« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月30日 (木)

御礼:金子元子さんが23万アクセス

mailtoshine金子さんがヒットtwothreezerozerozerozero

4月21日深更、23万ヒットを達成致しました。ヒットされた方は、49期生の金子さくらさんのお母さん、金子元子さんです。

常連愛読者でいらっしゃいますので、記念品を送るほうとしても送り甲斐があります。

090428_redsc_7333road_to_tarnat_sch090428_redsc_7333road_to_tarnat_s_2また、金子さん母子は昨年のカンボジア訪問に御参加いただいたお二人です。

  • 上の写真は昨年の旅行バスの中。ツーショットは、さくらさんとガイドのビリアさん。以下、金子さんからのメールです。

前略 先生、大変ご無沙汰しております。49期金子さくらの母です。
いつも校長日記を愛読させていただいております。

昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。

今年はカンボジアはどうかなっと思っていましたが、ツアーの掲載を見て
嬉しくなりました。(^◇^)

今回の参加は無理ですが、いつかまた ご一緒させて下さい。

ビリアにも会いたいですね。以前ひらがなで手紙を出すと、漢字を使って丁寧な返事をくれました。

彼女のパワーを思うと、私も前を向いて頑張ろうと元気が出ます。

今回23万件目にヒットしました(^_^)v。なにより一番喜んだのは娘のさくらです。

封筒が届くのを楽しみに、毎日ポストを覗きそうです。
よろしくお願いいたします。

初夏のような陽気と思えば、肌寒くなったりしますね。
先生もお忙しい身、くれぐれもお身体を大事になさってください。
                                   草々
                             4・24金子元子

上の写真が載っている記事は次をクリックしてご覧ください。カンボジアのターナッ小学校訪問記事です。→2008年9月3日記事 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月28日 (火)

生徒会長日記@齋藤美紀49期会長vol.35≪お茶会in鎌倉の雪堂美術館≫

  • 今年もカンボジア旅行に行きます。御参加ください。(←クリックしてください)

    • 今年は25歳以下割引ができたために25歳以下の方は12万5千円ほどで行ける見通しです。ふるって御参加ください。25歳以上の方は15万円ほどです。
  • 明日昭和の日の校長日記はお休みをいただきます。

virgo上原先生、魚谷先生とご一緒にpen

 桜はすっかり散り、青葉がきれいな時期になりました。新学期にも慣れてきたころではないでしょうか。

 最近、私は文献を翻訳する課題がやっと終わり、寝不足から解放されました。と、言ってもいつでも私は眠いんですけどね・・・(笑)
   
  さて今月18日に、茶道部の元顧問である魚谷先生と一緒に北鎌倉にある雪堂(せつどう)美術館のお茶会に参加してきました。今も茶道を教えていただいている、上原先生から誘っていただきました。

 このお茶会は、普通のお茶会とはちょっとちがいます。たいてい普通のお茶会というのは、いくつかのお茶席(薄茶・濃茶)をまわります。

090428kaichonikki2009_0418_113118p1090428kaichonikki2009_0418_114227p1  この美術館では薄茶の一席のみで、お茶を楽しんだ後にディジュリドゥという民族楽器の演奏と、演奏に合わせて書を目の前で書いてくださるという普段とはちがった贅沢な時間をすごさせてもらいました。

090428kaichonikki2009_0418_120120p1 090428kaichonikki2009_0418_120135p1  ディジュリドゥとはオーストラリアの先住民であるアボリジニの人々の聖なる楽器で、ユーカリの木の中だけをアリが食べ自然に空洞になったものだそうです。

 お茶碗は美術館が所蔵しているものでお茶をいただきました。

 そのような貴重なお茶碗は御正客(おしょうきゃく/上座に座る人)しか使えないのですが、数茶碗まで美術館が所蔵しているものだったので、ものすごく緊張していただきました。

 私が使ったお茶碗は18世紀ベトナムで発掘された翡翠のような柔らかな緑色をした手に馴染みやすいお茶碗でした。

 お茶会のあと、魚谷先生と一緒に鎌倉でお昼をいただき鶴岡八幡宮と小町通りに行きました。鶴岡八幡宮ではなんと魚谷先生のガイドつき!!何度か来たことはありますが、私は「広い神社だな~」くらいにしかおもっていませんでした。

 しかも、蓮の池があることも知らず・・・。先生のガイドを聴いていて本当に何も知りませんでした、笑えないくらいに・・・。でも、とってもわかりやすいガイドだったおかげで知識が増えました。魚谷先生、ありがとうございました!またお願いします♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月27日 (月)

≪春夏洋服の展覧会≫by井上ゆかさんinnabineco洋服店4

  • 今年もカンボジア旅行に行きます。御参加ください。(←クリックしてください)
    • 今年は25歳以下割引ができたために25歳以下の方は12万5千円ほどで行ける見通しです。ふるって御参加ください。25歳以上の方は15万円ほどです。
  • 土曜日、今度結婚式をあげる卒業生、その友達と会いました。お友達の結婚式の前の心にくい演出に参加させてもらって心が癒された夕べでした。掲載許可をいただきましたので、後日、その様子をお知らせします。

ribbon22期生:井上ゆかさんの展覧会 appli02

さて、恒例になった感がありますが、井上ゆかさんからの御案内です。ゴールデンウィークを利用してお出かけ願います。、私はゴールデンウィーク、帰省致しますので、誠にあい済まないことですが、今回も不義理を致します。どうぞ、皆さんは多数お出かけ願います。

以下、井上ゆかさんのメールです。

090427inoueyuka_dm_nabi_09nabinec_2 重永先生お元気ですか?

こんにちは、早速ですが展覧会のお知らせです。

今回は春夏の洋服(子供服も含む)を制作しました。

「nabineco洋服店4」グループ展です。

ギャラリーの都合で日程の変更やDMの刷り上がりに遅れが出たりで
お知らせが大変遅くなりました事をお詫びします。

ただ今回は会期が長いので途中再搬入なども予定しています。

今月17日から5月10日まで、11:00~19:00、会期中は無休です。
よろしくお願い致します。

※DM(上のポスター)の洋服は私の作品ではありません。

090427inoueyuka_mapnabi

※NABIへのアクセス

〒248-0012 神奈川県鎌倉市御成町7-5
TEL&FAX 0467-61-2586

OPEN 11:00~19:00
木曜日定休

pencil井上ゆかさんアーカイブon校長日記clip

 井上ゆかさんは≪大倉山五十年史≫の表紙をデザインしていただいたほか、展覧会案内等で何度も校長日記に出てもらっています。以下、アーカイブ記事です。魚谷先生からのお便りや齋藤生徒会長日記も併せてご覧になれますので、それぞれクリックしてください。

井上ゆかさんHPのブログ日記はこちら→http://geocities.yahoo.co.jp/gl/atelier_luna_e_stella/view/20090416/1239892315

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2009年4月24日 (金)

続き:信州塩尻行(2)

(昨日の続き)

090423_nagano4_siojirisyuccho0422_6 090423_nagano4_siojirisyuccho0422_3

甲斐・信州路の続きです。特急あずさ号の車窓から写した写真を掲載します。

↑二枚のうち、左側は甲府盆地からの富士山。手前のぶどう畑が甲府盆地を物語っています。これがビル群であったら大倉山校候から望む富士山そっくりですね。どこに行っても我が大倉山を思い出します。4月22日撮影ですが、前日の甲州信州は大雨。翌22日はご覧のように晴れ渡って、とても綺麗な霊峰富士を拝めました。

↑右側の写真は、小淵沢付近から眺めた富士山。日本一の鉄道標高ですから、さすがに甲府盆地から見るよりも裾野の広がりを眺めることができます。

 ところで、甲府盆地は佐野教頭先生が18歳まで育った土地です。上の写真のような富士山を見ながら育たれたわけですね。

 以下の三枚は、4月7日都市大塩尻高入学式に参列させていただいたときの写真。

 1、ぼやけていますが富士山 2、桃の花畑 3、夕焼け

090423_nagano2_siojirisyuccho0407090423_nagano1_siojirisyuccho0407090423_nagano3_siojirisyuccho0407

本日は以上で終わります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月23日 (木)

信州塩尻行(1)

subway21日~22日、長野県の塩尻に出張してきましたtrain

090423_nagano4_siojirisyuccho0422_1090423_nagano4_siojirisyuccho0422特急スーパーあずさで行きましたが、駅弁では「中央本線開通120周年記念」お弁当が<おすすめ>だというので、買って乗り込みました。

写真の左側が包み紙。右が中身です。信州のそばの実とキノコのなめこをあわせた和え物など、中央本線沿線の名産品で構成された幕の内弁当でした。いずれも美味でした。

090423_nagano4_siojirisyuccho0422_2  090423_nagano4_siojirisyuccho0422_4 090423_nagano4_siojirisyuccho0422_5中央沿線の甲州信州路は、季節の端境(はざかい)がはっきり分かる土地です。

中央アルプスがまだ真白き雪をいだいていても、麓(ふもと)では桜の花が満開です。

写真はいずれも、鉄道日本最高峰の小淵沢駅近辺で撮影したもの。もちろん降りてではなく車窓から。

きょうはこの辺で。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月22日 (水)

続き:2002年隠岐島・山陽山陰修学旅行(2年生)その2

前の記事、その1(←クリック)の続きです。

fish続き:隠岐島修学旅行(その2)taurus

09nen_2002nensyugakuryoko91_in_okis隠岐島では、アカイカという巨大なイカが早朝、浜辺に打ちあがるというので、朝、早起きをしてみんなで採りに行ったりもしました。

古川明美先生と飯塚さんが持っているのがアカイカです。このアカイカを学校にお土産で持ち帰ったのですが、大好評でした。

09nen_2002nensyugakuryoko93_in_okisアカイカをはじめ、食事は大変美味で、本当にたらふくになる豪勢な料理で、みんな満足していました。

隠岐島では、漁体験のほか、離島ゆえ後鳥羽上皇、後醍醐天皇が流刑された歴史を持っていますので、国分寺などゆかりの地を訪問もしました。後鳥羽上皇の御座所も拝見しました。

  09nen_2002nensyugakuryoko6_in_okisa 09nen_2002nensyugakuryoko7_in_okisa

隠岐島といえば、牛相撲で有名。牛突きという呼び名だったと思います。後鳥羽上皇や後醍醐天皇も愛好されたそうですので、歴史も由緒も深い島の名物です。実際の戦いを見せてもらったばかりか、生徒も教師もみんな牛に乗せていただきました。

09nen_2002nensyugakuryoko9_in_okisa 09nen_2002nensyugakuryoko95_in_okis

隠岐島を離れて、帰りは足立美術館に寄ったり、小泉八雲(ラフカディオ=ハーン)の家を見学したりして、岡山より新幹線で帰京致しました。 

(終わり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月21日 (火)

2002年隠岐島・山陽山陰修学旅行(2年生)その1

  • もうすぐアクセスカウンターが23万ヒット(230000)します。ヒットした方、右欄メルアドより御連絡願います。大倉山高校の封筒で粗品をお送りします。
  • 本日、信州長野の都市大塩尻高校へ出張です。期日指定でアップします。

09nen_2002nensyugakuryoko_in_okisan

bullettrain本校で唯一の<隠岐島・山陽山陰>修学旅行ship

昨日、9・11米国同時多発テロの影響で、2001年2年生沖縄修学旅行を2002年3年生北海道修学旅行に変更せざるを得なかったということをお話しました。

 この2002年の秋には、この年に2年生になった生徒も修学旅行を控えておりました。9・11テロ事件からもう1年を経てはいましたが、やっぱり飛行機を使う修学旅行は控えようという決定を致しました。

 沖縄に行きたいという生徒も多かったのですが、安全最優先ということで学校の決定を飲んでもらいました。それで、行き先については北海道や九州に限らないという方針を打ち出したところ、学年の先生方が隠岐島に渡って離島体験をさせたいという提案をしてこられました。

 学年の先生方が全員で、しかも自腹で隠岐島へ実地見学に行くという力の入れようで、その下見の結果、最高の思い出に残る修学旅行にできるという確信を持って下見から帰校してこられました。それで当時の高野校長先生が山陰山陽・隠岐島修学旅行を決定されました。この翌年からは予定通り沖縄修学旅行となりましたので、本校の歴史のなかで唯一の山陰山陽隠岐島修学旅行です。

 この記事はたくさんの写真があり、長くなりますので、今日と明日の二回に振り分けて掲載します。

 写真は、卒業アルバムから引用しているのですが、実は、この年の卒業アルバムは、いつもの修学旅行より二倍以上のスペースが割(さ)かれています。それだけ、修学旅行に対する思い入れが深かったということでしょうね。

09nen_2002nensyugakuryoko4_in_okisa09nen_2002nensyugakuryoko3_in_okisa09nen_2002nensyugakuryoko5_in_okisa09nen_2002nensyugakuryoko94_in_okis 旅行では、最初に、広島原爆資料館、宮島の厳島神宮、島根の出雲大社、松江城など山陽山陰地方を見学しました。

いよいよ隠岐島へわたるというときには、ジェット高速船でした。

09nen_2002nensyugakuryoko2_in_okisa隠岐島では島をあげての大歓迎を受けました。

09nen_2002nensyugakuryoko92_in_okis09nen_2002nensyugakuryoko8_in_okisa海でサザエ漁、地引網漁を体験したり、竹の飯盒(はんごう)でご飯を炊いたり、サザエを蒸し焼きにしたり、海の仕事をいろいろ体験しました。

上の写真、最後の写真は地引網を総勢で引っ張っているところですが、井上ゆりさんが写っています。この記事を作る際に見せましたら、「うわー」と言っていました。

 どうして私が校長日記を書くときに、井上ゆりさんに見せることができるのかというと、以前にもご報告しましたように、井上さんとは今、同僚として同じフロアで働いているからです。教え子と同僚になるというのは良いものです。

続くクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月20日 (月)

2002年北海道修学旅行(3年6月)

  • 今年のカンボジア訪問のお誘いです。←クリックしてください。
    •  
  • 数日のうちにアクセスカウンターが23万ヒット(230000)します。ヒットした方、右欄メルアドより御連絡願います。大倉山高校の封筒で粗品をお送りします。

ship最後の北海道修学旅行in2002年bus

  • 旅行の写真は最後の方に掲載しました。

今、思い出しても忌まわしい米国同時多発テロ(9・11テロ)は2001年に起きました。

 本校はちょうど、2001(平成13)年度の修学旅行から、それまでの九州一周から沖縄に変更することにしておりました。

 あと二ヵ月後に迫って、生徒たちの期待感も胸いっぱいにふくらみかけた時、9・11テロが起きたのでした。海外修学旅行を予定していた学校はいち早く中止の決定をしたというのがマスコミで報ぜられました。

 国内でも飛行機を使うことを取りやめる学校が続きました。そして、特に沖縄は米軍基地が集中しているということもあって、沖縄旅行をとりやめる学校も出てきました。

 本校でも、ご父母の皆さんから不安の声が届くようになり、当時の校長判断で、中止と決定致しました。初の沖縄修学旅行ということもあって、中止を残念がる生徒も少なくなかったのですが、<命あっての物種>ですので、みな納得してくれました。

09nen_2002nensyugakuryoko1_in_hokka そこで、翌年度6月に、北海道修学旅行に行くことになったのです。本校は創立以来、30年間ほど北海道修学旅行が看板でしたが、そこへの回帰です。

09nen_2002nensyugakuryoko4_in_hokka09nen_2002nensyugakuryoko6_in_hokka 万一のテロに備えて、飛行機は使わない行程にしました。行きは青函トンネルで北海道に渡り、帰りは北海道から航路、フェリーで仙台に渡り、仙台観光をして、そこから新幹線で東京へ帰ってくるという行程です。

上の二枚の写真、左側が北海道へ向かう寝台車。右側が帰りに利用したフェリーの甲板デッキです。

下の写真は、昭和新山、羊ヶ丘展望台、大沼公園です。

  • そうそう、ちょうどこの旅行期間は日韓共催のサッカーワールドカップの期間です。普段の修学旅行ではバスの中でテレビを見るのは禁じているのですが、このときだけは、バスガイドさんにもお願いして、特別にサッカー観戦を許したことを思い出します。・・・・・いえいえ、私が見たかったからではありませんよ。

09nen_2002nensyugakuryoko2_in_hokka 09nen_2002nensyugakuryoko3_in_hokka 09nen_2002nensyugakuryoko5_in_hokka

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月18日 (土)

イチロー選手を巡って

 全国的にイチロー選手のことで話題沸騰です。私も記念すべきことがらについて記しておきたいと思います。

baseball祝イチロー選手3,086本安打motorsports

日本時間16日と17日、米大リーグ=シアトルマリナーズのイチロー選手が日本プロ野球通算安打数を破る記録を打ち立てました。

元東映フライヤーズ、読売巨人軍の張本勲氏が持つ通算3,085安打がこれまでの日本記録でした。張本選手が41歳で引退するとき、私もまだ若かったわけですが、3,085本の張本選手の通算安打、これは誰も破ることができないだろうと言われていた記録でした。

それから30年ほどたって、若干35歳でイチロー選手が破りました。

もっともイチロー選手は日米通算ですから、正式の日本プロ野球記録としては残りませんし、大リーグの方が年間試合が多いため必然的に打席数も多くなるという事情もあることから、比較するのがおかしいという意見もあるそうです。

しかし、その意見は「正論」としても、ちょっと狭量すぎる。イチロー選手が日本においても毎年のリーディングヒッターであったこと、年間200本を超える安打を何年も打ったことなどを考えれば、張本選手の記録を打ち破ったことを素直に認め、祝福すべきでしょう。

実際、張本氏自身がイチロー選手を祝福しているし、自分の記録をイチロー選手が破る瞬間を見届けるべく渡米したわけです。そこには張本氏のイチロー選手に対する≪敬意≫があります。

米大リーグの観客も素晴らしいですね。大リーグからみれば、たかが日米通算の記録に過ぎないのに、3,086本の瞬間、スタンディングオベーションというんですか、総立ちとなって祝福してくれたそうです。WBC(世界野球選手権)における日本の二連覇によって、日本プロ野球の実力を米国野球ファンも認めざるを得ないということがあるにしても、米国のファンの態度は美しいなあと思いました。

しかし、スタンディングオベーションは、何よりもイチロー選手に対する敬意でしょうね。イチロー選手は打撃だけでなく、レーザービームと称される強肩捕殺をはじめ、それまでのプロ野球にはみられなかった数々のファインプレーを見せて、野球そのものの水準を大きく押し上げた名選手です。そのイチロー選手に対する敬意があって、日米通算記録というものにも目を向けてくれたということでしょう。恐るべきかなイチロー、ありがたきかなイチローです。

これからもイチロー選手の活躍は続くでしょう。私は個人的にはゴジラ松井選手の打棒が好きなのですが、天才イチロー選手のプレーは本当に魅了されます。

ピート・ローズが持つ通算安打の大リーグ記録は、4,256本を破るには、あと1,200本近く打たなければなりません。年間200本安打を6年続けてやっと届く記録です。イチロー選手は41歳まで200本安打を続けなければならない勘定です。

体力と年齢は生身の人間にはいかんともしがたいものだけに、かなり厳しい記録への挑戦です。でも、評者によっては、イチロー選手の心身鍛錬法によれば、彼は50歳まで現役を続けられるという人もいます。どうか、体を大事にして、4,256本をなしとげて欲しいものです。

ところで、最後に一つ。張本勲さんという方はおちゃめなところがあります。昨年のテレビで拝見したことですが、≪イチロー選手による張りさん記録破り≫が話題になったところ、張本さんいわく「イチローがどんなに素晴らしい選手であり、私の記録を破ったところで、通算安打の日本プロ野球記録は私のものです。イチローの記録は参考記録としてとどめられるだけですからね」と、ニコニコしながら言われていました。しかし、それは自尊心とかやっかみとかいうものとは全く無関係であることがわかりました。

それは、ジョークの一種であり、≪張りさん≫の心のうちには、上にも書いたように、イチロー選手に対する敬服が潜んでいることは記すまでもありません。

最後にもう一度、イチロー選手、夢をありがとう。張本さん、米国ファンの皆さん、美しさをありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月17日 (金)

1971年の学園祭その2@72年卒アルバムより≪ありし日の母校vol.19≫

camera1971年学園祭その2night

昨日に続いての掲載です。ギター部、茶道部、手芸部、ワンダーフォーゲル部

09nen_gakuensai_guiterbu_1972album

←ステージ発表ではなく、教室でギター演奏をしています。ギター部として体育館発表だけでは物足りないと考え、何時から何時までと時間を区切って、日に何度も演奏して来客を楽しませたものと思われます。

それで、イベントの名称を≪ギタープラザ≫と銘打っているのですね。ギターの広場というわけです。 観客席の男子学生の詰襟、七三分けのヘアスタイルが凛々しい(りりしい)ですね。

09nen_gakuensai_sadobu_1972album茶道部

制服姿でお点前を披露していますね。

私が本校に赴任してからは、茶道部は常に着物姿でした。いつから着物を着てお点前披露するようになったのでしょうか。私の赴任が1977年ですから、この1971年から5-6年の間であることは確かです。

09nen_gakuensai_syugeibu_1972album

手芸部。犬のぬいぐるみがいくつか並んでいます。

そのほかにはカチューシャらしきものが見えます。カチューシャ・・・・・私はヘアバンドと呼ぶほうが・・・・・

09nen_gakuensai_wonder_fogel_1972alワンダーフォーゲル部の展示。

リュックの背負い方が書かれてありますね。写真の奥(教室入り口の方)には飯盒(はんごう)や鍋が展示されています。

私の赴任したときにはもうワンゲル部はありませんでした。山口勤先生(後教頭先生)や玉応先生に伺った話では、1960年代から70年代前半まで10年間ほど活動していた部活だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月16日 (木)

1971年の学園祭その1@72年卒アルバムより≪ありし日の母校vol.18≫

久しぶりに≪ありし日の母校≫を掲載致します。

camera1971年の学園祭その1sign05

1971年は私が赴任する前も前の年で、私はまだ九州の片田舎で生活している頃のことです。その年の学園祭。

今日、ご覧に入れるのは、(1)ディスカッション (2)演劇部 (3)ギター部と書道部 の写真です。09nen_gakuensai_descution_1972album

←写真の中、かろうじて読み取れますが、ディスカッションテーマに、「男女交際とは」、「恋愛とは・・・・・」の文字が並んでいます。私たちの青少年時代の雰囲気を表しているように思います。

  • 私の中学卒業文集の題名が「青春の鐘」でした。片田舎の中学文集なので、私は片腹痛い(宮崎弁では「しゃらくせ」と申します)タイトルだと思ったことを思い出しますが、時代は、「しゃらくせ」方へ流れていました。

09nen_gakuensai_engeki_soutyuhu_197

演劇部。「送虫譜」という演目です。「早春賦」をもじったものでしょうが、文字通り「虫を送る楽譜」という内容なのかどうか、衣裳をみると平安から中世にかけてのもののようです。平安貴族が、秋の虫の音を愛でた(めでた)というのはよく知られているところですが、それを踏まえた作品であれば、なかなかの水準だったろうことが偲ばれます。 09nen_gakuensai_guiter_syodobu_1972

ギター部。70年代後半から「軽音部」ができて、ギター部に入部する生徒はいなくなりましたので、本校の歴史において貴重な存在の部活動です。当時、青少年をとらえ始めていたフォークソングのスタイルが反映しているように思います。

そして、書道部。佐野教頭先生が赴任する直前の書道部だと思います。

立派な文字ですね。いや、こういう書き方をするのは失礼で、立派であるのが当たり前ですね。≪佐野書道部≫につながる脈々とした伝統を感じさせるものです。

この1971年文化祭の写真は後日に続きます。お楽しみに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月15日 (水)

本校の歴史年表:その6≪大倉山五十年史より vol.23≫

0810_50nensi_gakkounoayumi4_19882_2pencil1997年~2002年の大倉山高校pencil

1997 平9

  • 外国人留学生受け入れ開始
  • 0904_050913samotorace_nike_mune0904_050913samotorace_nike_cosmosサモトラケのニケ像設置(40周年記念に同窓会より寄贈されました。現在は、東京都市大学等々力高校に設置されています)(←写真)

1998 平10

  • "文部省:学校教育光ファイバーネットワーク事業推進指定校(私学は全国で9校)→平成12年の報告会(クリック)
  • 0904_1998dancebu_99album ダンス部この年より8年連続県コンクール上位入賞(最高3位)(←写真はこの卒業年度のダンス部の皆さん、体育館正面にて)
  • 0904_1998brabanbu_99album 0904_1998keionbu_99album 卒業音楽会を始める(~平成19年)(←写真:吹奏楽部と軽音部)

  • 0904_1998kanagawayumekokutai_99albu かながわ・ゆめ国体 ヨット競技全国4位入賞(校外クラブチーム所属で出場)"   (写真は神奈川ゆめ国体マスコットの「かなべえ」。学園祭の全校制作物としてつくったものです。)

1999 平11

  • 0904_2000home_page 学校公式ホームページ開設   

(写真は、分かり易いと評判が良かったため一貫して同じスタイルだった本校ホームページのトップページです。不鮮明で申し訳ないです。このホームページのデータを全て保存して復元を期していたのですが、現在、見当たらず申し訳なく思っています。)

2000 平12

2001 平13

  • 第1回沖縄総合学習旅行中止(理由;9・11テロ)
  •  ※九州修学旅行を沖縄に変更する最初の年でしたが、2ヶ月前にあの忌まわしい9・11米国同時多発テロが発生しました。さまざまな学校が海外旅行を中止しましたが、本校も諸般検討のうえ、中止に至りました。そのため、2年生の修学旅行は翌年3年生になってから受験に差し障りなきよう6月実施に変更しました。それで、翌平成14年度は3年生と2年生が同じ年に修学旅行に行く仕儀と相成りました。これについては、後日、この校長日記の特集記事として掲載したいと存じます。
  • 09keisai_ground_piano_tusimasensei 同窓会よりグランドピアノ寄贈(写真)
  •  →このピアノは、現在、東京都市大学付属小学校(旧東横学園小学校)の皆さんが大事に使ってくれています。
  • 文化講演会「櫻井よし子氏講演」
  •  ニュースキャスターを務めておられる頃から現在の評論家活動に至るまで大変有名な方をお招きしての講演会でした。     ちょうど小泉首相が誕生した年で、小泉首相の「越後長岡藩家老河合継之助の米百俵」の話から講演を切り出されたのを覚えています。    櫻井さんは旧制長岡中学校出身で、ハワイ大学出身。当時の本校高野校長先生も旧制長岡中学校。    また、この講演の後、Hさんがハワイ大学へと進学するなど、縁の深さを感じさせられることとなった講演会でした。

2002 平14

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月13日 (月)

等々力の卒業生Kさんからのメール

都市大付属小学校入学式の記事(←クリック)を書きましたが、ありがたいことに今回も等々力卒業生Kさんからコメントのメールをいただきました。

こんどのメールで初めて知りましたが、今のI教頭先生が担任だったということを知りました。

I先生は、私と同じ年に五島育英会の教諭になられた方です。付属中高のS教頭先生も私たちと同じ年に専任教諭になられた方で、同期のそろい踏みということになります。

Kさんのメールを拝見すると、年月の流れとともに、世の中は狭いといいますが、「縁のつながり」を感じます。

今回は、Kさんへの私の返信メールも後につけたいと思います。あわせてご覧いただければと存じます。※下の写真は10日掲載の再掲です。

mailKさんのメールmailto

等々力OGのKです。

日記拝見いたしました。

090409tosidaisyogakko_nyuugakusiki_  都市大付小の入学式にご出席されたとこのことで、

お天気もよく、桜も綺麗で、

ピカピカの1年生は輝いていたことと思います。

090409tosidaisyogakko_nyuugakusiki私は29年前に東横小に入学しました。

3つ上の兄が通っていたので、私も東横小に入学したのですが
なんだかよくわからないまま入学式を迎えたのだけは覚えています。

1年西組でした、22名。少なかったです。

学校に行きたくない病になったこともありましたが、電車とバスを
乗り継いで6年間、頑張って通いました。

現・教頭先生は、4・5・6年の時の担任です。

6年西組が現・先生、東組が現・校長先生でした。

現・校長先生はバスケットクラブの時に指導していただいたことがあり、
とても厳しかった記憶があります。 

先日、現・教頭先生にメールしたところ、「新校舎の見学に来ませんか?」とお声をかけていただきました。
近いうち、新校舎の見学に行ってきたいと思います。

校長先生の日記は東横学園で過ごした日々を思い出させてくれます。ありがとうございます。

等々力OG  K。

pencil私の返信pen

K様

いつも御愛読ありがとうございます。

I教頭先生もO校長先生も本当に良い先生で、
このコンビのもとで今の小学校があります。

そのお二人が担任とお隣クラス担任だったとは、
Kさん、お幸せだと思います。

ぜひお出かけになってお会いになってください。

※ 私こそ、Kさんにメールいただいて、私たちの

大倉山を含めた都市大グループの絆を感じる

ことができることを大変嬉しく存じております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月11日 (土)

報告≪大谷先生の訪欧科学研修≫その10:総括レポート(2)

大谷先生の訪欧研修報告の最終回をお読みください。

総括レポート(1)の続きです。

今日の写真は、記事の内容とは直接関係ありません。でもロンドンで大谷先生が撮影された写真であることは間違いありません。

5hi_london01  Herna School(ロンドンで私をホームステイさせてくれた方が経営する学校)は、幼稚園生~小学校2年生までの年齢の子どもを対象にしており、学校に上がる前の子どもの教育を中心にしている。

5hi_london02  卒業生(小学校3年生)のほとんどは、私立の学校に進学するという。

 この学校は、教会の敷地も借りながら、あまり大きくはない校舎で授業を行っている。設備は充実しておりIT関連の機器も導入されている。

 カリキュラムは、劇、音楽を重視しており、体育や美術も授業に含まれる。

 生徒・児童の数は全校で約150人程度であり、スタッフ45人で教育にあたっているとのことである。授業料は年間180万円ほどである(公立は無料)。

6greenwich01  しかし、この学校は私立の学校としては、授業料にせよ、設備にせよ「普通」とのことであった。私立と公立の教育の差が広がりつつあることを、教育における貧富の差が広がっていることを感じた。

 なお、この学校だけでなくほとんどの私立学校は、第三者機関による学校評価がインターネット上に公開されている。

イギリスでも(アメリカでも)「うちの子には宿題を出すな。」と主張する親、いわゆる「モンスターペアレンツ」と呼ばれる親の存在が問題になっている。

 また、朝食を食べてこない子どもも増えており、朝食をあたえる学校も増えているようである。学校によっては、「親を教育する」機会を持たせているところもあるようである。

 教育現場が悩まされている問題はヨーロッパも日本と同じであり、その根本的解決策が見つけられず地道に対応しているようすも同じである。

6greenwich02  ヨーロッパ、特にイギリス、フランスは科学が発展した場所である。そのため、これらの地域の科学施設の最大の特徴は、実物を展示できることにあると思う。

 教科書に写真で登場する実験器具、装置の実物を目の前にし、そこで当時の科学者たちの思考に触れることができるのは、その土地でしかできない。そういった意味でも今回の研修は私にとって意義深いものであった。

6greenwich04  また、自然博物館の解説文の理解、ホームステイ先での会話においては、英語力以外に自然現象、歴史などへの知識の重要性を感じた。

 会話をするためには、これらの知識が必要であり、これらの知識はときに語学力も補ってくれた。研修を通し、「英語で会話をする」ことも体験的に学ぶことができた。

以上で報告を終わります。長期にわたる連載、ご愛読ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月10日 (金)

佐野教頭揮毫in都市大付属小学校入学式

ribbon都市大付属小学校と佐野教頭先生pencil

090409tosidaisyogakko_nyuugakusiki都市大付属小学校の入学式に、9日(木)行ってまいりました。

入学式の写真を掲載できないのが大変残念です。

 といいますのも、ピカピカの一年生が緊張しながらも、5年生、6年生のお兄さんお姉さん方に迎えられて、晴れがましい表情でステージに整列する姿は、とても可愛らしくほほえましい情景でしたから、ぜひ皆さんにご覧に入れたいと思ったことでした。

 式の最中、何度もカメラをひっぱりだして撮影したいという誘惑にかられました。

 ステージの上に新入生、フロアに5年生、6年生がいて対面する形です。5,6年生の後に保護者の方々が着座され、我が子の晴れ姿を見守るという式場スタイルでした。

 校長先生の式辞もフロアから、ときに一年生の方を向かれて、ときに保護者の方々のほうへ向き直られてというようにして話されます。一年生向けには、ゆっくりと、言葉をくだいて、祖父が(校長先生、失礼します)孫に語られるようなお口ぶり。保護者の方々へお話になるときは、一転、謹厳実直な口調に直られる。

 そういえば二子幼稚園の園長先生の話し方もそうでしたが、なかなか難しい芸当だと拝見しました。しかし考えてみれば、これも幼い新入生には、世の中、大人というものはこういうものだという勉強になるのだろうなと思ってみたことでした。

 感心したのは、一年生の入場、退場の介添えを5年生、6年生の女子児童がすべて執り行っていたことです。我が妹、我が弟のごとく、やさしく丁寧に誘導する姿は、もう小学生のものではなく、立派な姉兄のそれでした。拍手です。

 もっと感心したのは、新入生が一人残らず、担任の先生の呼名に大きなしっかりした声で「はい!」と返事をしていたこと。これは素晴らしい。大きな拍手!

 校長先生が、式辞のなかで、私のこともご紹介いただきましたが、起立して思わず「一年生の皆さん、おめでとうございます。返事がとってもしっかりしていて、声もよくて感動しています。六年間頑張ってね!」と声をかけました。

 東横学園小学校から本年、都市大付属小学校に名前を変えたわけですが、同校は、東京の私立小学校の中では、競争率やレベルが上位に位置するようになっています。

 どうぞ、これからも見守っていただき、大倉山卒業生の皆さんのお子方も入学させていただけたらと思います。

 ところで、この小学校は、本校長日記にたびたびご投稿いただいている等々力中高卒業のKさんの母校です。次の記事をクリックしてください。

090409tosidaisyogakko_nyuugakusiki_さて、昨日、入学式でサプライズがあったと書きましたが、それは佐野先生の書に出会えたことです。

 帰りしなに校長先生が、「実は、入学式の看板、佐野教頭先生に揮毫していただいたんですよ」と教えてくださいました。

拝見すると、確かに見慣れた佐野先生の書と思えるではありませんか。(思えるではないかという言い方も失礼ですが、来校したときは特段気に留めなかっただけに・・・・・いや、この言い方がまたまた失礼ですね。ちょっと黙りますね。)

 でも、本当に嬉しく思いました。写真が光に反射してうまく撮影できていません。新入生と保護者の方々が看板をはさんで、かわるがわる記念撮影されていたあいまに、大急ぎで撮ったものです。御容赦ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月 9日 (木)

生徒会長日記@齋藤美紀49期会長vol.34≪小学校離任式≫

生徒会長日記が届きました。在校時代からずっと続けてくださっているわけですが、最近はとみに勉強になる内容が多いですね。齋藤さん、これからもよろしくお願いします。

きょう、都市大付属小学校の入学式に行ってきました。大倉山にかかわるサプライズがありました。それは明日掲載します。お楽しみに。

それでは生徒会長日記をお読みください。

virgo齋藤美紀生徒会長日記tulip

4月になりましたね。どこも桜が満開できれいな季節になりました。桜と言えば山桜は咲いたのでしょうか・・・。気になります。

090409kaicho_0407_083621p10001012 さて、先日、私の通っていた小学校の離任式に行ってきました。

小学校の敷地内に入ったのは、大学の合格報告以来なので、2年ぶりになります。小学校の景色は、ほとんど変わっていませんでした。

変わったのは、卒業するときにみんなでペンキで塗り替えた遊具が、私たちが塗り替えたころと同じくらいペンキがとれかかていることと、知ってる先生がほとんどいないということくらいでしょうか。

090409kaicho_0407_083714p10001022 なぜ離任式に行ったのかというと、5・6年生のときにお世話になった担任の先生が離任されるからです。小学校6年間で唯一好きな担任の先生でした。

その先生と出会ってから学校や、先生が好きになりました。もし出会わなかったら、高校に入るまで「学校は楽しくない場所」とずーっと思っていたかもしれません。

本当に先生が小学校最後の担任の先生でよかったと思っています。こんな先生に出会えた私は幸せ者です。

人生、良くも悪くも様々な出会いがあります。その出会いが、たとえ最悪のものであっても、いつか自分とってプラスになって返ってくるのだと、様々な人と接していくなかで学びました。

春は出会いと別れの季節でもあります。

一期一会を大切にしましょう。
   
画像は小学校の桜と遊具です

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月 8日 (水)

桜in高幡不動尊

昨日も書きましたが、日曜日に高幡不動尊におまいりしてまいりました。

お参りとはいえことのついででしたので、お不動さんには失礼なことでした。

ただ高幡不動尊は、桜が要所要所に配置され花見気分になれるほか、四国お遍路札所めぐりのミニ版が経験できたり、水琴窟(すいきんーくつ)という珍しい仕掛けがあったり、あじさいの季節には山アジサイが全山を彩ったりと、信仰に楽しみが加わったお寺さんです。・・・・・・う~ん、こう書くと、お不動さんに怒られそうですね。

  • お不動さんについては次の校長日記で書いたことがあります。ご参照ください。→2006年10月20日記事

高幡不動尊は江戸時代、幕末に勤皇の志士対策のために集められて新撰組ゆかりの地でもあります。

090405takahatafudoson93_hijikatatos

新撰組副長として活躍し、北海道函館の五稜郭戦争を最期に倒れた土方歳三(ひじかた・としぞう)の墓所があるといわれています。

写真は高幡不動尊にある土方の銅像です。

誰さんだったかおぼろげにしか覚えていないので名を記すことができないのが失礼な話ではありますが、・・・Iさんだったかな、もう10年近く前になりますが、高幡不動尊によって土方歳三ゆかりの品を手に入れてきたといって私に見せてくれたことがあるのです。

 授業で幕末、明治維新を教えたころのことだったろうと思うのですが、日曜日にこの土方歳三の銅像を眺めながら、そのことを懐かしく思い出しました。

090405takahatafudoson91_yukiyanagi

高幡不動尊は桜の名所(↓)でもありますが、境内を歩いていると雪柳の花に出会いました。大倉山高校でも通学階段の脇に咲いていましたね。今年も山桜や枝垂桜といっしょに咲いていることと思います。

090405takahatafudoson_gojuunotou 090405takahatafudoson2_sakura090405takahatafudoson3_sakura 090405takahatafudoson5_sakura

090405takahatafudoson4_suikinkutu

←これが水琴窟。

しつらえられた割竹の先から水が甕(かめ)の中に落ちてたまります。

たぶん、その甕の底から水がぽたりぽたりと落ちる仕掛けなのだと思いますが、耳をすますと、玉石を敷き詰めたあたりから、「から~ん、ころん、ぽちゃん、こ~ん、・・・♪」とすずやかな音色が響いているのが聞こえます。

とても穏やかな気持ちになります。

090405takahatafudoson8_yamajiro_hon

090405takahatafudoson9_tachikawasig

←これは高幡不動尊の中にある城山。中世、山城が構えられたところで写真は、山の頂上、お城の本丸が建てられていた広場です。市街地は、その本丸から眺めた立川市街。

090405takahatafudoson6_sikokuhenro_ 090405takahatafudoson7_sikokuhenro_

←この城山を上り下りする道沿いに数メートルおきに安置されているお地蔵様。四国お遍路八十八札所めぐりを模して、一番から八十八番まで「第○○番:讃岐国○○に在」などと紹介されています。

城山をひとめぐりすると四国お遍路めぐりを遂げたのと同じ効果があるといわれるありがたいお城です。

090405takahatafudoson92_kuhi_by_bas 城山から降りたら、句碑がありました。

みると「芭蕉翁」と銘が打ってあります。これはと思って写真に撮ってまいりました。

ちょこっと上のほうが欠けていますが、

横の説明板と照らし合わせてみると、

≪明月尓 婦毛と能霧や 田の久裳理≫

(名月に ふもとの霧や 田の曇り)

と書いてあるようです。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月 7日 (火)

桜in高校野球東京春季大会立川球場

  • 本日(7日)、東京都市大学塩尻高等学校(長野県)の入学式に参列しました。
  • 本校の統合校である新生東京都市大学等々力中高等学校、また東京都市大学付属中高校も本日が入学式です。佐野教頭先生をはじめ本校から異動の先生方にとって二度目の入学式です。皆さんとも卒業生の方々が入学されたときのことを思い出しておられることでしょう。

cherryblossom5日の日曜日のことbaseball

(この記事は期日指定でアップしております。)

5日の日曜日、立川市営球場に行く必要があり、高校野球を観戦してまいりました。

090405takahatafudoson94_monorail

立川市営球場の近くは多摩モノレールが走っています。多摩モノレールは梶原さんの帝京大学の近くを走っている交通機関ですね。以前、校長日記で紹介したことがあります。(平成20年9月8日校長日記←参照クリック)

090405tachikawakyuujo3_yakyugameさて、観戦した試合は東京農業大学第一高校対関東第一高校の対戦でした。

  • ちなみに東京農大は49期のHさん、そして教頭先生の御子息が学んでいる大学です。その付属第一高校は都市大学等々力と同じ私立学校連盟第八支部の学校で佐野教頭先生がお付き合いのある先生が何名もいらっしゃいます。
  • また、農大一高から都市大に進学する人も多くいて、農大一高は私たちとゆかりのある学校です。

さて、野球のほうは、強豪である関東第一の順当勝ちだろうと予想していました。ところが、ところが、農大一高がピッチャーの好投にくわえ、チャンスをしっかりものにする手堅いゲーム展開を見せ、6-2の完勝でした。

090405tachikawakyuujo4_yakyugameよく言われることですが、野球というものは分からないものですね・・・というより、諦めてはならない、予測どおりにはいかないという点で人生とまったく同です。

↑写真は、農大一高に点が入るたびに応援席で踊られる農大名物≪大根踊り≫の模様です。

090405tachikawakyuujo5_yakyugame

←試合が終わった後のグラウンド整備は、勝利チームが黙々と行います。こういう点が高校野球のすがすがしいところです。勝利した農大一高応援団が敗者の関東一高へ大きな声でエールを送りましたが、戦いすんだ後のこの気持ちよさは何度見ても感動します。

090405tachikawakyuujo2_sakuranamiki090405tachikawakyuujo1_sakuranamiki←この写真は立川球場のすぐそばにある小川の川べりを覆い尽くす桜並木です。

大勢の家族連れ、友達同士の花見客でにぎわっていました。

    090405seisekisakuramatsuri2_kyodaid090405seisekisakuramatsuri1

←これは、立川から少しはずれた聖蹟桜ヶ丘駅周辺で行われていた「聖蹟桜まつり」のもよう。左側の写真の巨大太鼓をご覧ください。たぶん≪六尺太鼓≫でしょう。六尺とは、30cm×6=180cm。直径が身の丈を超える巨大さです。どーんと撥(ばち)が振り下ろされるたびに、聞く身の体が震えます。雷でも落ちたのではないかと思うほどです。

以上、私の私的体験がほとんどの記事ですが、お読みいただいてありがとうございました。

また、この日曜日、立川の近くの日野市高幡不動尊にも寄ったのですが、この記事は明日掲載致します。これも校長日記に無縁のようですが、実は高幡不動尊については大倉山時代、ある思い出があるのです。それは明日の記事のお楽しみに・・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月 6日 (月)

再録:留学生カトリンさんのスピーチ<平成19年4月27日記事より>

090405sakuranamiki_in_arima

←家の近くの桜並木です。

  • 明日(7日)、東京都市大学塩尻高等学校(長野県)の入学式に参列します。午前10時からですので、間に合うように今日から宿泊出張です。

そういうことで、明日はちょっと毛色の違う記事にしますが、本日のところは再録記事をご覧ください。最後の留学生カトリンさんのスピーチです。カトリンさんを懐かしみつつ、久しぶりに英語の勉強をしてください。

■カトリンさんのスピーチ in 26日全校朝会■

いつものように英語と日本語の両方でスピーチしてくれました。ドイツ人のカトリンさんにとって両方とも外国語ですが、上手なスピーチでした。日本語も随分流暢(りゅうちょう)になっています。カトリンさんが最後に言っていること、英語を母国語としない人の口から出た言葉だけに大事ですね。

070427_0426tyokai_katorin <カトリンさん>

Good morning everyone.  How have you been ?

  • みなさん、おはようございます。元気にしていますか?

Since I've stayed a long time in Japan , there are only 2 further months left.

  • 日本に来てからずいぶん経ちました。(私の滞在も)あと二ヶ月になってしまいました。

And my feelings are mixed about thinking going home in June.

  • それで、6月に家に帰ることを考えると、ちょっと複雑な気分です。

From 9 till 11 we went to British Hills to improve our English skills.

  • 9日から11日まで、ブリティッシュヒルズに英語の力を磨くために行きました。

I found this place very nice. The people were kind and the food was delicious.

  • とても良いところでした。みんな親切で、食べ物も美味しかったです。

Everyone tried their best understanding and using English.

  • みんなも一生懸命、英語を理解しようとし、また英語を使おうとしていましたね。

I really hope that all of you could learn a bit , because English is an important language for your life , even if you stayed in Japan.

  • 私は、全員がちょっとでも英語を勉強してくれたらいいなあと思います。なぜなら、皆さんが日本にずっと住むとしても、英語はみんなの生活にとって大切な言葉だからです。

It connect people all over the world and that is what 's important.

  • 英語は世界中の人たちを結びつけますが、そのことは大変重要なことです。

昨日撮影しました。大倉山に行けないのが残念です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月 4日 (土)

学校の歴史年表:その5≪大倉山五十年史vol.22≫

今までに掲載した「学校の歴史年表」記事は左欄カテゴリーよりアクセスいただけます。カテゴリー「ありし日の学校」、「大倉山の歴史」と合わせてご覧ください。

学校の歴史に関する記事は、御愛読いただいて感想を述べてくださる方々が異口同音に≪胸がつまり≫、≪目頭が熱くなる≫とおっしゃいます。中には≪人目をはばからず滂沱(ぼうだ)の涙です≫と言われる方もいらっしゃいます。

私も、本校の歴史の記事をアップするたびに、こみあげるものをこらえることができません。

私たちの大倉山。永遠です。

0810_50nensi_gakkounoayumi4_1988200clip1988年~1996年の大倉山高校sandclock

.

1988 昭63

  • 本年度より英語ネイティブ教員(講師)を毎年採用(昭和40年代にも一時採用)
  • 0904_nativteacher_1988sotugyoalbum.
  • 学園祭火文字でナイヤガラとともに打ち上げ花火も始める
  • 0904_hanabi_in_hinmoji_1988sotugyoa
  • 0904_hanabi_in_gakuensai_1989sotugy
  • .
  • .

1989 平元

  • 体育祭会場を横浜市三ツ沢競技場(サブグラウンド)に移す
  • 0904_taiikusai_in_mituzawa1_1988sot0904_taiikusai_in_mituzawa2_1988sot 0904_taiikusai_in_mituzawa3_1988sot .
  • 本年より九州修学旅行に定着させる
  • 0904_syuugakuryoko1_in_kyuusyu_1989 0904_syuugakuryoko2_in_kyuusyu_1989 0904_syuugakuryoko3_in_kyuusyu_1989 .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • 学園祭「辰ちゃんとママさんカレー」開始(梅宮辰夫さん直伝)
  • 0904_tatuchan_curry_in_gakuensai_19 0904_tatuchan_curry_1992sotugyoalbu.
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .

1990 平2

  • ホームステイ開始(カナダ)
  • 0904_homestay_in_canada1_1991sotugy 0904_homestay_in_canada2_1991sotugy .
  • 書道全国大会出品(全国高校総合文化祭)②
  • 0904_syodou_in_bunkasai_1991sotugyo .
  • 梅宮辰夫氏講演会
  • 0904_umemiyatatsuosi_kouen_1990 .
  • .

1991 平3

  • 太尾町会祭礼御神輿が本校へ行幸交流
  • 0904_omikosi_1992sotugyoalbum .
  • .
  • .

1992 平4

  • ホームステイ、米国オレゴン州に変更
  • 超高層新横浜プリンスホテル竣工

1993 平5

  • 学園祭が神奈川新聞で報道される
  • 0904_1993hekiga_oriduru .
  • 超高層ランドマークタワー竣工(音楽室・体育館3階より望める)
  • 0904_landmarktower_200611.
  • 第109回芥川賞作家 吉目木晴彦氏講演会(武蔵工大附属高校卒業)0904_yosimegiharuhikosi_1993
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  • .
  •     

1994 平6

  • 学園祭が各新聞・TVKテレビで二年連続で報道される
  • 0904_1994hekiga_pinokio
  • 外国留学制度開始
  • 山桜が横浜市名木(樹齢260年)に指定
  • 0904_yamazakura_meiboku_siteisyo 0904_yamazakura1_200611 0904_yamazakura2_200611  0904_yamazakura3_200611 0904_yamazakura3_20060904_yamazakura4_2006
  • 港北区駅伝大会にバスケット部等出場開始" 
  • 0904_2006ekiden_by_basket .
  • .
  • .

1995 平7

  • 学園祭が各新聞・フジテレビ報道、三年連続でマスコミの注目となる
  • 0904_1995marilin_monrow 0904_1996hekiga_hepburn .
  • エアロバイクを体育館に設置
  • .

1996 平8

  • 県高校体育連盟総合開会式:本校選手団行進パフォーマンスが神奈川新聞で報道
  • 0904_koutairen.
  • 同窓会再建第1回総会(新横浜プリンスホテル、太鼓部祝賀演奏)" 
  • 0904_dousoukai_saiken

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2009年4月 3日 (金)

報告≪大谷先生の訪欧科学研修≫その9:総括レポート(1)

  • 本日の昼食:木耳(きくらげ)定食。長崎ちゃんぽん店(チェーン店ではありません)で食しました。木耳(きくらげ)と豚肉をいためたものが玉子でとじてあります。蒸し餃子添えです。昨日の昼食を書き落としましたが、煮魚定食(金目鯛)。「初つぼみ」という清流が演出されている店で。

さて、今日は久しぶりに大谷先生の訪欧科学研修の報告です。

今までに全八回でお送りしてきましたものは、左欄カテゴリーの2008~web授業(理系・保体・総合) をクリックすればご覧になれます。

本日は、大谷先生による総括レポートです。長いレポートですので、二回に分けてご覧に入れます。

 現地の科学施設の大きさは、予想を上回る規模のものが多かった。

 そのため、計画では半日を当てていた施設の見学に丸一日費やすこともあった。また、施設が含まれる建物が工事中のものもあり、計画の変更を余儀なくされた。

 今回訪れた科学施設は一般に公開されており、夏休みということもあり多数の入場者がいた。多くは親子で見学に来ていた。

5hi_london01  特にロンドンの博物館は無料のものが多く、気軽に訪れることができるようになっている。

 パリ、ロンドンの博物館ではガイドも充実しており、ほとんどの施設で、多言語の音声ガイドを使用することができた。

 博物館全体に言えることであるが、単なる展示から体験型のものへの移行がすすんでいた。

 これは、「見せて納得させる」から「やらせて楽しさを感じさせる」への移行であり、いたるところに科学をより身近に感じることができるような工夫がされているように感じた。

 なお、親子連れや、一般の入場者はやはり最先端の科学技術のほうにより興味を示すようである。古い実験器具に興味を抱き、熱心に見ていたのは私を含めごく少人数であった。

ホームステイ先では、各国の教育についても聞くことができた。一面的なものではあることを充分に承知した上で、以下にその一部を紹介する。

1earth_exproler_verguee2 1earth_exproler_verguee5  ベルギーでは、子どもが放課後外で遊ぶようなことはあまりない。

 共働きの親のためには、「学校が有料で子どもを預かる」や開放された学校で「有料のレッスンを受ける」などがある。

 夏休みにもこのようなプログラムがあり、「スタージュ」と呼ばれている。

 日中市内を歩くと複数の大人が、十数人の子どもを引き連れて歩く光景を良く目にする。これはスタージュのプログラムのひとつであり、観光施設などを見学しているのだそうだ。

 スタージュの費用としては1週間あたり8,000円程度である。

5hi_london03  一方、ロンドンではベルギーのスタージュのような仕組みはない。「Hi London」(夏季学校)のようなプログラムは存在するが、費用の面で大きく異なる(Hi Londonでは、1日あたり10,000円かかるという)。

 どちらの国も、放課後や夏休みなどの長期休暇に対する考え方は、日本の学校とは大きく異なっている。

1earth_exproler_verguee1  なお、ベルギーの教育システムは6~17歳までが義務教育となっている。

 14歳の時点で将来のことについて考え(進路を決め)、一般、芸術、職業などのコースを選択しなければならない。大学への進学では入試は行わず、中等教育(高等学校に相当)の成績で選抜される。

(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月 2日 (木)

東京都市大学学園歌≪夢に翼を≫

昨日、東京都市大学グループの学園歌が制作されたことをご紹介しましたが、今日は引き続いて歌詞全文を掲載致します。五島育英会のホームページ(下にURL掲載)にリンクしてあるので、そこで読めますが、本日記にアーカイブとして記録しておきたいと思います。メロディは下をクリックしてお聴きください。

歌詞だけを読むと堅い感じの歌のように思えますが、メロディーと合わせると大変素晴らしい曲になっています。もっとも、中高のある先生は、「しっかりした歌詞であり学校の校歌としてはこうでなくてはならないと思うので、自分は感動した」と言っておられました。

東京都市大学グループ学園歌

http://www.goto-ikuei.ac.jp/10hojin/song_of_tcu_group.html (←クリック)

≪夢に翼を≫

 作詞・作曲 岩代浩一 編曲 岩代太郎

  一、

学園(まなびや)の道の 陽(ひ)を浴びて

精気さやかな 都市に起つ(たつ)

未来を目ざす 心意気

不滅の精神(こころ)を学ぶなり

香る個性を煌き(きらめき)に

明日(あす)の英知を磨き合う

双手(もろて)に燃える青春の

夢に翼を 夢に翼を

   二、

学園(まなびや)の大地に 風わたり

天空蒼々(てんくうそうそう)と 冴えるとき

阿吽(あうん)の息吹 朋友(とも)の声

賛歌たからかに ひびくなり

若き生命(いのち)の羽ばたきに

明日(あす)の希望を語り合う

力あふれる青春の

夢に翼を 夢に翼を

   三、

学園(まなびや)の森に 集い来て

梢するどく 指す木立(こだち)

遥かに仰ぐ 大宙(おおぞら)の

北斗に真理の光あり

古き伝統(つたえ)の温もりを

明日(あす)に生かして励み合う

血汐みなぎる青春の

夢に翼を 夢に翼を

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年4月 1日 (水)

≪夢に翼を≫東京都市大学グループ誕生

  • 本日の昼食:豚キムチ定食、益庵(ゆたか庵)という食堂にて。久しぶりに寄った店で、ここの豚キムチは初めてでしたが、私にはちょっとキムチが強すぎました。
    •  
  • 一昨年卒業のチアー部栁原さんから嬉しいメールをいただきました。後日、ご紹介できると思います。
    •  
  • 今日は4月1日、人事異動の日です。4年前の卒業生、井上ゆりさんが武蔵工大(都市大)事務局より五島育英会事務局へ異動してきました。これから私とともに働きます。教え子と同じフロアで働ける日がくるとは夢にも思っていなかっただけに、大変嬉しいですね。

いよいよ東京都市大学グループが発足致しました。

昨日、渋谷のBunkamuraオーチャードホール「東京都市大学グループ誕生記念コンサート」が開かれ、東京フィルハーモニーによるベートーベンの「第九」が演奏されました(二期会合唱団による合唱付き)。指揮本名徹次氏。

本校同窓会の矢野会長さんたちも招待され、お聞きいただきました。大変な人ごみのなか、残念ながらお会いはできませんでしたが、とても素晴らしかったとのメールを頂戴しました。

また、東京都市大学グループ学園歌も制定され、同じく記念コンサートで披露されました。フィルハーモニーによる演奏と二期会合唱団によって歌われ、みんなを感動させてくれました。学園歌は≪夢に翼を≫という題名で、岩代浩一氏と岩代太郎氏の父子による作詞作曲編曲です。

未来へ羽ばたくイメージが沸き起こる曲です。次のサイトのプレーヤーをクリックすると聴くことができます。ぜひお聴きになり、ご愛唱いただければと存じます。

リンク→http://www.goto-ikuei.ac.jp/10hojin/song_of_tcu_group.html

また、本ブログにもリンクを貼りました。いつでも→右欄からアクセスできます。

上のサイトに作詞者岩代先生のメッセージが載っていますのでお読みいただきたいと思いますが、歌詞のコンセプトは、≪夢を実現するには翼(飛び立つ力)を手に入れなければならない≫ということです。力を蓄えようとしない人の夢は単なる夢物語にすぎません。≪夢に翼を≫が、これから大倉山高校の校歌(東横学園校歌)とともに「校歌・学園歌」の二本立てで歌い継がれていくことになります。

大変素晴らしく、大変歌いやすい学園歌です。五島育英会のホームページで聞くことができますが、以下にリンクをはっておきますので、お聞きください。昨日の。歌詞は明日の日記でご披露致します。

本校統合の東横学園高等学校も「東京都市大学等々力高等学校」となります。姉妹校の武蔵工大付属高校は「東京都市大学付属高校」となります。付属がついているいないにかかわらず、長野の都市大塩尻高校を含め、すべて学則において≪東京都市大学の付属高校≫と位置づけられました。

本校卒業生の皆さんも4月1日からは東京都市大学等々力高校が母校となります。もちろん卒業校は我が東横学園大倉山高等学校であることにかわりはありません。第49回卒業式の式辞で申しましたように、私も「東横学園大倉山高校卒業生である」と誇りを持って申してまいります。

皆さんも本校卒業生として誇りを持っていただくとともに、新たな母校グループである「東京都市大学グループ」の発展にご協力願えればと存じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »