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2016年11月16日 (水)

•1971年の学園祭その2@72年卒アルバムより≪ありし日の母校≫

  • 平成21年(2009)4月17日 (金)の記事の再掲です。
  • camera1971年学園祭その2night

    昨日に続いての掲載です。ギター部、茶道部、手芸部、ワンダーフォーゲル部

    09nen_gakuensai_guiterbu_1972album

    ←ステージ発表ではなく、教室でギター演奏をしています。ギター部として体育館発表だけでは物足りないと考え、何時から何時までと時間を区切って、日に何度も演奏して来客を楽しませたものと思われます。

    それで、イベントの名称を≪ギタープラザ≫と銘打っているのですね。ギターの広場というわけです。 観客席の男子学生の詰襟、七三分けのヘアスタイルが凛々しい(りりしい)ですね。

    09nen_gakuensai_sadobu_1972album茶道部

    制服姿でお点前を披露していますね。

    私が本校に赴任してからは、茶道部は常に着物姿でした。いつから着物を着てお点前披露するようになったのでしょうか。私の赴任が1977年ですから、この1971年から5-6年の間であることは確かです。

    09nen_gakuensai_syugeibu_1972album

    手芸部。犬のぬいぐるみがいくつか並んでいます。

    そのほかにはカチューシャらしきものが見えます。カチューシャ・・・・・私はヘアバンドと呼ぶほうが・・・・・

    09nen_gakuensai_wonder_fogel_1972alワンダーフォーゲル部の展示。

    リュックの背負い方が書かれてありますね。写真の奥(教室入り口の方)には飯盒(はんごう)や鍋が展示されています。

    私の赴任したときにはもうワンゲル部はありませんでした。山口勤先生(後教頭先生)や玉応先生に伺った話では、1960年代から70年代前半まで10年間ほど活動していた部活だそうです。

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    2016年11月 4日 (金)

    1971年の学園祭その1@72年卒アルバムより(ありし日の母校)

    平成21年(2009)4月16日の記事の再掲です。

    camera1971年の学園祭その1sign05

    1971年は私が赴任する前も前の年で、私はまだ九州の片田舎で生活している頃のことです。その年の学園祭。

    今日、ご覧に入れるのは、(1)ディスカッション (2)演劇部 (3)ギター部と書道部 の写真です。09nen_gakuensai_descution_1972album

    ←写真の中、かろうじて読み取れますが、ディスカッションテーマに、「男女交際とは」、「恋愛とは・・・・・」の文字が並んでいます。私たちの青少年時代の雰囲気を表しているように思います。

    • 私の中学卒業文集の題名が「青春の鐘」でした。片田舎の中学文集なので、私は片腹痛い(宮崎弁では「しゃらくせ」と申します)タイトルだと思ったことを思い出しますが、時代は、「しゃらくせ」方へ流れていました。

    09nen_gakuensai_engeki_soutyuhu_197

    演劇部。「送虫譜」という演目です。「早春賦」をもじったものでしょうが、文字通り「虫を送る楽譜」という内容なのかどうか、衣裳をみると平安から中世にかけてのもののようです。平安貴族が、秋の虫の音を愛でた(めでた)というのはよく知られているところですが、それを踏まえた作品であれば、なかなかの水準だったろうことが偲ばれます。 09nen_gakuensai_guiter_syodobu_1972

    ギター部。70年代後半から「軽音部」ができて、ギター部に入部する生徒はいなくなりましたので、本校の歴史において貴重な存在の部活動です。当時、青少年をとらえ始めていたフォークソングのスタイルが反映しているように思います。

    そして、書道部。佐野教頭先生が赴任する直前の書道部だと思います。

    立派な文字ですね。いや、こういう書き方をするのは失礼で、立派であるのが当たり前ですね。≪佐野書道部≫につながる脈々とした伝統を感じさせるものです。

    この1971年文化祭の写真は後日に続きます。お楽しみに。

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