再録:平成19年3月13日記事
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ただいま再録期間にしています。懐かしくお読みください。
上杉鷹山(うえすぎ・ようざん) ≪理想のリーダー≫アンケートトップ![]()
←今朝(H19.3.13)の富士です。左の写真はいつもと趣向を変えようと事務室前の桜草を入れて撮ったのですが、暗くうつってしまいました。
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←昨日の夕焼けは富士のシルエットを浮かび上がらせて大変きれいでした。所用のためいつもより早く学校を出たら、びっくりするぐらいきれいな夕焼けだったため、とって返してカメラにおさめました。
ところで、これ(←)は去年の11月7日の4時35分の夕日です。
昨日(↑)の夕日(5時34分)。11月7日と比較すると時間にして一時間のずれがあり日が長くなったものですが、もうひとつ違うところが・・・それは、夕日の沈む位置が富士山をはさんで左右対称になっていることです。拡大比較してご覧ください。
■上杉鷹山■
- ≪やって見せ 言って聞かせて させてみせ、誉めてやらねば 人は動かじ≫
- ≪成せば成る 成さねば成らぬ 何事も 成らぬは 人の成さぬなりけり≫
上段の言葉は山本五十六元帥がよく口にしていた言葉として有名ですが、下段の言葉も誰もが聞いたことがある言葉でしょう。ではこれらの言葉を最初に残した上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)という人物のことを知る人はどれほどいるでしょうか。上杉鷹山は「知る人ぞ知る」大人物なのですが、まだまだ知名度はそう高くないと思われます。
- 上段の山本五十六元帥の言葉は上杉鷹山の「して見せて 言って聞かせて させてみる」から影響を受けてつくった言葉と言われています。
上杉鷹山を、この機会にぜひ覚えていただきたいと思いますが、武田信玄の好敵手として名高い戦国大名「上杉謙信」の上杉家中興の祖と言われ、また江戸時代の居並ぶ大名のなかで、群を抜いて「名君」という評価を得ている人物です。
米国のケネディ大統領が日本人記者会見で「尊敬している日本人は?」と問われ、「Yohzan Uesugi」と答えたところ、日本人記者は誰一人として「上杉鷹山」を知らず日本人として恥をかいたという逸話が残る江戸時代中期の大名です。
- 明治時代、内村鑑三が「代表的日本人」という本を書き(岩波文庫に今も収められています)、その一人に上杉鷹山をあげており、その英訳本をケネディ大統領は読んでいたといわれています。
この上杉鷹山は現在の山形県、米沢藩のお殿様なのですが、実は私と同じ九州・宮崎県にある高鍋秋月藩の殿様の次男です。高鍋藩の所在地は、私の生まれ育ったすぐ隣町(宮崎県児湯郡高鍋町・・野球部が強い高鍋高校のある町)なので、私にはとても馴染み深い人物なのです。
前置きが長くなりましたが、この鷹山のことが去る9日の読売新聞に載っていました。
読売新聞によれば、全国の都道府県知事や市町村長に「理想のリーダー」を聞くアンケート調査をしたところ、上杉鷹山がトップになったそうです。2位の徳川家康が66票なのに対して上杉鷹山は146票と大きな差によるトップなので、しばらくは「理想のリーダー」トップの「地位」は揺るぎなさそうです。
- ちなみに10位までを挙げると、1、上杉鷹山 2、徳川家康 3、坂本龍馬 4、吉田茂 5、西郷隆盛 6、小泉純一郎 7、田中角栄 8、松下幸之助・吉田松陰 10、織田信長
- 歴史上の錚々たる人物を押さえてのトップですが、それだけ上杉鷹山の業績と名が知れ渡ってきたということでしょう。
「紅花染め」は山形県の名産品ですが、これは上杉鷹山が藩政改革で新しく興したものです。ほかにも「武士も野良仕事をせよ」と言って当時、武士がするのは恥ずかしいこととされていた肉体労働や商売について≪決して恥じてはならぬ大事な仕事≫と位置づけたり、名産品の開発に力を入れたりと先見の明ある名君でした。
- 上杉博物館のホームページもご覧ください。←クリック
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