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2011年4月 6日 (水)

ダンス部がくれたもの≪大倉山五十年史vol .38≫

平成20年6月に刊行した「大倉山五十年史」の掲載を長らく中断していることに気が付きました。お詫びいたします。

これからまた再開してまいります。

再開第一号は、「全国レベルの栄誉」をうけた部活動三つです。

バスケットボール部、書道部、ダンス部を「50年史」に掲載致しましたが、執筆は全国大会ゆかりの部長さんにお願い致しました。

本日は、ダンス部。

  • ところで、いま、私は付属小学校につとめておりますが、Nさんという保護者の方がダンス部の勝倉コーチのお友達でいらっしゃって、お会いすると勝倉コーチのお話をしております。こういう出会いも大変うれしいものです。

それではお読みください。 

ダンス部がくれたもの

      47期 榎本紗織

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ダンス部では、授業では教えてもらえないようなことをたくさん学ぶことができました。

 入部したての頃の私たちは、勝倉コーチや先輩のマネをすることだけで精一杯でした。

右も左も分からず、部活に出ること自体、嫌になったこともありました。

そして、どうにか部活を続けダンスのことがわかりかけてきたころ、先輩が引退され、今度は私たちが後輩を指導し引っ張っていかなければならない立場に変わると、新しいプレッシャーを感じるようになりました。

しかし、いつも仲間同士で励ましあい支えあったことが、そのときそのときを乗り越えられたのだと振り返ることができます。    

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“出来ない”と決め付けて諦めるのではなく、常に新しいことに挑戦していくことの大切さを、勝倉コーチ(写真↑)や先輩に教えていただきました。

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3年生のときの神奈川県ダンスコンクールは、それまでも先輩方が良い成績を残し続けてこられた伝統の重みがプレッシャーともなりましたが、私たちも作品をより良いものにしていくために、練習が終わってからも部員同士で作品の意味を何度も何度も話し合いました。

この作品に出会ったことによって、「ただ踊るのではなく、自分の、自分たちの気持ちを表現することが一番大事である」という意味を理解できました。

幸い、県コンクールでは3位という好成績を収めることができ、ダンス部の伝統を守ることができましたが、何よりも嬉しかったことは、県高校ダンス部連盟の推薦によりその年の「全日本高校・大学ダンス=フェスティバルin神戸」への出場を果たすことができたことです。

この経験によって、技術面だけでなく精神面でも大きく成長することができ、自信へとつながりました。
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 勝倉コーチには踊り以外のことでも相談にのっていただきました。コーチと一緒に作品を作れた時間は私の大切な思い出です。

ダンス部を引退するときには、部員全員がとても価値のある3年間を過ごすことができたことを感じていたと思います。

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共に頑張った仲間、コーチ、先生方のおかげで、誰にも負けない素晴らしい高校生活を送ることができました。

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