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2008年11月26日 (水)

思い出の写真コラムその1 ≪大倉山五十年史vol.12 ≫

  • 今週のうちにアクセスカウンター21万(210000)に到達しそうです。ヒットした方、右欄メールなどでご連絡願います。大倉山高校の封筒で粗品をお送りします。

「五十年史」 写真コラム(その1)

 これまでに「大倉山五十年史」から11ページ分を掲載しております。

  • これまで掲載したものをご覧になるには、左欄カテゴリー「五十年史」をクリックしてください。

 今までにご覧いただいた方はお分かりだと思いますが、「大倉山五十年史」には、大倉山高校の思い出の写真をたくさん載せました。

 ページ数では70頁足らずの小冊子ではありますが、よその学校の記念誌より多くの写真が載せてあると自負しています。その面でも充実した資料となったと思います。

 今後もこの校長日記に随時アップしていきますが、きょうは、「写真コラム(その1)」のページをご覧ください。

富士登山

64fujitozan_2  草創期の年代は「富士登山」を行っていました(←写真)。

 全員必修ではなく1年生か2年生のときに、希望者参加だったようですが、写真で数えると、引率の先生を含めて23名が登頂しています。

 入学定員100名の時代の23名ですから、学年の4分の1が参加していることになります。

 引率の先生は鈴木忠重先生(数学、後に教頭)です。鈴木先生は写真の左端上に顔を半分だけ出しておられます。若い頃は群馬県の自宅から本校まで3時間かけて通勤しておられたそうです。

  • 草創期は大倉山高等女学校時代を引き継いで入学定員100名の2クラス体制でした。しかしながら、大倉山高等女学校自体が2クラス100名体制で経営困難に陥ったわけですから、本校も早晩3クラス-4クラス体制に移行することとなります。昭和40年代後半から定員160-180名という時代に入っていきます。

最初の鉄筋校舎新築

68sintiku_djitinsai  大倉山高等女学校時代は全部木造校舎でした。

 東横学園大倉山高等学校になってから10年目の1967年、西側校舎が鉄筋コンクリート校舎に新築され、1970年には体育館が鉄筋コンクリートで新築されました。

↑写真は、体育館の地鎮祭の模様です(1969年)。生徒代表が榊を献納しているシーンですが、外の風景から察するに、場所は鉄筋コンクリートとなった西側校舎の3階ですね。

東校舎屋上使用

68okujo 写真は、西館の屋上です。

 1967年の風景(1968年3月卒業アルバムより)

 この屋上へは生徒会室がある階段から外に出ます。

 まだ東館は木造のままで、この写真奥の下にある訳です。

 西館が新築されてから、写真のように防球ネットを張り巡らして屋上でバレーボールなどを行っておりました。

 しかし、その後、「防球ネットを張り巡らして活動の場所に使う屋上は「建て屋床面積」に算入する」と建築基準法の制限が厳しくなりました。そうなると本校がそのまま使用すると建築基準違反になってしまいます。・・・こうして屋上は使用できなくなりました。

 防球ネットも取り外されました。

 従って、屋上を使えたのは、1970年代まで。西館に加えて東館が完成したのは1977年のことですから、東館を含めて、屋上でスポーツなどをした経験のある人は、わずか5-6年間の生徒に限られます。

 その後も、「屋上を使いたいのですが・・・」と言ってくる生徒がいましたが、以上の事情から無念の涙を呑んでもらっていました。

 それでも、やっぱり、全校がフル稼働する学園祭や体育祭の前は、あっちこっちで部屋使用時間がバッティングします。校庭も同様。それで窮余の策として屋上使用を認めたこともあります。・・・消防には内緒でした。「今だから言える」話です・・・。

 言葉を変えれば、それぐらい、大倉山の生徒は活動的であったわけです。生徒の活動力に対して敷地が狭すぎました。

 いずれにせよ、↑上の屋上風景写真は私共のような古い教職員、中高年になった卒業生には懐かしい風景でありますね。

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