« 再録:六曜について(H18.6.16) | トップページ | 再録記事:厄年について(平18年7月25日) »

2007年8月13日 (月)

再録:ブータン王国とブータン農業の父「西岡京治さん」(H18.7.22.~24)

  • 夏休み期間は、ときどき再録記事を掲載しています。
  • 本日はブータンに関する記事です。偉大な日本人の話です。

■再録:平成18年7月22日&24日の校長日記■

060722asasin_butan_no_sakka ■今朝の朝日新聞をめくっていたら、「ブータン 夢のサッカー場・・・『世界最下位決定戦』から4年」という記事が目に付きました。4年前の日韓共催ワールドカップサッカー決勝戦の日に、国際サッカー連盟(FIFA)ランキング202位と203位による<世界最下位決定戦>を行った国の一つです。

最下位決定戦・・・なかなか<洒落た>話ですよね。

ブータン国内に手作りでサッカー場を急造して(ゴールポストも竹か何かで手作りだったと思います)、試合をした模様がテレビ放映され、とても親近感を抱いたことを覚えています。

060722butan_tizu 060722montoserato そのとき対戦したのはブータン王国(ランク202位)とイギリス領モントセラト島国(同203位)。左に二つの国の地図を載せましたが、左側がブータン王国、右がモントセラトの位置です(黒塗り部分)。

あれから四年、ブータンにサッカー場が完成したというわけです。ブータンサッカー連盟事務局長は、「20年、30年かかるかもしれないが、国際的な公式戦で1勝を挙げたい」と言っているそうです。他国のことでも、こういうニュースはとても嬉しいですね。

ブータン王国といえば、10年近く前になるでしょうか、060722butan_minzokuhuku 民族衣装(写真参照)に身を包んだ国王が国賓として来日されたことがあります。それ以来、私たち日本人にも馴染み深い国になりましたが、民族衣装もどこか日本と共通するところがあるばかりか、顔立ちからスタイルも私たち日本人とそっくりです。モンゴル人も日本人とそっくりですが、ブータンの方々はもっとそっくりかもしれない。

※7月25日追記;上に国王来日を断定的に書きましたが、その後いつのことだったか調べても分りません。ひょっとすると国王ではなく皇太子だったかもしれません。定かでない記憶で書いており、申し訳ないです。

民族衣装着用が義務付けられていたり、テレビ三昧(ざんまい)の生活は文化と精神を滅ぼすということからテレビが禁止されていたりすることが知られていますが、そういうお国柄に、私はどこかゆかしさを感じます。※そういうくせに、私自身はテレビに釘付けになることが多いのですが・・・

060722butan_kokki ブータン王国の国旗です。「雷龍」というドラゴンをあしらったデザインだということです。ブータンがドラゴンの国であること、そして国民の団結と忠誠を表した国旗だということです。

※このブータン王国は実は、西岡京治(にしおか けいじ)さんという日本人と大変深いかかわりがあります。感動的な物語です。そのことについてお話したいと思います。

※本日の写真は次のサイトからお借りしました。

http://www.kameda-lab.org/private/flags/index-j.html

http://bhutan.fan-site.net/minnzokuisyou.html

http://www.sokuhou.co.jp/okifan/bhutan/

WEB百科事典ウィキペディア「西インド諸島」「モントセラト」

(ここより翌日記事)

060724butan_nisiokakeiji さて西岡京治さんのことです1964年から28年間にわたってブータンの農業指導をされ、国王から「ダショー」というブータン最高の位を授かり、ダショー西岡として人々の尊敬を集めた方です。1992年、不意の病に倒れ帰らぬ人となったのですが、ブータンの国葬をもって弔(とむら)われたということを聞けば、どれほど偉大な方だったか想像してもらえるでしょう。※左の写真は公文出版社から出ている本です。ブータンの民族衣装に身を包んだ表紙の方が西岡京治さん。

土曜日に紹介したブータンのサッカーのことを新聞で読んだとき、あわせて思い出したのが、実は何年か前、テレビで西岡京治さんのことをやっていたことです。サッカーのことだけでなく西岡京治さんのこともあわせて皆さんにお知らせしたいと思って、校長日記の場を借りることにした次第なのです。

 いまブータンでは我が国と同じように、さまざまな野菜が食材として人々の口に入るそうですが、そのほとんど全てが西岡京治さんの指導の賜物だということです。もちろん同国民はそのことに感謝していて、同国のお店で「ダショー西岡」という名前を出せば、すぐに「ここで売っている野菜は全部彼のおかげだよ」と答が戻ってくるそうです。

 これほど優れた方なのに、最近まで、日本国内では、ほとんど誰も西岡京治さんのことを知らなかったわけですが、知れば知るほど、尊敬おくあたわざる方だということがわかりました。また「お前もそのような生き方をせよ」と言われても真似できることではないと思いました。

 多くの偉人の例に漏れず、西岡京治さんもブータンに渡って農業指導を始めたころは、人々に受け入れられず、日本人に何ができるかと反発を買ったわけですが、ご自身で実際に農作業の姿を示すとともに、収穫量の増収という成果を示してゆくことで、人々の評価を勝ち得たのだそうです。

 昔から「有言実行」や「不言実行」・・・要するに実行が一番大事ということが強調されてきましたが、西岡京治さんの人生は、そのことを身をもって教えてくれています。何事も口ではなく行動すること、背中で教えることだなと思います。私も心していきたいと思います。

|

« 再録:六曜について(H18.6.16) | トップページ | 再録記事:厄年について(平18年7月25日) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 再録:ブータン王国とブータン農業の父「西岡京治さん」(H18.7.22.~24):

« 再録:六曜について(H18.6.16) | トップページ | 再録記事:厄年について(平18年7月25日) »