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2008年1月16日 (水)

子を思う親の気持ち(2)

  •  google のページランキングが3/10から4/10に回復しました。昨年10月にランクダウンしたのですが、年が明けていつの間にか回復していました。皆様のご愛読のたまものです。
  •  校長日記を始めたときはもちろんランキングなど気にする余裕もなく、在校生、卒業生のことを思う気持ちだけで精一杯でしたが、日が経って、やがてブログランキングなるものがあることを知ると、どの辺に位置するのかが気にかかるようになるから、我ながらけちな根性だと苦笑しています。
  •  グーグルのランクが定評があると聞いて、そのツールバーを利用していますが、3ポイントをもらえればブログとしてはある程度世間に知られる存在らしいです。
  •  今後も、webの上で、大倉山高校の存在が知名度をアップしつづけるよう頑張りますので、皆様のご愛読をよろしくお願い致します

■子を思う親の気持ち(2)・・・成人式によせて■

 おとといの14日は新横浜アリーナで横浜市の成人式が行われ、街中にお嬢さん方の振袖姿が見られあでやかな一日でした。横浜だけでなく川崎やいろいろなところで、二年前の本校卒業生も大勢の方が成人式に参列したことと思います。

 遅れましたが、成人おめでとうございます。選挙権も手にし、世の中に対する責任がますます重くなりました。大人の自覚をもって、この厳しい時代、激しい変動の世の中を生き抜いてほしいと思います。

 在校生の皆さんもあと二年で成人です。この機会に「大人になる」とはどういうことかを考えてほしいと思います。

 ところで、成人式を迎える男女は一般家庭にいる人々だけではありません。今日16日の神奈川新聞に、少年院で成人式を迎えた人たちの様子が載っていました。

080116kanasin_seijinsiki_in_syoneni  不幸にして犯罪に走った少年少女は、当然の報いながら家族と離れ離れになって、少年院で生まれ変わるための訓練を受けています。ガス溶接やフォークリフトの運転など職業訓練を受けているわけです。

 しかし、償いに要する期間が過ぎなければ社会に出ることは許されませんので、一般の成人式に出られない人も多いことになります。

 少年院の中にいても、親が子を思う気持ちはいずこも同じ。そして子供が成人の節目に決意をあらたにするのもまた、いずこも同じはずです。その気持ちは尊いものです。ですから、成人の日という晴れやかな日に、少年院でも、院長先生をはじめ大勢の指導官の方々が、保護者をまねいて更生中の少年たちの成人式をしてあげるわけですね。

 新聞記事を読むと、代表して10人が「二十歳の誓い」を宣言したということですが、皆、「過去への反省、家族や周囲への感謝、今後の目標」をしっかりと語ったということです。

 ある人は、「非行に走り『捕まるたびに親や周囲のせいにして逃げていた。甘え偽ってきた自分とはさよならして毎日を一歩ずつ進んでいきたい」と宣言し、

 別の人は「償って家族に笑顔と幸せを与えたい。父と母の幸せの立役者になり親孝行ができるように頑張る」と語ったと言います。

 「非行のきっかけは一人一人違うが、どんな経緯があろうとも自分自身の責任。人や環境のせいにするのは単なる甘え」と語った人もいるそうです。

 一旦非行に走っても、更生指導を受け、自らをかえりみてこういう立派な誓いを立てるところまで成長した姿をみるのは保護者の方々にとって感慨無量のものがあることでしょう。涙を流す保護者の方々もいたということですが、むべなるかなです。

 できることなら犯罪被害者の方々の許しを得ながら、社会に出て普通の人いじょうに社会貢献するようになってほしいものです。

 昨日も「子を思う親の気持ち」と題した日記にしましたが、今日はちがう視点から同じ題名の日記と致しました。在校生の皆さんも我が身の置かれている境遇を振り返りながら、大人になるということの意味をかみしめてほしいと思います

  •  ちなみに私の恥ずかしい話を一つ。日頃えらそうなことを言っておりますが、私は「自分は大人にならなければならない」と自覚したのはわが息子が生まれたときでした。それまでもいっぱしの「大人」のつもりで生きることは生きていたのですよ。「大人」になったつもりで、あちこちで生意気も言っておりました。
  •  でも息子が生まれたときに、いろいろなことを考えました。そしてそれまでの自分は大人ではなかったと痛切に思いました。子供が生まれないうちから十分に大人になりきっている人はたくさんいるわけですが、私にとっては大人を自覚するということは、それぐらい難しいことだったのです。
  •  大人・・・「人のために自分を捨てることができる人間、それを大人という」と私は思っています。まだまだ精進が足りません。

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