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2007年11月 8日 (木)

「四苦八苦」&「女性の生き方」in全校朝会

071108tensi_no_hasigo01071108tensi_no_hasigo01_1  今日は立冬。一番の冷え込みになったそうです。

 全校朝会でしたが、ストーブの用意をしていなくて生徒の皆さん、寒そうにしていました。申し訳なかったです。

 ↑ 今日も天使のはしごを見ることができました。

■全校朝会:井上教諭講話「嫁という立場」■

  • 井上先生のプライバシーにかかわることも話されましたので、その点は省略して掲載します。そのために要約のようになりましたことをお断りします。

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私の全校講話はこれで3回目となります。女性の権利というテーマで続けてきました。皆さん、覚えてくれていると思いますが、第一回目は「労働基準法・男女雇用機会均等法・育児休業法・介護休業法」についてお話して、女性が仕事と結婚、出産、育児を両立するために法的な支援があることをお伝えしました。二回目は、日本母親大会の理念である「生命を生みだす母親は生命を育て生命を守ることを望みます」ということについて話しました。第3回目となる今日は、「嫁」という立場の女性について話したいと思います。」と述べられてから、井上先生が「嫁」という立場から御義父上の終末介護に当たったことに話を展開されました。

 そのなかで、三年半に及ぶ介護生活の中で御義父上が必死に生きようとしている姿を見せてくれて「人間の尊厳というものを教えてくださったことについて熱意を込めて話されました。

 そして最後を、次のように結ばれました。

 「私は『人間の尊厳』がいかに大事なことか身をもって実感できた、それまでは言葉として知っていたに過ぎないということを思い知ったのです。皆さんも人間の尊厳ということについて考え続けてほしいと思います。また、「嫁」の立場は得難い宝も与えてもらえる立場であることを皆さんに紹介したいと思います。」

 私は話を伺っていて、<人間の尊厳>というものは、そこに「ある」ものではなく、その人が「作り出さない限り生じない」ものだということを感じました。

■全校朝会校長訓辞「四苦八苦」について■

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 皆さんは「四苦八苦(しくはっく)」という言葉を使うことがあると思いますが、今日はそれについて話したいと思います。

  • ※演壇に掲げた文字はパソコンで打ち出したものです。佐野教頭先生に書いてもらう暇がとれませんでしたので、全校朝会の後に揮毫していただき、昇降口に張り出しました。

 「四苦八苦」とは四つの苦しみ、八つの苦しみと書くことは誰でも知っていると思いますが、その内容を知っている人はどのくらいいるでしょうか。

 これは仏教の言葉です。「四苦」というのは「生・老・病・死(しょうろうびょうし)」を言います。説明するまでもないと思いますが、<生まれる苦しみ><老いる苦しみ><病気になる苦しみ><死を迎える苦しみ>のことです。

071108zenko_kochokunji01_1  では「八苦」というのはどういうことか。次の四つを加えて合計八個の苦しみという意味です。四つというのは「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」の四つです。

 一つずつ説明していきますが、「愛別離苦(あいべつりく)」というのは文字通り<愛している家族や人と別れなければならない苦しみ>です。中でも「死に別れ」は人を大変苦しめます。

 その逆が「怨憎会苦(おんぞうえく)」です。<怨んでいたり憎んでいたりする人と会わなければならない苦しみ>のことです。

 次の「求不得苦(ぐふとくく)」というのは、<欲しくて求めているものが得られない苦しみ>のことを言います。幼児がお母さんの買い物についていって、あれが欲しい、これが欲しいと駄々をこねるのもその例に数えていいと思いますが、私たち大人でも欲しいものが手に入らない場合、つらい思いになりますね。それが「求不得苦」です。

 最後の「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」ですが、「五」は仏教用語の「色・受・想・行・識」のことです。ここでは平たく五感といっておきます。<見る、聞く、嗅ぐ、味わう、感じるなどのことです。これらが余りに盛んであるとそれぞれの欲望が肥大化して苦しみに陥る>ということです。

 仏教では人生は四苦八苦に満ちているといいます。人間は生まれてから死ぬまで苦しみから逃れることができないというわけです。でも、やっぱり苦しみから逃れたいと思うのが我々人間です。

 そのためにはどうしたら良いか。苦しみを最小限にすれば良いのです。

 仏教では、苦しみを最小限におさえるためには、何事も「極端に走らないこと」が必要だと教えています。中庸とか中道という言葉で表現するのですが、極端な考えで物事に取り組むな!ということです。

 例えば、愛情があまりに極端な人は、ストーカー行為に走ります。好きになった人と一秒でも一分でもいっしょにいたい、独占していたいと思うからこそストーカーになるわけです。ストーカーになる人は極端な愛情のために自分も苦しんでいるのですよ。

 しかし、極端であるがゆえに自分の苦しみ以上に、好きな相手をうんと苦しめてしまっているのがストーカーです。つまり、極端な愛情は危険だということです。

 「怨み憎しみ」も極端すぎると災いに転じます。人のことを「何があっても一緒にいたくない、同じ空気を吸いたくない」というほど憎しみが募ると、相手の良さがまったく見えなくなります。相手がどんなに手を差し伸べてきても、それすら憎らしく見えて、相手との関係をますます悪くし、どんどん自分を袋小路に追い込んでしまいます

 ですから、嫌いな人、恨みのある人に対しては、その人の良さを見つける努力が大事なのです。

 「欲しがる」ということも同じように程度問題です。人からみれば十分に幸せな人であるはずなのに、「まだ不足だ、もっと寄こせ」という人は周囲に対して嫌な気持ちを与えます

 世の中の10人に1人の幸せ者、または100人に1人の幸せ者と見える人が「自分に幸せをもっと寄こせ」と言い募るならば、その人は永遠に幸せを感じることはできないでしょう。苦しみ続けるだけです。

 五蘊盛苦も同じように考えられます。

 人間社会は苦しいことの連続ですが、しかし、極端に走ることをやめれば、苦しみを少なくすることができるということを覚えておいて欲しい思います。

 今、皆さんは大事な時期にあります。私もいろんな人と話しておりますが、進路が決まらないで大変苦しんでいる人も多く知っています。ぜひみんなが栄冠をつかんでほしいと祈るばかりです。

 皆さんの今の苦しみを解決するにはちょっと大きすぎる話だとは思いましたが、人間の苦しみということについて、これからも考えつづけてもらいたいと思って、今日の話をした次第です。

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