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2012年7月28日 (土)

ロンドン五輪開幕

ロンドンオリンピックが開幕致しました。

そのことについて付属小学校の先生ブログで執筆しましたので、ご覧ください。

本校創立者の五島慶太翁と日本オリンピック委員会の父「加納治五郎」との縁についても書きましたので、どうぞお読みいただければと存じます。

http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2012/07/post-369.html

携帯でご覧の方で、上のリンクにジャンプできない方のために、「加納治五郎と五島慶太」の部分だけ、以下に転載しておきます。

     ↓

【日本オリンピック委員会の父=加納治五郎と五島慶太】

  ※以下敬称略

日本オリンピック委員会の父は、講道館柔道の租である加納治五郎(1860年生まれ)です。

現在のJOC(日本オリンピック委員会)は、加納が1911年に大日本体育協会を作ったのが始まりです。

実は、加納治五郎は日本オリンピック委員会を作る前から、いや、日本選手が一人もオリンピックに参加していない段階においてといったほうが正確でしょう、つまり、日本人とオリンピックがまったく縁もゆかりもない段階において、1909年、駐日フランス大使を通してクーベルタンより「国際オリンピック委員会(IOC)」の委員に就任するよう要請されて就任しています。加納治五郎という人はそれほど国際的に注目されていた人物だったのです。

 その後、加納治五郎は日本選手を参加させることに奔走するとともに(そのために作ったのが大日本体育協会でした)、1940年東京オリンピックを招致することに成功しました(実際は戦争のために中止の憂き目にあいましたが)。

このような加納治五郎から親しく教えをうけた人に、都市大グループの創立者である五島慶太がいるのです。五島慶太(1882年生まれ)は青雲の志を胸に1901年上京し、東京高等師範学校(現筑波大学)に入学しましたが、そのときの校長が加納治五郎でした。まだ40歳をこえたばかりの若き校長です。

五島慶太は、この加納治五郎校長から「修身」(倫理)の授業を直接教わりました。

加納校長は、この講話において、毎回、同じフレーズを強調したといいます。

それは、

「人間たるもの、『なあにの精神』(なあにくそ、これぐらいのことでへこたれてたまるか)をもって事にのぞむことが一番大事である」

ということだったそうです。

その後、五島慶太は東京帝国大学(現東京大学)に入学しなおしますが、学資に困って、加納治五郎校長に相談をし、家庭教師の口を紹介してもらっています。

オリンピックにゆかりの深い加納治五郎と本校創立者五島慶太の深いえにしを知ると、このたびのロンドン五輪を見る目がまたちがってくるのではないかと思い、以上、ご紹介いたしました。

 以上のことは、いま執筆中の「五島慶太伝」にも盛り込む予定です。

            以上

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