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2006年12月22日 (金)

哀悼 坂東忠彦先生(本校元校長) & 留学生イングリッドさんの来訪

061222ingrid_to_kyoyu    ■森先生が校長室に大変めずらしく、とても嬉しいお客さんを校長室に連れてきてくれました■

イングリッド=ワールダニさん、平成16年3月に本校を卒業した留学生です。一番左の写真中央に写っている人。インドネシア人でオーストラリア留学中にさらに本校に留学するという実にバイタリティあふれる生徒でした。

 卒業した後も年に一度は来日し本校も必ず来訪してくれます。

 今はオーストラリアの大学に通って、心理学、生体学を学んでいるそうです。「ドクターになるのが夢だ」と語っていましたが、文武両道、ダンス部で精力的に活動していると言っていました。

 イングリッドさんは、本校ではダンス部、太鼓部、茶道部の三つの部活動で活躍しました。

061222sado061222sado_kasi061222sado_ingrid_no_kasi ← 今日は茶道部の稽古の日。教頭先生と私も、イングリッドさんと一緒にお点前に招いてもらいました。真ん中の写真の和菓子から一個ずついただきましたが、イングリッドさんが選んだのが右側の写真。クリスマスゆかりです。

イングリッドさんは29日まで滞在しますが、この間、本校卒業生と交流することになっています。

■川崎市の坂東忠彦先生のご葬儀が本日、一乗会館(川崎区小川町1丁目)で厳かに執り行われました;葬儀委員長高橋清元川崎市長■

坂東忠彦先生は、長年川崎市の小学校校長を歴任され、校長会長などの要職をお勤めになった後、本校に赴任なさり、

080505_1975sotu_al_syuugosyasin①昭和49年~昭和52年3月、②昭和53年4~5月の間、校長として本校をリードして下さいました。その後、姉妹校の東横学園中高、武蔵工業大学附属中高の校長も歴任なさり五島育英会と縁の深い先生です。

①の期間は私は在職しておりませんでしたし、②の期間は私も在職しておりましたが、そのときは坂東先生は前任校長が亡くなったあとの緊急赴任として東横学園中高等学校と兼任でおられたため、私は親しく教えを乞うことはありませんでした。でもそのご功績は先輩の先生方から、ずいぶんお聞き致しました。

 本日の葬儀は、小学校校長会会長をはじめ教職員組合など歴任なさった要職の後継の方々が5名、一時間をかけて弔辞を述べられるという荘厳なものでした。一時間がまったく長く感じられないほど、それぞれの弔辞が心に残る、それだけ坂東忠彦先生のお人柄を色濃く偲ばせるものでした。

 坂東忠彦先生、享年九十六。大往生ですが、今年の7月まで、つまり百歳近くなられれも現役のように、いろいろな会に出掛けられ、後進の方の声に耳を傾けておられたといいますから、本当にすごい先生です。大木が倒れた、巨星落つという表現が弔辞にありました。

 またカナリヤの歌の一節を後進に向ける言葉となさっていたそうですが、これについては他日にしたいと思います。

 この坂東忠彦先生のご遺徳を偲びつつ、謹んで哀悼の意を表します。合掌。

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