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2016年9月 3日 (土)

再掲「大倉山よりのぞむ開通したての新幹線」(「ありし日の母校」より

ありし日の母校vol.5 開通したばかりの新幹線

080501_1967sinkansen昭和42年(1967)3月の卒業アルバムから。

ちょっとぼやけた写真ですが、クリック拡大していただくと新幹線が走るのがよくわかります。本校から眺めた写真です。撮影されたのは昭和41年。

080501_1967sinkansen2 新幹線は昭和39年(1964)に開通していますので、 上の写真は開通二年目ということになります。私が本校に赴任したときも新横浜駅の前は開発途上でしたが、新幹線が開通したころは、新横浜駅の周りはまったく何もなかったそうです。

 また、二枚目の写真をみると、今のセブンイレブンの横が池だったことがわかります。クリック拡大してよくご覧ください。

 昭和40年代の卒業生にとって懐かしい風景というのみならず、新幹線の初期の写真としても貴重なものかもしれません。

 私が新幹線に初めて乗ったのは、昭和47年か48年。大学一年のときでした。上の写真からすれば5-6年後のことです。新幹線に乗れたこと自体、大感激でしたが、車窓から眺める富士山が在来線から見るのと違うように感じられたものでした。違うわけはないのですが、心というものの不思議さです。

 本校に就職してからのことですが、「本校から新幹線が見えるのならば、新幹線の中からも本校が見えるかもしれない」と考えながら新幹線に乗ったことがあります。そうしましたら、本当によく見えました。わが校舎に感激したことを覚えています。←このことは、ある時期、授業でしきりに話しましたので(脱線話ですね)、覚えている卒業生もいるでしょう。

             以上

※記事をあたらしく書く余裕がありませんので、再掲記事をのせていくことにしました。ご了承願います。

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