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2008年3月14日 (金)

特別講座≪禅を学ぶ≫(その2)ご住職の法話in綱島山東照寺&卒業生創業の会社

pc卒業生が創業した会社「アットデータ」社telephone

080313data_kasesyatyo_81sotu_ogiyam ←昭和56年卒業の加瀬みどりさんです。昨日、息子さんと学校を訪問してくださいました。

 二年前、奮起して「アットデータ」(←クリック)という≪IT関係なんでもござれ≫という会社を興しました。つまり社長さんです。

  • 住所:横浜市港北区綱島東3-10-41  電話045-540-8565

 ホームページ(↑のアットデータという文字をクリックしてください)を訪問してみてください。そのホームページから≪社長あいさつ≫をコピーしておきます。なかなか頑張っておられます。

 学校の仕事も手伝ってもらっていますが、堅実な仕事ぶりです。

卒業生連絡掲示板 (←クリック)に第3号記事として紹介しました。

paper≪禅を学ぶ≫(その2)think

日本史担当の細野先生引率で、生徒5名(3A小野さん・刑部さん、3B石渡さん・村さん、3C藤井さん)が参禅しました。

  • 080227_0223tokubetukouza_zazen1 綱島山 東照寺(曹洞宗:程木昭徳ご住職様
  • 横浜市港北区綱島西1-13-15

.

今日の報告記事も細野先生に書いていただきました。ご住職の法話、とても大事なことだと身に沁みてきます。ぜひ最後までお読みください。

3 ご住職による法話  ※法話内容は順不同になりました点、ご容赦ください。

080227_0223tokubetu_kouza_zazen_in_ ・坐禅とはどのようなものか

  宮本武蔵が柳生十兵衛と対戦したのち、柳生は武蔵に「お前は戦っている間に何かを感じたか?」と尋ねた。

宮本武蔵は「(集中していたため)何も聞こえなかった」と答えた。

 それに対し柳生は「私は風の音、鳥の声などありのままの音が聞こえた」と言った。

 →何かに集中して音が聞こえなくなる・見えなくなるというのは、ある種異常な状態で
あり、そのような異常な状態では正しい判断ができなくなる、と柳生は言うのです。

 宮本武蔵は柳生の言った真意をわかったのち、剣が大変上達したとのこと。
  
 →坐禅も「音が聞こえるのは当たり前」なのです。

080227_0223tokubetukouza_zazen8  意識して聞こえなくしようとすることは、不自然な行為(実際に存在しているものを消してしまうこと)であり、そのようなことを求めてはいません。

 体と心を落ち着けて、ありのままを見、ありのままを耳にし、その中で自分が正しい判断をすることが大切です。

 「正しい」という字は「一たん止まる」と書く。慌しい心・体・状態では、正しい判断はできないのです。

 坐禅は忙しい毎日の中で、自分自身をみつめることでもあります。

 坐禅ではなくとも、瞑想(めいそう)や深呼吸など、いったん手を休めて何も考えないようにする時間を、毎日の中に取り入れることが必要だと思っています。

・坐禅の目的?

 以前ある団体が坐禅に来て、

 「今日の坐禅の目的は『自己を振り返り反省すること』です」

 と言って坐禅に入っていましたが、坐禅による目的というものはありません。

080227_0223tokubetukouza_zazen7  坐禅そのものが目的なのです。坐禅を組むという体験によって、人それぞれに感じることがあるでしょう。それでよいのです。今日わからなくても、明日、いやいつか何か自分の中で変化があるかも知れません。坐禅という、新たな体験によってあなたは何か変わるのです。

 そう考えると、人は毎日の生活の中で、日々変化していくのかもしれませんね。

 私は毎日坐禅を組んでいますが、いまだになぜやっているのかがわかりません。それが坐禅なのでしょう。

・命の大切さについて

080227_0223tokubetukouza_zazen6  命を大切にする、ということは、みなさん当たり前だと思っていますが、なぜなのかを説明することはとても難しいことです。難しいことを噛み砕いて説明することのほうが、皆が当然だと思っていることを簡潔に説明するより、はるかに易しいのです。

 学校の先生が、何か事件があると「命の大切さを生徒に教える」といっているシーンがよくありますが、どうやったら伝えられるのだろう、と私はいつも思い、悩んでいます。

 私は、相手の立場に立って物事を考えることや相手の思いを推し量ることが、相手を理
解・尊重し、協調しあうために必要だとおもいます。これを曹洞宗では「同事行」(どうじぎょう)といっていますが、これを行うことが、人を大切に思い、命を尊重することにつながっていくと思っています。

禅を学ぶ(その3)へ続く(←クリック)

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