今日の本校の風景です。厄の話だけでは暗くていけないので、色を添えてみました。

060725_0722hana_iroiro_by_seimon女の19歳、33歳、37歳、男の25歳、42歳、61歳を厄年といいます(いずれも<数え年>で)。特に真ん中の女33歳と男42歳を大厄といって、人生のなかで最も災いがふりかかりやすいときなので、十分気をつけなければならないとされます。神社やお寺に行ってお払いを受けたりします

 この厄年も、迷信の類ではありますが、以前お話したように(6月16日付け、27日付け校長日記)、迷信は合理的に働くこともあって、厄年を考えることの効用は馬鹿にできないと昔から言われることです。

 060725_0722himawari_by_seimon 女19歳(満17-18歳)は、昔はもう結婚して最初のお産を経験する年齢。33歳はすでに4-5人の子供を産み育てて心身ともに疲労が蓄積されていて危い年齢。37歳も同じように人によっては10人以上の子沢山の年齢で疲労が極度に達するころ。また更年期にさしかかる人もありました。

そういう時期だから慎重に過ごさなければならないよ、周りの人も気遣ってやらなければならないよという戒め、警鐘の知恵です。

今は晩婚で、33歳ごろが初産(ういざん)の女性も多くなっていますし、20代で子供を産んだ人も子育てなどに大層な疲れがたまる現代事情もあります。そういう意味では、やはり女33歳大厄、37歳の厄は気をつけたほうがいいですね。

 男の大厄42歳は「死に」の語呂合わせということもありますが、昔は、その頃から隠居生活を始める人もいたほどの年齢で、もう勤め上げが近いよという年齢でした。えっと思われるでしょうが、初老という言葉は四十代から使われたのですよ。

 060725_060722hana_by_bikaiinkai こんな話があります。学生が明治時代の新聞を研究していて、そこに<初老の男>とあるので、何歳かとみれば45歳などと括弧書きしてあるのを見つけてびっくりすることがよくあるそうです。

昔は男が40歳といったら、その長男坊はもう元服(数えの15-16歳)を過ぎて20歳ぐらいです。初孫、二孫がいておかしくない年齢だったのです。

  積年の社会生活の疲れをとって老後に備えるべしという年齢として42歳に大厄をおいたのもうなづける話ですね。今でも大厄の厄落としがてら、同窓会を開いて景気付けをするということをよく聞きますが、昔の42歳は、人生の勤めを果たして、「さあ若い衆に代替わりして、わしらは、厄落としのお宮参りでも皆いっせいにするべか」というようなことだったわけですね。人生五十年の時代。

 若い皆さんには、昔から伝えられてきたことは、簡単に迷信と馬鹿にしないで、そこに<人間生活の知恵が込められているのではないか>という思いを寄せてみてほしいなあと思います。

※校長日記への感想は右上のプロフィール欄のメールアドレスからお願いします。後日ご紹介させていただきます。

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