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2016年9月13日 (火)

本校初の「火文字」 &昭和50年集合写真(ありし日の母校より再掲)

本校伝統の学園祭「火文字」が始まったのは、今から33年前のことです。

きょうは「火文字」の歴史を簡単に振り返ってみます。

「火文字」第一号は、昭和50年(1975年)のことでした

当時の学園祭顧問は玉應(玉応)宏先生

080505_1975sotu_al_hajimete_no_himo080505_1975sotu_al_hajimete_no_hi_2 後年、玉応先生が常々言っておられたことは「火で文字を作る」というアイデアを出した当初は、「字になるわけがないと一蹴されたけど、やって良かったよ。こんなに伝統的に続くようになったものね」ということでした。

 実行委員の生徒と工夫をこらした成果です。第一回火文字は上の写真のように見事な出来栄えです。「東横」の文字がくっきりと浮かび上がっていますね。それからしばらくの間は、この「東横」を文字にしていました。

  • 二代目火文字担当教諭は進藤先生、そして私(重永)が受け継ぎ、最終ランナーは樋口先生。この間、私の代から最後までずっと装飾門担当の森先生がサポートしてくださいました。
  • 担当の生徒たちは、普通は「男手」と思われる仕事ながら、リーダーを中心にしっかり取り組みました。火文字をぶらさげる櫓(やぐら)作りのときには、お兄さんが現場監督だという生徒(濱口さん)が、兄を見習って櫓作りを自分で行うと言ってきたこともあります。
  • どの年度もみんな、学園祭を締めくくる役割だと意気に燃えて取り組んだだけに、フィナーレが成功のうちに終わったときは、満足感達成感で充実していました。

0805_himoji_naiyagara_first 2002_gakuensai_naiyagara   さて、話をもどします。進藤先生の代に、「東横」の文字から学園祭テーマを火文字にすることに変え、私が受け継いでから、1987年(昭和62年)、ナイヤガラ花火を加えるようになりました。

0805_1989himoji_utiagehanabi0805_1988himoji_utiage_hanabiその翌年、打ち上げ花火も始めました。

そして、火文字点火の方法も空中から火をはなってつける「飛炎点火」へと発展させました。この点火方法は準備が大変なことと火が空中にとどまることがあるのが難点でしたが、樋口先生が改良してから後は失敗もなくなりました。

 また、太鼓部演奏を皮ぎりにフィナーレを始めるというように、「火文字」は感動的な学園祭フィナーレを演出するものとして本校生の誇りとなっていきました。

080505_1975sotu_al_syuugosyasin←では、今日の最後は、火文字を始めた年の卒業アルバム(1976年3月)より、校庭での集合写真を掲載して終わりにします。

 坂東校長先生が右上に、山名教頭先生(後に校長)が左下に写っておいでです。ほかには古川知子先生、安西先生(?)、池内先生(?)、高橋先生(?)、技術管理員の市川徳次さんが写っています。?をつけた先生は私の赴任前に退職された先生ですので、推測ですが、たぶん間違いないと思います。

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