九州修学旅行で観光したところin宮崎県
宮崎黒潮ライン(一ツ葉有料道路)![]()
↑5枚の写真は、宮崎県のシーガイアの横を走る有料道路です。青島から高千穂に抜けるときに走る道路で、一ッ葉有料道路、別名を「黒潮ライン」と言います。
- 1980年代の後半から本校は九州修学旅行が始まりました。そのころから後に入学した方々には覚えておられる人も多いのではないかと思います。
- この正月、帰省した折りに撮影してきました。見える海は日向灘(太平洋)です。宮崎の海といえば誰しも日南海岸や青島を思い出すのでしょうが、短い帰省では、そこまでは行けません。ごめんなさい。
西都原古墳群(さいとばる古墳群)![]()
下に掲げるのは西都原古墳群の写真です。
- この古墳群は「全国風土記の丘」に指定されています。邪馬台国で有名な魏志倭人伝に「投馬国」(とうま国、つま国)と書かれているのを、この西都原古墳群に比定する学者もいます。※西都原古墳群の一帯を「都万」(つま)といい、都万神社があります。もっとも山陰の隠岐島にも都万という地名はあります。
- 三百数十基にのぼる古墳の数を誇る全国最大の古墳群ですが、本校のどの学年も九州修学旅行で訪れたことはありませんでした。
- ここに1997年の修学旅行で一度訪れました。でも、ほとんどの卒業生には未知の地だと思います。
←この写真がその修学旅行の記念写真です。国の無形重要文化財の「臼太鼓踊り(うすだいこ踊り)」も見学したあと一緒に記念写真を撮ったものです。- この修学旅行のとき、ちょうど、皇室の紀宮清子内親王妃殿下(平成15年御成婚の臣籍降下により現黒田清子様)がお忍びで訪問されたのに行き当たりました。みんなでお出迎え申し上げたのを昨日のように覚えております。
- ※上の写真の左側に九州最大の前方後円墳があるのですが、それが古代天皇ご陵墓参考地として宮内庁管轄になっている関係から皇族方はたびたび、この西都原古墳群をご訪問になっています。
←これは「鬼の窟」古墳(おにのいわや古墳)といいます。
全国でも西都原古墳群だけに見られる珍しい形式の古墳です。どこが珍しいのかというと、古墳が環濠(水のない空堀)で囲まれている形式だという点です。 
←鬼の窟古墳に沈む夕日。
←前方後円墳。
それほど大きくはありませんが前兆20-30Mほどのものが多数点在してあります。
←全国的にも数少ない方墳(四角台形をした古墳)です。伝承では大国主命(おおくにぬしのみこと)の御陵となっています。
←円墳としては西都原古墳群で最大のものです。
この円墳の背景にあるこんもりとした杜(森)は二つの古墳を覆うもので、男狭穂塚(おさほづか)、女狭穂塚(めさほづか)と呼ばれる前方後円墳、帆立貝式古墳で九州最大と言われています。ニニギノ命と木花咲姫(このはなさくやひめ)の御陵と伝承されています。
では最後に円墳などが点在する風景を四葉掲載して今日の記事を終わります。
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