2011年9月 9日 (金)

重陽の節句

付属小の先生ブログにも書いたことですが、Web授業のつもりでアップします。

今日は、五節句のうち「重陽の節句」ですね。

  • 五節句とは、
    人日の節句(じんじつのせっく...正月7日...七草)
    上巳の節句(じょうしのせっく...3月3日...桃、ひなまつり)
    端午の節句(たんごのせっく...5月5日...菖蒲、鯉のぼり)
    七夕の節句(しちせきのせっく...7月7日...たなばた)
    重陽の節句(ちょうようのせっく...9月9日...菊)

ご覧のように五節句は月日がひとけたの同じ奇数が重なった日です。

古代中国では偶数よりも奇数のほうが尊い数字と言われました。その一桁(ひとけた)の奇数の中で、「9」はもっとも大きいので、特に尊ばれました。

その尊い数字が重なったということで、9月9日を「重陽の節句」と呼びます。・・・・・※陰陽道(おんみょうどう)で奇数が陽、偶数が陰とされます。

重陽の節句は菊の節句ともよばれ、菊の鑑賞をする日でもあります。

五節句のなかで子供になじみの薄いのが、きょうの重陽の節句ですが、年配になるにつれ、各地で催される菊の展示会などで知るようになってくる節句です。

菊は「翁草(おきなぐさ)」と呼ばれ、薬効により長寿をもたらすと言われてきましたので、菊をかざることで長寿を祈る日なのです。

私が重陽の節句を知ったのは高校生のとき。神社の子に教えられてのことでした。

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2011年3月 2日 (水)

朝日新聞創刊号

2011年度カンボジア訪問(仮)募集←クリックしてご覧ください

付属小の「先生ブログ」に朝日新聞創刊号について載せましたので、きょうはそちらをご覧ください。歴史のWeb授業というほどでもありませんが、豆知識にはなるかと思います。
 ↓ クリックしてください。

http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2011/03/64.html

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2011年2月18日 (金)

「責任ある大人として世間を渡るってこんなだったのか」とびっくりしている風情(その1)

2011年度カンボジア訪問(仮)募集←クリックしてご覧ください

pencil責任ということを知るpencil

 2月2日から書き始めた「社会科Web授業」シリーズの第三回目です。

 前々回の2月2日に「書生内閣」と書き、前回の2月10日には、新政権は理念先行、言葉の政治におちいっていると書きましたが、今日は、<「責任」ということについて政権をとる前に覚悟すべきだったのに、く政権をとってから勉強し始めた新政権>ということについて書きます。

  •  シリーズとして書いてきておりますが、新しくものごとに取り組むときにはどうあらなければならないかということについて考えさせてくれるという意味では、社会科という範疇をこえてLHRの題材でも良い時事教材です。

 鳩山前首相が、沖縄普天間基地移転問題に関して、首相時代の発言「海兵隊は抑止力として機能していることが分かった」というのは「方便」だったと言って物議をかもしました。

 「方便」というのは「ごまかし」というように誤解している人もいますが、「方便」は、元来、仏教用語で、「責任をもって人々を悟りに導くために言葉を丁寧に選んで使うこと」です。つまり、責任をもって事を成就させるために使う言葉が「方便」です。逆からいえば、無責任な人には「方便」は理解できないし使いこなせません。それぐらい奥の深い言葉です。

 「海兵隊抑止力論」の発言を「方便」として使ったと前首相が言うのであれば、移転問題を解決するまで死に物狂いで首相として取り組むべきでした。

 それなのに、一歩も解決に向かって進まないまま、突然、首相の地位をおりてしまいました。そして、政権を譲り渡した菅内閣がまだまったく解決できないでいるうちに、「あれは方便だった」などと口走るのですから、世間は「方便」という言葉に、ますます「ごまかし」という手垢をつけて理解するようになるのです。「方便」という言葉に失礼ですし、お釈迦さまにも申し訳が立たないことです。

 ただ、結果として前首相は無責任であったとしても、その途中においては、基地移転問題を解決するのに、自らの恥をさらしつつ「はじめて海兵隊が抑止力であるということを勉強した」とまで言ったというのは、つまりそこまで言って、沖縄県民、国民に理解を求めようとしたのは、首相たるもの、国際情勢をふくめ国政における責任がいかに大きいかということをひしひしと感じていたからに違いありません。

 政権公約(マニフェスト)と首相という立場の間で苦しんだことでしょうが、首相になるまえにその苦しみを覚悟しているべきでした。 そうでなかったがゆえに(想像力がなかったことにもなりますが)、ことばを替えていえば、首相になってはじめて「責任を負うとはどういうことか」を勉強することになったものだから、その重みにたえかねて辞めてしまったのだろうと推測します。

 つまり、表題にも書きましたように、書生(学生)が「大人になって責任をもって世の中を渡るって、こんなにも厳しく大事なことだったのか」とびっくり仰天しているというのが、新政権なのかなと思うわけです。これから政治家になろうとする若い人々は肝に銘じる教訓だと思います。

 昨日、小沢一郎元代表の一件にからんで、16名の国会議員が会派離脱を民主党岡田幹事長に申し出ました。民主党内の争いに拍車がかかっておりますが、この争いも「責任をもって世の中を渡ることをはじめて勉強している人たち」という言葉をつかって紐解けるように私は思っています。長くなりますので、後日に回します。

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2011年2月10日 (木)

税というものの考え方

2月2日の記事の続きです。社会科のweb授業のつもりでお読みください。

pencil税というものの考え方についてpencil

戦後政治のの「55年体制」が崩壊してから初めての本格的政権交代ですので、政権交代を選択した人々も多少の混乱は覚悟していたとは思いますが、覚悟の程度をはるかに上回る混乱混迷が生じていることに、びっくりしているようですね。

  • 55年体制・・・1955年の左右社会党統一、保守合同自民党発足による’疑似’二大政党制をこう呼びます。1ヶ2分の1体制(自民党が1、社会党が2分の1という意味)ということもあります。

2月2日の記事で、政権交代による二つの新内閣を「書生内閣」と表現しましたが、一つ一つの政策を進めていく上で、言葉や理念が先行している政権だと思います。

「政治」ということについての根源的な理解が弱い政権ではないかと私はみています。政治について考え直すことがない限り、混迷はおさまらないでしょう。

政治というものは、ひとことでいえば、国政でも地方自治体の政治でも、国民や住民(会社等の法人をふくむ)から税金をとって、その税金をどのように使っていくかという問題です。

税金をなぜとるのか?

それはもちろんいうまでもなく、為政者の私腹をこやすためではありません。国民の一人一人が持つお金では、道路や公園を整備したり、公民館などの公共施設をつくったり、山林の保全や農地の灌漑(かんがい施設・・・ため池や用水路)をおこなったりすることは無理です。

だから、国民から税金(昔は年貢など)という形で納めてもらって、大きなまとまったお金にすることによって、そういう公共の生活基盤作りにあてるわけです。これが「税」の根本です。

ですから、この税金の使い道については、国民一人一人の期待にこたえることが主旨にはなりません。ある人にとっては不服かもしれないけれども、別の多数の人々の生活に役立つものであれば、そこに投じるというのが「税」というものの性格です。

  • この税の使い方(所得の再配分)の方向性をめぐって、国民の意見が食い違えば、それに応じた政党が出現し、政党間によって政治が争われることになります。しかし、税について、何のために集めるのかという、そもそものところが食い違うことはあってはならないと思っています。

新政権がいう「こども手当」を例にとりますと、こども全員を対象にして、高額所得者をふくめ所得に関係なく各家庭に一律に税をもどすというのが「こども手当」ですから、これは、税の根本を崩しています。そんなことをするのだったら、もともと税金をとらないほうが良いわけです。

税をとるにも税をもどすにも手間がかかって、そこには手続きのための人件費や印刷費やなにやかにや余計な出費がかさみます。こども手当の分はもともと税をとらないでいれば、余計な出費をすることも手間を重ねることもなく、その分を別のことに使うことができるわけです。

ここに、新政権の「こども手当」は、単なるばらまきだという批判が生じるわけです。

こんなことは政治家なら誰でも心得ているはずなのですが、書生的に理念先行になっちゃうと、忘れてしまうのでしょうね。

新政権は、「こども手当」について、

’こどもは明日の社会の担い手であり、個々の親だけに子育てをゆだねて良いものではない、これからは社会全体でこどもを育てるという理念なのだ’

というようなことを説明しています。<子育ては第一義的に親の責任である>、<その親を祖父母が支える>、<そして子供は国の宝として、子育てにかかわる公共的な施設設備を地域、自治体が保障する>、<外国に駐在する子供とその家族についても国の宝として責任を負う>という子育ての具体的構造がなく、社会による支援とくくる理念の良し悪しはここでは問いませんが、とにかく、そういう理念を持っているわけです。

しかし、問題は、その理念からどうして、

「せっかくまとまったものとして集約した税金を、もう一回、小さな金に分解して一律に親にもどす」ことになるのか、そこが問題なわけです。

これは、先に申しました「税というものの根本」を崩しています。だから、私は、現政権は、理念先行、言葉の政治をしている「書生内閣」だと思うわけです。

「社会全体でこどもを育てる」という観点に立ち、かつ、税を使うという根本をわきまえれば、個人ではとうてい作りえない保育園を建てて運営を国や自治体の責任ですすめるということでなければなりません。

また、個々の家庭によっては親の病弱や如何ともしがたい事情によって収入のとざされたところがあるでしょうから、そういう家庭への特別支援という形で、まとまった税をつかうことが本来の姿になります。

集めた税から、ここに一律配分するのではなく、「こどものいる親には減税をする、または、所得控除をする」ということであれば、集めて返すというような、税の根本に反するやり方ではないので、問題ないわけです。

野党時代は実行に移す責任がないために、政権を批判するための言葉やそれに基づく理念を作り上げるだけでも良かったのですが、本当に政権をとろうと思えば、自分たちの言葉や理念が実行可能かどうか、政権政党や官僚に頭を下げてでも情報収集する必要があるのです。それが、「党のためではなく、国家のため」ということです。

それをしないで、国民の気分的高揚によって政権につくことになったために、大きな混乱を起こしているというのが現状だと思います。もう後戻りができないところまで進んでしまっていた八ッ場ダム建設問題を政権獲得と同時に、住民に対する事後保障の目算や展望を持たないまま、いきなり中止と言ってのけたのも、理念先行によるものだと思います。

長くなっていますが、もうすこし続きがありますので、それは後日に回します。

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2011年2月 2日 (水)

言葉の矢を人に向けるとき、その矢は自分にも向いている

1月27日の記事で社会科授業のことを書いて、社会科では「生身の現実の政治を話題にすることも必要なわけです」と言いました。それについて少し書いていきたいと思います。何日かのシリーズにしていきます。

pencil書生内閣pencil

さて、日本の政治が政権交代してから一年以上が過ぎ、その政権のなかで首相交代もありました。憲法で保障された選挙権、その中核となる政党選択の自由が劇的な政権交代をうんだわけです。これを後世の人々は日本の民主主義の歩みの一つに数えることもあるでしょう。

これをどうみるか。歴史の生き証人として高校生は生きていくわけですから、一緒に考える社会科授業は大事です。その場合、ある政治家を批評するとしても、その反対の考えを支援する意味合いではないことを、授業の中でしっかりと言い添えることを忘れてはいけませんけれども。

先生の話すことは、一つの見方の提示にすぎないこと、みんなもいろいろと分析するために情報を集めること、先生の情報が偏っていると思ったら、偏らない情報を集めることの大事さを学んだと思ってほしいことなどを言い添えます。

それでも、社会科の授業で生身の現実政治をとりあげるのは、なんども言いますが、もうすぐに選挙権を手にする高校生に対して、現実政治への関心を高め自ら学ぶ意欲をかきたてるためです。政治に無関心で情報を得ようとしない国民にしないためです。

本題にもどりますが、私は、一年半前の政権交代からしばらくたったころ、年下の友人から「新しい内閣をどういうふうに見ているか」と質問されたことがあります。よく、首相が変わったときに、生徒から同じような質問を受けたときのことを思い出しました(新首相ってどういう方ですかとか、先生は新首相が好きですかなど)。

新しい内閣のことを友人に問われたとき、私は、すぐに、「書生内閣だと思います」と答えました。

「書生」(しょせい)とは今の言葉でいえば学生のことです。

明治時代、高等教育機関で学ぶ学生や、名望家の家に住み込んで学ぶ若者たちのことを「書生」と呼びました。

「書生さん」と親しみを呼ばれるほかに、よく「書生っぽ」といって、書生がとかく<青臭さ>、<世間知らずの理屈こね屋>という面があることを揶揄されもしました。

私は、現政権はそういう「書生っぽ」という意味での「書生内閣」だと思っています。菅総理自身が「政権についてからこれまでは仮免許内閣だった」と言ったことによって証明されたとも言えますが、なんといっても、政権公約たるマニフェストから大きくぶれていくのに、野党に対して挑発発言が多いのが、いかにも「書生っぽ」だと思います。言葉の政治になっています。

せんだって、公明党の山口代表がいみじくも「野党が協議に応じないとすれば、それは歴史的反逆だと菅総理は言ったが、ずいぶん 思い上がった物言いですね。一国の総理が 野党を挑発するとはいったいどういうつもりですか。」とたしなめていましたが、これはまったくそのとおりですね。

現政権与党は野党時代に、審議拒否等を繰り返したり、時の総理をさんざんに揶揄したり貶(おとし)めたりしていましたが、いま、そのときに発した矢が正しく自分にもどってきているわけです。

「言葉の矢を人に向けるとき、その矢は自分にも向いている」ことを自覚していたら、菅総理は、山口代表にたしなめられるような物言いはしなかったはずです。

「言葉の矢を人に向けるとき、その矢は自分にも向いている」ことを自覚できないのは、若い「書生」にありがちなことです。書生は、「現実」に責任をもたないことが多く、言葉を言いっぱなしで良いことが多いからです。

でも世の中をわたりはじめて責任が大きくなっていることを自覚すればするほど、「自分の発する言葉の矢は自分にも向いている」ことに気がつくようになります。ですから、<やみくもな批判>はできなくなるというのが実際なのですが、若い書生感覚のころは、責任を問われることがすくないだけに、人に対してやみくもな批判をいとわないで済まされます。

私は、先に言いましたように、現政権は若い「書生」感覚のまま政権についたような印象を持っています。書生感覚から脱却することができれば、現政権はちゃんとしていくでしょうし、日本の政治は前進し、将来、2009年の政権交代に大きな意味を与える歴史家が出てくるかもしれません。

具体的なことを次回以降に書いていきます。

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2011年1月27日 (木)

社会科授業における模擬投票と現実

「web授業」のカテゴリーで、この数日、小学校先生ブログに書いたものを紹介してきましたが、やはり高校にふさわしいものも掲載しなければバランスが悪いですね。

それで、今日は標題で書きます。

昭和50年代前半までの卒業生には馴染みのない科目だと思いますが、社会科に【現代社会】という科目が、1980年(昭和55年)に設定されました。

この現代社会の「選挙」や「政治」の単元授業で、国政選挙が近く行われるというときに、私はよく「模擬投票」というのを生徒にさせました。

現実の政党の政策を学ばせ(候補者事務所を訪れたり、政党本部に電話をした生徒もいました)、政策比較をさせて、いよいよ投票の授業のときに、投票用紙に政党名を書かせたわけです。(候補者名ではなく政党を選ぶ比例代表制度で投票させました)。

数年後には選挙権を手にする生徒たちに、国政選挙を身近に感じてほしいことと政党やその政策について関心を高めるにはうってつけの授業方法と考えたからで、全国の高等学校で実践されている手法でもあるからです。

この「模擬投票」を何回か繰り返すうちに、私はあることに気が付きました。

いずれの「模擬投票」のときも、与党(当時は自民党政権でしたが)が最も得票率が低く、野党の得票が高いということです。それも政権に対する批判度(野党度)が高い政党、政権から距離を置く政党ほど、得票数が多いという傾向があったのです。

私は、もちろん教員ですから政治的中立をたもった授業を心がけていますし、とりわけ政治や選挙に関する授業のときはとりわけ気にかけますので、政権与党である自民党を批判し野党を推奨するような授業はしないのに、野党ないし野党連合が政権を握ることができる得票結果となるのです。

考えるに、生徒の目には、教科書で教わる日本国憲法や生存権をはじめとする福祉指向に照らして、野党の政策が国民にとって「理想」の政策だと映るのでしょうね。

野党は政権を責任もって運営することがない分、「理想」というか実体のないところから政権を批判することもありますから、政治的経験のない高校生には野党が魅力的なのかもしれません。ただ、そういう傾向に授業でふれることは、一歩まちがえれば政治的誘導につながりかねず、苦心したことを覚えています。

そうかといって、与党が勝利する模擬投票が良いかといえば、教育の場において決してそう単純ではありません。

私は、あるときから、模擬投票という方式そのものをとりやめることに致しました。現実の選挙が近づいてきたり、終わったりしたときには、選挙の意義や投票結果についての解説をするにとどめるようにしたわけです。

とはいっても、やはり高校生はもうすぐ選挙権を手にする年代だけに、高校教育のなかで政治教養教育は必要です。そのためには、慎重を期しながらも、生身の現実の政治を話題にすることも必要なわけですが、そこらへんのこと、次回は書いてみたいと思います。

  •  (注:私も教育経験の浅い若いころは、ストレートな物言いをしたり、「傾向的」な話をしたりしたこともあり、あとで思い返せば冷汗ものということもありましたが)

ところで、今日の記事の最後に、社会科その他について少しふりかえっておきます。

古く、戦後すぐのころ、社会科という教科が新規に設定され、そのなかに、「一般社会」また「社会」という科目があり戦後教育の花形といわれたりしました。

それが、1992年改革で、「地歴科」と「公民科」に分かたれることになり、社会科という戦後教育の花形だった教科は廃止となりました。

この1992年改訂というのは、、「新しい学力観」が打ち出されたときです。

これは、「自ら学ぶ意欲・思考力・判断力・表現力などを学力の基本と考える学力観」のことですが、その10年後の2002年に、「ゆとり教育」として大きな話題をよんだ学習指導要領改訂が実施されます。「新しい学力観」は「ゆとり教育」の先鞭をつけるものでした。

ちょっと見、ちょっと聞くには、「新しい学力観」といい「ゆとり教育」といい、耳にやさしく聞き心地が良いのですが、耳当たりの良い言葉というのは、やっぱり怪しげなところがあるものだと私は思っております。

「ゆとり教育」路線は現在、文科省においてもあらためられておりますが、いずれも、私の考えでは、「学力を高めるという本来の学校のあり方」からはずれた教育「理念」で、「新しい学力観」や「ゆとり教育」は<私教育>の世界ではともかく、日本の公教育に採用すべきではないと思っています。

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2011年1月26日 (水)

歴史かるた

今日もweb授業のつもりでご覧ください。

といっても、またしても申し訳ないのですが、付属小学校の「先生ブログ」のほうに移って読んでいただきます。

とってもおもしろい作品を5年生が作りました。
 ↓
http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2011/01/50.html

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2011年1月25日 (火)

国立近代美術館

標題を「国立近代美術館」として、カテゴリー名を「web授業(文系・家庭・芸術)」に振り分けましたが、本日、付属小学校の3年生が同館を訪問し、私もことのついでに立ち寄ったものですから、その記事を下のリンクをクリックしてお読みください。

 ↓ 

http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2011/01/49.html

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2010年11月22日 (月)

小学校でならう漢字

今日は次のサイトで小学校で習う漢字をご覧ください。

    ↓  ↓  ↓
http://www001.upp.so-net.ne.jp/NYAO/db/kanji/

やっつけ仕事のような今日の記事で申し訳ないのですが、

上のサイトは、付属小学校ブログで紹介したものなのです。

どうして、それを紹介したかは、付属小学校の今日の記事をご覧願います。
 ↓  ↓   ↓

http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2010/11/23-1.html

ほんとうにやっつけ仕事の記事ですね。お詫びします。

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2010年10月21日 (木)

読書の秋に:茨木のり子「対話」≪2007年1月29日の授業から再録≫

きょうは読書の秋にふさわしい記事の再録です。とても味わいのある授業でした。読書の秋、再読してみてください。

■平成19年度国語科「現代文」の研究授業(3年A組)の再録です■

070129amano_bansyo_senka2 担当は天野先生

単元は「現代詩」で、四人の詩人をとりあげて授業をしてきました。

①萩原朔太郎「遺伝」、②西脇順三郎「雨」、③三好達治「鴎」、

そして、その仕上げとして、本日の④茨木のり子「対話」です。

070129amano_bansyo_nengo ※茨木のり子は、大正15年に大阪に生まれ、少女時代を戦時中にすごし、昨年(2,006年)79歳でなくなりました。

本名三浦のり子。

 太平洋戦争後、川崎洋や吉野弘ら、当時の若い詩人と「櫂」を創刊して活動してきました。

 「平明な用語を用いて明るさを失わず、女性の立場から人間の生き方や社会を強く批判している」と教科書で紹介されています(明治書院「新現代文」)。

本日、教材として取り上げられたのは「対話」。本日の記事に必要と判断し、全文引用させていただきます。(教科書;明治書院「新現代文」より)

ネーブルの樹の下にたたずんでいると

.

白い花々が烈しく匂い

獅子座の首星が大きくまたたいた

つめたい若者のように呼応して

.

地と天のふしぎな意志の交歓を見た!

たばしる戦慄の美しさ!

.

のけものにされた少女は防空頭巾を

かぶっていた 隣村のサイレンが

まだ鳴っていた

.

あれほど深い妬みはそののちも訪れない

対話の習性はあの夜 幕を切った

 教科書に準拠した「演習ノート」も使いながら授業が進められ、よく構成された授業というものが「詩」の理解をこんなにもよく進めるものかという好例でした。

070129amano_bansyo_senka_1 ①まず第一に、時代背景は何か? それを<防空頭巾> <サイレン>という二つのキーワードから明らかにする。

 ②次に、この詩の主人公は誰か。主人公はどこにいるのか、何故そこにいるのか理由を考える。

070129amano_bansyo_netami  ③続けて主人公が「戦慄の美しさ」を感じたり、「深い妬み」を感じたのは何に対してなのかを読み取る。

 ④「深い妬み」が生じる理由は当時の時代背景にあり、そこが作者のその後の「対話」重視の人生のきっかけとなっていることを知る。

 このようにして、最後に「演習ノート」で次の文章が完成する仕掛けになっていました。

 (空襲などの戦禍に見舞われつづける時代背景のなかで) 地ではネーブルの白い花々が、天では獅子座の首星が、若者のように美しく、互いの意志を交歓させた。防災頭巾をかぶった少女(主人公)には、そのような相手もなく、ただ寂しく、その美しさを見守るほかなかったのである。

 なるほど、そういう詩でありましたか。腑に落ちました。

 私はどうも、「現代口語自由詩」は苦手です。天野先生の問い掛けに「現代口語自由詩の完成者は<萩原朔太郎>です」と生徒が答えていました。萩原朔太郎詩集といえば私は学生時代いつもカバンに忍ばせていたとはいえ、難解な詩だなと思ってもおりました。

 この茨木のり子の「対話」も、さっと読み流しただけでは、情景や意味が今ひとつ良くつかむことができません。

 私は自分の頭を「散文」調だと自覚していますが、そういう私には、「詩」という言葉を選び抜いて情意が凝縮されている文章は、説明抜きでは理解できないのだと思います。詩人になれないゆえんです。

 それが授業で、上のように順序良く解き明かされると「なかなか良い詩だなぁ」と思えてくるのですから、授業はする方にとっても受ける方にとっても真剣勝負でなければならないわけですね。そういう点でも勉強になりました。

 ところで、教室を眺めていると電子辞書が大活躍していました。ご時世ですね。

070129amano_densi1 070129amano_densi2 070129amano_densi3 070129amano_jiten そういうなかで、私どもが使ったのと同じ本タイプの辞書を利用している姿が目に映ると「がんばれ」と声をかけたくなります(最後の写真)。

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