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2009年2月28日 (土)

魚谷先生のお便り(その2)

魚谷先生からいただいたお便りを2月25日(←クリック)に掲載しましたが、二通目をご紹介します。先日の古川明美先生のお便り(2月17日18日19日←クリック)に「東横線から大倉山高校が見える」とあったのをお読みになっての文章で、大倉山高校に対する愛情たっぷりのお便りです。

今までも大勢の方々から≪校長日記≫にお便りをいただいていますが、このように≪校長日記≫が教職員・卒業生の交歓の場となる・・・・・この≪校長日記≫を続けているのはそのためですので、書き手として冥利(みょうり)に尽きます。とても嬉しく思います。皆様、今後ともよろしくお願い致します。

それでは魚谷先生のお便りをどうぞ。

hotel古川明美先生の文章に誘われてtrain

重永先生

寒暖の差が激しいこのごろですが、心なしか空気は春の気配です。

東横学園のお茶会のため、東横線に乗ったときのことです。

明美先生の「東横線から学校が見える」を
拝読して、私もぜひ見たいと思っていましたので、
チャンスと思って待ち構えていましたが、
行きには見つけることができませんでした。

帰り道は卒業生の中村さん澤田さんがご一緒でしたので、
横浜に向かって左側のドアー前に3人で
陣取り、綱島を過ぎて、目を凝らしていました。

さすがに若い二人は見えたと叫びましたが
あまりに一瞬のことで私にはあれがそうだったのかどうか
確かではありませんでした。
次回は普通電車に乗ります。

東横学園は私にとっては一番思い出に残る職場です。

最後の職場であったということのほかに、一番長く
勤務した職場でもあり、父との約束を果たせた
大切な職場です。

一番の宝物は私にカルチャーショックを与え、
単なる平凡な主婦としてすごしていた私に
それまでとは異なる深い思考を与えてくれました。

また、教え子というかけがえのない財産も
与えてもらえました。

これからを生きてゆく若い人たちとの語らいは、
どのようなスタイルであれ人類が脈々と
歩いてゆくであろうことを確信させてくれます。

明美先生がおっしゃるように活動を続けていると、
うれしいご縁が飛び込んで参ります。

東横中高の矢島先生との邂逅も
本当にびっくりのうれしいことなのですが、
21日はもう1つうれしいことがありました。

五島美術館で開催されている「筆の美」
に友人のご尊父が寄贈された筆
「唐物玉管筆清時代」が展示されていました。
おそらく翡翠で作られたものと思います。

亡くなられた時にご自分の蒐集されたものが
散逸しないようにと五島美術館に全て
寄贈されたとうかがいました。
早速友人にメールでお知らせしました。

筆?と高をくくっていた私にとっては
目を見張るような工芸品ばかりで
とてもすばらしいものばかりです。

一見の価値有り、ぜひお出かけください。
3月29日まで開催しています。(?宣伝している?)

              ではまた。魚谷

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