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2010年12月 2日 (木)

雀の死@生徒会誌「しばつゆ」(その3)≪大倉山五十年史vol .37≫

おととい、きのうに続けて、「しばつゆ」からの「五十年史」に掲載したものの転載です。

きょうは「詩」のような趣の文章です。詩のページに掲載されていたものではありません。文章もひとつながりになっていたものです。

ただ、ひとつながりのままブログに掲載すると大変読みにくく思えたものですから、文章ごとに段落を変えました。そうしたら、一文一文がきわだってきて、詩の趣を呈してきました。ご了解ください。

途中、雀が「煤で黒くよごれ」という表現があります。石炭ダルマストーブから出てくる煤(すす)でしょうね。この時代、冬は木造校舎のなかで、ダルマストーブに石炭をくべて暖をとっていたのです。

昭和40年代の生徒会誌「しばつゆ」より(その3) 

【 雀の死 】

    (生徒会誌「しばつゆ」1964.3月より)

ある日教室の煙突にまぎれこんだ雀が・・・・・

授業中に 飛びこんで来た

ほとんど落ちてくるように―。

雀は弱っていた

煤で黒くよごれ、人を見てこわくても逃げられぬ雀

飛べないのだろうか。

しばらくの間机の中に入れお弁当をやった

又眼をつぶる・・・私を見る。

時々いらだつように歩く。チッチッ、チッチッ。

だが雀はその日死んだ。

親を思い兄弟を慕いながらも飛んでいけなかったこの雀がなんだか哀れでならなかった。

羽を広げ、ぐるぐるぐるぐるまわる雀。

苦しがっている鳥、雀。

昼休み―友と二人 子の哀れな雀を 葬ってやった。

この雀の肉親がどこにいるのかと捜しまわっているのではあるまいか。

眠れ安らかに魂よ― 

私達があなたの肉親のかわりに悲しみ葬ってあげよう・・・・。

以上です。私の大倉山経験のなかでは、雀や鳥が教室に飛び込んでくることはありませんでしたが、サッシの窓に鳩やカラスがぶつかってベランダに落ちるということは何度かありました。

虫は教室に飛び込んできましたね。そうすると、皆さんも十分ご承知のことですが、その虫が飛んでいる周辺の子はキャーキャーワイワイ、授業になりませんでした。虫ぐらいなんだと言おうものなら・・・・・・でしたね(笑)。

きのうもおとといも書いたことですが、それにしても「しばつゆ」に掲載されている文章はどれも達意。すごいなあと思います。

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