« 信州の秋&武蔵工大二高サッカー部 | トップページ | 乗り物その3≪2008カンボジア報告その9の3≫ »

2008年10月23日 (木)

28期生:大庭智美さんの原稿≪大倉山五十年史 vol.9≫

≪大倉山五十年史≫から卒業生思い出原稿の紹介です。今日は大庭先生の原稿。

  • 先ごろ、大手出版社の講談社ゆかりの野間教育研究所から、≪大倉山五十年史≫を収蔵図書としたい旨、申し出があり、贈呈させていただきました。大変光栄なことです。

いくたびも人生を変えるきっかけとなった大倉山

28期 B組 大庭 智美

(旧姓内田:1996年より体育非常勤講師として本校勤務)

 平成20年3月には東横学園大倉山高等学校を卒業して21年が経ちます。今振り返ると、この学校に入学したことが私の人生の転機になったと思っています。

 高校3年間は目標に向け部活に没頭し(写真→;当時のバスケットボール部)、ひたすら苦しい練習でしたが、人として熱く、仲間たちと燃えていた中身の濃い毎日を過ごせたと思っています。

 そしてこの充実した日々が終わりかけた3年生の夏。まだ自分の力を試したく、大学に進学して競技を続けることを考えていたころ、その先には「教育」という文字が見えてきました。

 私は小学生の頃からずっと、なりたくない職業No.1が「先生」でしたので、思いもよらない道でした。自分自身が考えていた進路とはかけ離れた道に、迷いに迷っていた私を助け、後押ししてくれたのが恩師です。

0810_50nensi_oobagenkou2  このあとも迷い、回り道をしながらも「先生」に辿り着き、私は約10年間東横学園大倉山高等学校で先生をやらせて頂きました(←写真;教職員集合写真、佐野教頭の隣で)。

 16歳の私を知っている先生方、慣れ親しんだ校舎、そして・・・体育館。母校で先生ができた事が本当に楽しかったし、何より私を成長させてくれました。

 この学校に入学していなかったら先生になることはなかったでしょう。違った人生を歩んでいたに違いありません。

 学校で出会った人、積み重ねた時間、語り尽せない程の出来事が私の人生を変えるきっかけとなったのです。

0810_50nensi_oobagenkou3  東横線に乗り「大倉山」を通り過ぎる時、一つの駅名ではなく、それは私にとって学校そのものであり、深い思い出が体中を駆けめぐるのでしょう。

|

« 信州の秋&武蔵工大二高サッカー部 | トップページ | 乗り物その3≪2008カンボジア報告その9の3≫ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 28期生:大庭智美さんの原稿≪大倉山五十年史 vol.9≫:

« 信州の秋&武蔵工大二高サッカー部 | トップページ | 乗り物その3≪2008カンボジア報告その9の3≫ »