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2008年3月31日 (月)

私を支えてくれたもの

東横学園大倉山高等学校は本日をもって五十年の歴史に幕をおろします。今日が大倉山における最後の日となります。

しかし、卒業生の宝物のような思い出には決して幕はおりません。

そのことを胸に刻んで、この校長日記は明日以後も継続してまいります。ご愛読願います。

  ※雨の日となりました。天も大倉山の地から私どもが離れることを

   悲しんでいるかのようです。雨のなかで山桜の花がさらに開花

   しています。そんな今日、教職員でお別れの会を開きました。

   今日の山桜とあわせ、4月になりましてから写真掲載致します。

※追記:午後晴れました。教職員の会の佐野教頭〆のことば。

 「始まったときは雨。大倉山のことを思う雨。いま外をご覧下さい。

 日がさしてきました。本当に天が大倉山高校と卒業生のことを

 どう考えているか暗示するかのようです」

大倉山高校は滅びません。卒業生の皆さんの生き方のなかに、本校出身の先生方のこれからの教える姿のなかに、先生方がこれから育てる生徒たちの姿のなかに、そして、何よりも何よりも卒業生と私どもの絆のなかに生き続けます。

校長日記はそのために書き続けます。

  ※統合にあたってのご挨拶は次の記事をお読み願います。

shine私を支えてくれたものshine

 本校最後の日を記念して、この数年、私が支えと思ってきた≪お宝≫をご紹介します。

080331sumoningyo_eisa_2

(1)お相撲さん人形と沖縄エイサー

いずれも学園祭後援会バザーで買い求めたもの。お相撲さんは2001年か2002年。沖縄エイサーは2003年だったと思います。丁度沖縄修学旅行に本校として初めて行った年。

  • 080331sumoningyo_ennositatikaramoti←特にお相撲さん人形には、仕事机の引き出しの下に立ってもらって、文字通り≪縁の下の力持ち≫の役回りをしてもらいました。
  • これを買い求めた2001-2002年当時はエアコンを導入したり中学訪問やオープンスクール実施など募集対策で新しいことを始めたころ。若い先生方も採用し、生徒教育のかたわら、生徒募集をどう進めていくか知恵と体力を絞る毎日でした。自分の出勤簿を繰ってみたら、長期休業期間をふくめ休みをとったのが年間30日ほどで我ながらびっくりしたものです。この頃から日祝日なく出勤していました。
  • 休みをとらないのですから、家族に迷惑のかけっぱなしですが、自分には疲れは感じませんでした。ただただ生徒募集と教育のことに心血を注ぐ日々・・・そんなとき、学園祭バザーで売っていた「福袋」を買って中をあけると、この人形が入っていました。すぐに「あなたは本校と私の縁の下の力持ちになってもらう」と机の下に立ってもらいました。
  • 以来、校長になってからも写真のとおり。三ヵ年教育計画の間も力になってもらいました。このたび、やっと解放してあげましたが、私の大事な宝物・・・いや神様、仏様。

080331_080329maisin_sano(2)書家佐野教頭先生をはじめ諸先生、職員の方々。

先生方、職員の方々には本当に支えていただきました。佐野先生には教頭としての校務運営だけでなく、書家、書道教育家として本校のことを全県全国に広めていただき、広く全国から激励が私どものところに届く役回りまでしていただきました。写真の新聞は佐野教頭先生(号:梨山)が書展に出品した「遊」という字についてトークショーで語られたことを報じる毎日新聞3月29日付けです。「休みがまったくとれない時に、生徒がディズニーランドに行った話しを聞き、休みが欲しいという願望で書いた」と語っておいでですが、私だけでなく佐野教頭にもほんとうに休みなく働いてもらいました。感謝です。

  • 以上の書展については次の記事参照(クリック→) 29日記事

080331sigenaga_syozoga_by_saitomi_2(3)私の似顔絵生徒と卒業生の皆さん。

 生徒の皆さんの頑張り、卒業生の励ましが一番の支えでした。それはこれまで書いてきたとおり数限りなくあります。

 そのなかから、ここでは一つだけ紹介させていただきます。この似顔絵写真は以前にも紹介したことがあります。今年卒業した齋藤美紀さんが描いてくれたものです。齋藤さんがまだ生徒会長になる前です。一年生のころだったと思うので、2005年の秋になります。「絵筆に墨をつけて書きました。けっこう似ているでしょ?」と送ってくれたもの。

  • 当時は、後輩が入ってこない在校生の高校生活充実のために作成した三ヵ年教育計画をどう具体化するか、すでに立てた企画だけでなく、もっとほかにも在校生の高校生活を充実させる企画はできないかを一生懸命考えていた時期です。
    •  
  • 日々生起するさまざまなことに対応することも多いいっぽうで、校長日記も書き始め、いま振り返ると激務の日常でした。毎日、学校を出るのは夜の8時過ぎ、休日もほとんど出勤しましたね。≪全てを在校生のためにささげ尽くす≫・・・これが「己が使命」だと覚悟したからできたのだと思います。
    •  
  • そんなときに齋藤さんが描いてくれたのが上の似顔絵です。勇気と力をいただきました。ずっと校長室の机からみえる横壁に掲示してきました。ありがとうございました。生涯の宝です。

皆さん、本当に支えていただき、ありがとうございます。これからも校長日記をご愛読願います。

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