« 再掲「大倉山よりのぞむ開通したての新幹線」(「ありし日の母校」より | トップページ | 再掲記事:1978-1979年体育祭の教師仮装(ありし日の母校より) »

2016年9月 5日 (月)

再掲:新校舎設計図 昭和42年の卒業アルバムより

カテゴリー「ありし日の母校」より再掲します。

ありし日の母校 vol.6

・・・昭和42年(1967年)の卒業アルバムより・・・

080503_1967sotual_adachisensei 当時のB組の集合写真です。 ※写真はクリック拡大願います。

正井校長先生と担任の足立先生が中央に座っておられます。

080503_1967sotual_sinkousyasekkeizu←これは、その卒業アルバムに掲載されている校舎設計図。

大倉山幼稚園の園舎のところ(後の西側校舎のところ)に鉄筋コンクリートの校舎を建てる建築予想図です。

   ※大倉山幼稚園はのちに野川幼稚園に、そしていまは二子幼稚園に統合されています。

  •  この予想図をみると、「こんな建物はないよね?」と思われるでしょうが、無理もありません。

     この建物の前は、山桜、椎の木、泰山木など、大きな木立で埋められています。

     つまりこのように正面から全体像を見ることはできないからです。
  •  でも、このように建っているのですよ。

     両サイドを区切っている真ん中は階段部分。一番上が生徒会室です。

     左サイドの三階はホール(平成15年ごろまでは被服室)と茶道和室です。

     その下は調理室と会議室、放送室。

     一階が保健室と用務員室。
  •  では右側はわかりますね。

     一階が職員室、事務室、校長室。

     二階が理科室。

     三階が普通教室。

     一番左は平成15年から家庭科室として使いました。

 実際に建つのは、このときの卒業生が巣立ってから数年後のことでしたが、当時の生徒の皆さんにとっては嬉しいことだったと思います。

 短い記事ですが、きょうはこれくらいで。

|

« 再掲「大倉山よりのぞむ開通したての新幹線」(「ありし日の母校」より | トップページ | 再掲記事:1978-1979年体育祭の教師仮装(ありし日の母校より) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 再掲:新校舎設計図 昭和42年の卒業アルバムより:

« 再掲「大倉山よりのぞむ開通したての新幹線」(「ありし日の母校」より | トップページ | 再掲記事:1978-1979年体育祭の教師仮装(ありし日の母校より) »