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2013年5月11日 (土)

大倉山幼稚園の高野先生について
(卒園生の森(江上)洋子様よりメール)

5月9日(木)記事に再録記事「5月の横浜・大空襲と大倉山幼稚園」を載せました。それはニューヨーク在住の森洋子さん(旧姓江上さん)という方から次のメールをいただいたことが理由です。

大倉山高校に併設されていた大倉山幼稚園を卒園された方で、幼稚園の高野先生(本校の前身である大倉山学園創立者の高野平先生のお譲さま)のことを思い出されて、検索したところ、この校長日記に行きあたったということです。

インターネットですから当然のことではありますが、この校長日記が地球を回ってニューヨークまで届いていることに感激しましたが、森さんからのメール内容にも感動致しました。

どうぞお読みいただければと存じます。第二便もございますので後日、ご覧に入れます。

     ↓

校長 さま

初めまして、私NY在住の者ですが、
東横学園大倉山幼稚園の卒園生です。昭和32年生まれです。

35年生まれの妹と36年生まれの従兄弟も卒園生ですが、
もう一人の従兄弟は40年4月1日生まれで、その時はすでに大倉山幼稚園はなく、
泣く泣く別の幼稚園(白梅)に行きました。

高野先生の事をふと思い出して、検索した所、こちらのサイトに出会いました。

私も他の方と同じ様に原爆で被爆されたと思っておりましたが、
こちらでで高野先生がどうやってお怪我をされたか知る事ができました。

私は先生に傷跡(ケロイド)があったのをしっかり覚えております。
何故急に先生の事を思い出したかと申しますと、息子が通う高校に先日広島で
被爆された方が来られて講演をなさったからです。

その方には目に見える傷はございませんでしたが、想像を絶する体験をされたにも係わらず、とても穏やかで、講演を聴いていた生徒達もこの方にすっかり魅了されてしまっていました。

勿論通訳の方を通しての講演でしたが、お人柄と申しますか、そういう事は人間同士、わかり合えるものですね。こちらの男子高校生というともう大人の様な子供もいますが、そんな子供達が次から次にこの方と写真を撮っている姿をみると胸が熱くなりました。

「アメリカを憎んでいますか?」との質問に

「アメリカを憎んではいません。原爆を憎んでいます。」とおしゃっていました。

私の記憶している高野先生もとても落ち着いた、優しい方でした。
他の先生のお名前はすっかり忘れてしまいましたが、高野先生のお名前はしっかり覚えております。

制服もなく、確か黄色いカバンだけがお揃いで、先生が毎朝、綱を持ってお迎えに来て下さって、その綱で電車ごっこみたいにして皆で通っていました。(帰りは保護者の迎えでしたが)

卒園生はみなどこかおっとりとしていた子供が多かったと記憶しています。
小学校は殆どみな大綱へ行ったと思います。そう言えば運動会は高校生のお姉様方に手伝って頂いた様な記憶もあります。

なんだか懐かしくなって、メールしてしまいました。
急にメールを差し上げました失礼をお許しください。

末筆ながら、益々のご活躍とご健康をお祈り申し上げます。

森 洋子(旧姓 江上)

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