« 五行歌:産経新聞平成19年5月17日掲載 | トップページ | 夏目漱石 »

2007年12月 8日 (土)

第7代校長 高野陽一先生

  •  来週月曜日から期末試験です。頑張ってください。

 さて、今日12月8日は、太平洋戦争が大東亜戦争と名づけられて始まった日です。

 今朝の神奈川新聞コラムに

 「敗戦の日には今も政府主催の戦没者慰霊式典が行われるが、それに引き換え、なぜか開戦の日の『12月8日』は忘れ去られがりである。・・・この日を忘れるわけにはいくまい。・・・原因やきっかけは何だったのか。それを学び、『戦争と平和』の問題を考えることは今なお重要なことである」

 と書かれてあります。確かにそうですね。8月15日だけでなく12月8日も平和を考える日にしたいものです。

■華道作品■

今週の作品の中にはクリスマス仕様のものが飾られています。もうすぐクリスマスですね。

左から順に3A森美歩さん、3A齋藤美紀さん、3B荻原沙紀さん、3C佐々木妙美さんの作品です。名前のない作品は華道の先生の作。最後のクリスマスリースは用務員室のドアに飾られているものです。071208kado_3a_morimiho20071208 071208kado_3a_saitomiki20071208 071208kado_3b_hagiwarasaki20071208 071208kado_3c_sasakitaemi20071208 071208kado20071208 071208kado20071208_1 071208kado20071208_2

.

.

■第7代校長 高野陽一先生のエッセイ■

昨日、久しぶりに五行歌を掲載しましたが、

今日は高野陽一先生の「花と詩」に関するエッセイをご紹介します。

 在校生の皆さんは直接は知らない方ですが、高野陽一先生は、本校第7代の校長です。昭和61年度から平成13年度まで16年間という長期にわたって本校校長をお務めになりました。

 大変博識な方でしたが、県私学協会の副理事長や横浜私学協会会長を勤められるなど、私学振興の方面でもご活躍なさり、平成9年、その功により文部大臣表彰をお受けになりました。

  • 旧制長岡高校(新潟県)から早稲田大学哲学科に進まれていますが、2001年(平成13年)、本校の文化講演会に櫻井よし子さんをお招きした折、櫻井さんが長岡高校出身であることが分かり、級友かのようにお話になっていたことを思い出します。
  • また長岡高校や早稲田時代の級友に、高橋治さんや半藤一利さんをはじめ名の売れた作家や評論家の方々がおられ、話の端々にその方々のお名前が出てくるのを聞いて、羨ましく思ったものです。

 もともとは武蔵工大附属中高校の教頭先生でしたが、昭和54年に本校教頭として赴任してこられ、以来、退職なさるまで本校をリードしていただきました。

  • 1993年上期の芥川賞作家(受賞作「寂寥郊野」)、吉目木晴彦さんは武蔵工大附属高校出身で高野先生の教え子です。吉目木さんが本校へ受賞挨拶にこられたとき、自分の教え子から芥川賞作家が誕生したことをたいそう喜んでおられました。

 ここにご紹介する高野先生のエッセイは私学教育研究所のホームページ(←クリック)
「はな・ひと・こころ」(←クリック)と題して平成9年から平成15年まで連載されたものです。高野先生は私学教育研究所の非常勤研究員、国語部会長でもいらっしゃいました
関係で同研究所のホームページ上に特別連載されました。

 もう78歳になられるはずですが、今、体調を崩されていると伺っています。そのため上記連載が休載になっています。ご快復をお祈り致します。

 上の文字をクリックしますと全文ご覧になれますが、以下に、ちょうど十年前(平成9年12月10日)の一遍を引用しておきます。 忘年会に関する俳句や詩を集めて、感想をお書きになったものです。

-年忘れ-

   もう始まっていることでしょうが、この時期、忘年会が盛んです。どうして、そんなに、一年間のことを忘れたいのか解りませんが、そういう口実で、多少ともつながりのある人々と、親睦の実を挙げたい、ということなのでしょう。

   最近の俊秀の作に、面白い作品がありました。

          先生の隣が空きし年忘
                         黛 まどか

  「御もっとも」ということです。が、ただ、当方には余り経験のないこと、というより私の場合は、勝手にそっちの方へ押しかける癖があるからでしょうか。
    ものの本によっては、忘年会とは「一年の無事息災を祝い合う会」という説明がされていますので、特に「忘れたいからの会」でもないようです。
     しかし。

          死にかけしこともありしが年忘れ
                       正岡 子規

   という作品もありますし、使われている漢字が漢字なのですから、仕方がありません。

          忘年や身ほとりのものすべて塵(ちり)
                       桂 信子

   という悟りの境地の方もあり

          秘めてある手品の種や年忘
                       田中 高志

   と楽しみにして、準備おさおさ怠りのない方、

          月まぶし忘年会を脱(のが)れ出て
                       相馬 遷子

   と迷惑がって居られる方などなど、忘年会をめぐっても、人さまざまなのが実態なのでしょう。
     とは言え、人間の思わくとは別に、「時」は、刻々と流れていきます。

             時は逝く
                       北原 白秋

      時は逝く、赤き蒸気の船腹の過ぎゆくごとく、
      穀倉(こくぐら)の夕日のほめき、
      黒猫の美しき耳鳴のごと、
      時は逝く、何時しらず、柔かに陰影(かげ)りてぞゆく。
      時は逝く、赤き蒸気の船腹の過ぎゆくごとく

                              (「思ひ出」、明44)

|

« 五行歌:産経新聞平成19年5月17日掲載 | トップページ | 夏目漱石 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第7代校長 高野陽一先生:

« 五行歌:産経新聞平成19年5月17日掲載 | トップページ | 夏目漱石 »