2008年9月 8日 (月)

≪帝京大学の文化祭≫&≪大倉山の月≫

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←先週土曜日の夕方、大倉山高校の横を通りました。

 体育館上空にかかる三日月です。右側のは3倍に拡大した写真です。

 鍵を持っていなかったため、学校には入れませんでしたし、もう暗くなっていましたが、写真を撮ってきました。暗い中にたたずむ校舎としばし語ってきました。写真は後日載せます。

  • 以下のお知らせは、既に、8月22日にお知らせしたことですが、再連絡です。時期が近づいたらまたご連絡しようと思います。(8月22日記事は削除してあります)

 梶原さんより帝京大学の文化祭の案内が寄せられました。

 大学の近くを多摩モノレールが走っていますが、モノレールを使うとかえって不便だそうです。電車とバス乗り継ぎ方法を後ろに書いておきますので、よろしくお願いします。

 梶原さんからのメッセージです。

文化祭で大倉山の先生達と会えるのを楽しみにしています(^∀^)

すでに、何名かの卒業生や先生が見学に行くと約束してくれているそうです。大勢で見学に行くようにしましょう。下に日時を書いておきますので、今から予定してください。

(後日追記:次をクリックしてください。帝京大学文化祭の模様を掲載した校長日記です。ぜひお読みください。→平成20年10月21日記事

また、他の大学の文化祭情報も、このように、校長日記で広くお知らせできますので、是非ご連絡ください。それぞれの大学祭がミニ同窓会の場になるのも楽しいと思います。

帝京大学の文化祭

日時:10月18日(土)~19日(日)

場所:帝京大学八王子キャンパス(多摩モノレール 大塚・帝京大学駅下車)

  電車とバスで行く方法↓

  • 京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」下車  京王バス:帝京大学構内行 終点下車
  •  
  • ●京王線「高幡不動駅」下車  京王バス:帝京大学構内行 終点下車
  •  
  • ●京王相模原線、小田急多摩線「多摩センター駅」下車  京王バス:帝京大学構内行 終点下車

    モノレールだと、大学までかなり歩くそうです。それで、電車とバスで行くのがお勧めだそうです。ただ「歩いても良いからモノレールに乗ってみたい」という人のために、モノレール路線図も載せておきます。↓
  • 多摩モノレール路線図(←クリック)

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2008年6月24日 (火)

川本和久研究室@福島大学<望月浩次様ご紹介>

sun6月26日~29日:日本陸上選手権 in 川崎市等々力競技場run

 今春卒業の望月奏美さんのお父上、望月浩次様よりメールをいただきました。

 望月御父君からはたびたびありがたいメールをいただいております。未見の方は次の校長日記をご覧ください。

 3月17日記事 5月19日記事

 今回いただいたメールは、福島大学川本教授のブログ紹介と日本陸上選手権のご案内です。

 望月様は校長日記掲載の主旨でメールをお送りくださったのではないのですが、向上心を沸き立たせてくれる内容です。

 走り幅跳びの池田久美子選手や400メートルハードルの久保倉里美選手の名前も出てきて興味深いです。それで掲載させていただくことに致しました。

以下、メール全文です。写真やリンクは私がつけました。

こんにちは。望月浩次です。(3Bの望月奏美の父です)

 校長先生(校長日記)の興味のあることに、「良質のブログを発見すること」(←クリック:重永注)とありましたので、一つ紹介したいと思います。

 「川本和久研究室」(←クリック:重永注)を検索してみてください。
ご存知かもしれませんが、この方は福島大学人間発達文化学類の教授です。そして、福島大学陸上競技部の監督でもあります。

 福島大学の陸上競技部は地方の国立大学ですが、すぐれた成績を残しております。

 今朝(6月21日)の朝日新聞のスポーツ欄にも関連記事(僕の先生、トップ選手)として載っておりましたが、日本記録を5つ持っているそうです。

 このブログの良いところは、更新がほぼ毎日更新されていて、日本のトップ選手の行動が手に取るようにわかるところです。

 その、日本のトップ選手が多くいるのが、ナチュリルという会社の陸上部です(←クリック:重永注)。

 ここの監督も川本教授です。ナチュリルには400メートルの日本記録を持っている丹野麻美がいます。ナチュリルのブログも選手の本音が聞けておもしろいです。

 大学で、ナチュリルの選手が一緒に練習しております。ナチュリルの選手はほとんどが福島大学のOBです。また、有名な選手は、走り幅跳びの池田久美子選手や400メートルハードルの久保倉里美選手もOGです。

 実は福島大学は私の母校です。ですから、あの陸上競技上をみると非常に懐かしいのです。

 当時の福島大学の陸上部は無名で、陸上部の活躍など知ることもありませんでした。

 今の福島大学は福島市郊外の金谷川校舎に移転しました。金谷川は福島駅から2つほど東京寄りにあります。国鉄の「松川事件」があったところの近くです。

 校舎は私が1年のときに教育学部が今の金谷川校舎に移転し、2年のときに経済学部が移転しました。(私は経済学部です)

 ですから、3年間通った校舎やグランドがこのような形で紹介されると昔の思いで出てきてうれしくなってきます。

川本教授が本を書いておられます。

 「2時間で足が速くなる」 

 「福島大学陸上部の「速い走り」が身につく本」です。

080624_book_asigahayakunaru_by_ka_2   「2時間で足が速くなる」はモデルが「丹野麻美」選手です。地面の反発をもらって走れば速くなるということらしいのですが、私にはうまく理解できませんでした。

 小学校4年生の子供に本をみながら、運動会のために教えたのですが、うまく伝わっていなかったようです。(徒競走で6人中4番でした)

この本の中で(192頁)こんな一文があります。

 「教員はいい仕事だぞ。がんばって指導していれば、教え子たちが戻ってくる。どこかに行っても必ず戻ってきてくれて、慕ってくれる。教員はすばらしい仕事なんだ」

 川本教授が先輩から言われたことばだそうですが、今の重永校長先生のような五島育英会の立場としても使えることだと思い紹介させていただきました。(釈迦に説法かもしれませんが)

080624_book_hayaihasiri_by_kawamoto  「福島大学陸上部の「速い走り」が身につく本」は陸上に限らず、野球やサッカーでも応用していくことが書かれておりました。野球やサッカーなど、足が速いことは大変有利で、そのための練習についてかかれておりました。

 体育の先生なら理解できるかも知れませんので、購入して役立ててほしいと思います。

 また、実践で教えている授業を開いております。
 福島県内を中心にやっているようですが、時々地方でもやっているようです。どういう基準でやっているか、定かではありませんが・・。

080624_0607sinsyu_soccur5_gole_yoro  五島育英会には、全国レベルの武蔵工業大学第二高校のサッカー部(←写真)があるようですのでスポーツも盛んだと思います。東横中高も含めてお願いすれば日本のトップアスリートが教えてくれるかもしれません。

 今年はオリンピックですので、教えている暇がないと思いますが、オフシーズンなら可能かもしれません。

080624_map_todorokikyogijo 来週、6月26日から29日まで、等々力競技場(川崎市)で日本陸上競技選手権があります。(←クリック:重永注)

 チーム川本の応援に行く予定です。オリンピックに行ける選手が出ることを 期待しております。

                        以上

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2008年5月19日 (月)

望月様(父君)撮影写真

camera望月浩次様(望月奏美さんのご父君)からのメールpencil

土曜日の記事に、今年度卒業生の小野純恵さんからコメントをいただいております。明日の記事で詳しく触れたいと思いますが、卒業生のお父上からも写真とともにメールをいただきました。望月奏美さんのお父様の望月浩次さんです。

望月さん、いつも、ありがとうございます。

大倉山高校に対する愛情が切々と伝わってくるメールです。用事の帰りにわざわざ大倉山駅で途中下車して、学校の様子をご覧になったとのこと、本当に嬉しくありがたく思います。

  •  でも、高い塀に囲まれた現状に涙を流された模様。(「泣いた」とは書いてありませんが、文面から心のなかが滂沱の涙であふれる様子が伺えます)。でも、商店街のソフトバンクの壁に「東横学園」の文字を発見され、すぐ心を切り替えられたご様子は、さすがにいろいろな経験をされてこられた熟練の成人でおられますね。

 卒業後、母校に遊びに行けず、本当に多くの卒業生が悲しみにくれていると思います。でも、どうか、それぞれの進路の場で頑張ってほしい。先生方に会いたくなったら、等々力の東横学園にぜひ足を運んでほしい。

  • また、6月1日の新横浜プリンスホテル(同窓会総会11時~)には、ほとんどの先生方が集まられると思います。、卒業生も多くの方が見えます。今からでも申し込んで大丈夫だと思います。会費は7千円かかりますが、お会いしましょう。私に申し込んでもらえば、会長さんと連絡をとります。

それでは、以下、メールをご紹介致します。写真も望月さんから送っていただいたものです。

お久しぶりです。
望月浩次です。(今年の卒業生、望月奏美の父です)

毎日、校長日記楽しみに読ませていただいております。
私の卒業式の手紙を校長日記に載せてもらって感謝しております。

    • 重永注:望月さんのお手紙は、3月17日校長日記(←クリック)に掲載してあります

0805_mochiduki_0420_164455 さて、4月20日に横浜に行く用事があったため、帰りに途中下車して
東横学園大倉山高校を見てきました。

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0805_mochiduki_0420_164537午後5時近くに行きました。

学校の周りは高い壁があり、

0805_mochiduki_0420_165520_2 警備員の方は不審者や盗難、破壊がないか見回りにきたそうです。

私も一回りしてきましたが、ガラス一枚われていませんでした。

0805_mochiduki_0420_165725 高い壁に囲まれた学校をみると

とても乙女の学校とは思えませんでした。

やはり少し悲しくなりました。

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0805_mochiduki_0420_165632しかし、時計が正常に動いていたことが安心しました。

駅から途中のソフトバンクの

窓ガラスにホワイト学割のコマーシャルがあり、

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0805_mochiduki_0420_170228 0805_mochiduki_0420_170307「ご入学おめでとうございます」という文字と学校名がありました。

その中に「東横学園高校」の文字もありました。
さすがに「大倉山高校」はありませんでしたが、少しうれしくもなりました。

その高い壁にできた扉から警備員の方がでてきました。

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2008年5月17日 (土)

魚谷先生の「ライポンF物語」

virgo魚谷先生よりメールをいただきましたmemo

0805raiiponf_ana_58 5月13日の校長日記(←クリック)に私の「≪ライポンF≫失敗談」を書きましたが、それについて、魚谷先生がメールをくださいました。

 メールを下に掲載しますが、「ライポンF」などを使って野菜を洗うことは寄生虫対策などにより、厚生省からも推奨されていたようです。

  • つまり、私がライポンFで野菜を洗ったことは、当時の感覚からは「間違っていなかった」わけですね。・・・今はあらゆる観点から「間違い」でしょうから、若い読者の方々、絶対にしないでくださいね。←蛇足?釈迦に説法ですね。

 小学生の私は「ライポンF」で洗ったあと、それをしっかり落とさなかったので、野菜に洗剤くささが残ってしまったのだと思います。

 母に怒られたのは「ライポンFをしっかり落としなさい」という理由だったところを、怒られた印象が強いあまり、「ライポンFで洗ったことを怒られた」と思い込んでしまったのかも知れません。

  •  人の記憶のおもしろいところです。というか、記憶だけで物事を語ることの危険な点です。いずれにしても、私が食べられない味噌汁を作った「失敗」は消えないのですが・・・・・。

 それでは魚谷先生のメールをお読みください。文中イギリスの話が出てきますが、魚谷先生は大学ではシェイクスピアに関心をもって勉強されたといいます。またイギリスには、一回一回は短期ということではありますが、5回も渡られています。

私も50年前、ライポンFで野菜を洗っていました。
ただもう一度すすぎましたけれど。。。

そのころはまだ、化学肥料ではありませんでしたので、
回虫対策もあったのではないでしょうか。
それに  ・・・ とここまで書いてほんとかな?と
思い、WEB検索をしましたらありました。

http://www.maboroshi-ch.com/sun/ana_11.htm

話は変わりますが、イギリスでは食器洗い用の
洗剤をボールに溶かし、泡を立てて、その中に熱めのお湯
(43度くらい)をいれて洗います。そしてすすがずに
そのまま拭きます。

私がすすがなくていいの?
と尋ねても、すすがないのよとホストマザーに
いわれました。生来の気の小ささがわざわいして(?)
どうして?毒よとはいえませんでした。

娘のホストマザーもすすがなかったといいます。
お二人とも70歳くらいでした。

お料理は味が濃いせいか洗剤の味は
しませんでしたが、いただく前には《ま、
死ぬことはないから》といいきかせました。

イギリスの今の若い方はどうかわかりません。
所詮、人間のすることなんて、・あちらを立てれば、
こちらがたたず・ なのかもしれませんね。

私の『ライポンF』物語です。

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2008年5月14日 (水)

梶原さん撮影vol.;3≪小春日の校庭≫

  0805_kajiwara_satuei_koutei_025 0805_kajiwara_satuei_kousya_022在学中、梶原さんが撮影した正門・校庭・体育館です。

桐の木と山桜が葉を落としています。冬の一日なのですが、小春日でしょう、写真から柔らかな陽光を感じ取れます。

 梶原さんもベランダから校庭をながめて(日向ぼっこをしていたのかも?)、思わず、校庭や体育館の屋根にさしかかる陽(ひ)の明るさに、思わずカメラを向けたのだと思います。

 もう5月半ばになりましたので、最後の卒業式から2ヵ月半が経ちました。

 こうして、小春日よりのあたたかな校庭の風景を眺めていると、大倉山での私たちの日々がいかに充実していたかを思い出すことができますね。

 今、こうして振り返ることができるということは、皆さんと過ごした「大倉山の日々」はどの高校よりも宝物であったと思われるのです。

 いま、「大倉山の五十年」の最後の編集にかかっています(やっと9合目を越えました)。もうすぐ完成ですが、どの学校の記念誌よりも草創期からの写真を満載した記念誌になると思います。

 それらの五十年間にわたる写真の数々も、やがて、この「校長日記」で、いつでも手軽に見ることができるようにしていきたいと思っています。私たちの「宝物」の日々を、皆さんがご家族、知人、友人に自信をもって紹介できるように。

 楽しみにお待ちください。

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2008年5月 7日 (水)

ありし日の母校by49期梶原さんvol.2

0805_kajiwara_satuei_yubae_0200805_070918kajiwara_satuei_yakei039 梶原さんが送ってくれた「ありし日の母校」。vol.8

  • 梶原さんは私の日本史と小論文講座を受講した一人です。
  • 在学中から沖縄修学旅行の写真などを提供してくれました。大学に進学してからも、いろいろと写真を送って欲しいとお願いしていたのですが、ご愛読いただいている方はよくご存知のとおり、4月以後、たびたび送ってくれています。
  • ※皆さんもどしどし写真(ではなくメールだけで良いです)を送ってください。

 さて、上の写真:茜色に染まる夕映え(ゆうばえ)の校舎です・・・そして、だんだんと暗くなってくるにつれ浮かび上がってくる新横浜の夜景。

  •  新横浜の夜景はとても透明な仕上がりになっていますね。私も何度も夜景を撮ってきましたが、梶原さんのほうが澄んだ空気に感じられます。
  •  夕映えの校舎のほうも。私も何枚かおさめてきました。先日もアップいたしましたが、私のはテラスから。梶原さんのこれは、体育館通路からです。だから、校舎の全体像がよく分かります。夕映えの大倉山高校は本当に荘厳です。西日は極楽浄土から届く光。それに照らされた校舎全景。目に永遠に焼き付けておきたい一枚です。梶原さん、ありがとう。

080507_byoudouin_hououdo_yubaek4550 080507_byoudouin_hououdou_amidabutu ところで、「夕映え」といえば京都宇治の平等院鳳凰堂

平安時代、11世紀半ば、藤原頼通(ふじわらのよりみち)が「人々を地獄の苦しみから救うために、この世に極楽浄土を再現しよう」と考えて作った庭園邸宅です。

 西方の極楽浄土からやってくる西日が平等院鳳凰堂を照らすとき、池の水面から照りかえった日が堂内の阿弥陀仏様を輝かして美しさ限りないといわれます。

 大倉山高校を並べるのは失礼かと思いますが、私どもの大倉山への思いに免じて仏様には許していただきましょう。

  • 平等院鳳凰堂の写真は次のサイトからお借りしました。
  • 世界遺産平等院 (←クリック)

カンボジアツアーへの申し込み受付中です。ぜひ大勢の方のご参加をお待ちしております。

 

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2008年4月15日 (火)

卒業生武田さんからのメールと写真

本校卒業生武田典子さん(元水泳部)からのメールです。最後の卒業式に参列した折りの写真とともに送ってくださいました。

080414_0302sotugyosiki_sigenaga_san080414_080302kiritorareru_maeni_by_080414_080302kiritorareru_maeni_b_2 先月は大倉山高校最後の卒業式に参加させていただき、とても感動をいただきました。どうもありがとうございました。
校歌は涙で歌えませんでした。(まだまだ式がはじまったばかりなのに、ひとりでメソメソしてました。)
卒業証書授与のときは、卒業生ひとりひとりに拍手を送りました。

080414_0302sotugyosiki_sakamoro_tut080414_0302sotugyosiki_sindo_by_tak080414_080302tutiyasensei_sore_wa_p      卒業式の写真を何枚か添付します。
大変お手数ですが、それぞれの先生方に転送していただけますか?
はじめて差し上げるメールで大胆なお願いで恐縮です。

080414_0302sotugyosiki_sano_by_take 佐野教頭には、書道の選択授業で大変お世話になりました。
大倉山高校第1回のホームステイの引率が進藤先生でした。
1年生の担任が土屋先生でした。

校長日記、たまにですが拝見させていただいています。
山桜、キレイに咲いたのですね。写真で見れて嬉しいです。
在学中はなんとも思っていなかったのが悔やまれます。

080414_080302koumon_made_no_sakamit 佐野教頭との写真は、佐野教頭のご子息に撮っていただいたんです。
(息子さんとわからずにかっこいい男の人に頼んだら、佐野教頭が、「息子」と言っておられました。今思えば、息子さんも交えて3人で撮れば良かったなーと。後の祭りです。)

それから、わたしは自分自身で33期と思っているのですが、本当に合ってるかな...梅宮アンナさんと同期です。卒業式が3月3日だったので、3並びでとても感慨深く思っていました。(重永注:武田さんと梅宮さんたちは確かに33期生です。1992年3月卒業)

080414_0802kousya_by_takeda_noriko2月に大倉山梅園に行ったときに、坂の途中から大倉山高校が見えました。
めいっぱいズームにしたのですが、わたしのデジカメではこれが限界でした。

武田さん、お便りありがとうございました。

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2008年4月 8日 (火)

卒業生写メール(つづき)&祝復活!!≪気まぐれ会長日記≫

※ ↑ カンボジアツアー募集のお知らせをトップ記事に掲載しております。皆さんのご参加をお願いします。

virgo気まぐれ会長日記tulip

(重永注:齋藤美紀さんが「気まぐれ会長日記」を復活させてくれました。ありがたく思います。新年度も今のところ校長日記の毎日更新を続けていますが、このような応援があると私も励みになります。ありがとうございます。)

お元気ですか?
ほとんどの人が入学式等を終えている頃だと思います。

さて、今日は何の日でしょう?
今日は私たちが高校に入学した日なんですよ。
その日に合わせて復活させてみました!

さて、私の近況報告をしようとおもいます。
高校の卒業式の翌日、
「寝坊した!どうしよう…。今日は中村先生の英語の授業なのに!単語テストもある…。もう最悪だ
ぁ(T_T)」
と思ったら、もう授業も学校もない…。なんでこうなってしまったのか自分でもよく分かりません(
笑)

大学では、入学式やガイダンスを終え、時間割を組んでいます。
春学期にとれる単位の上限があるのに、興味のある授業が多過ぎて選ぶのが大変でした…
そして、相変わらず大倉山シックです。友達はできましたが、やっぱり寂しいです。
寂しさを紛らわすために、早く授業が始まらないかなぁと思っています。
皆さんの学校ではどうですか?

※高校時代と同じ様にこれからも『きまぐれ』です。
元生徒会長ですが、きまぐれ『会長』日記です(笑)

happy01卒業生の写メpencil

 私のお願いに応じて送ってもらった大学入学式の写真です。

080408_0404kajiwara_nyugakusiki_005 まず梶原さんから送ってもらった帝京大学入学式の写真のつづきです。

 式場となった武道館正面入り口の写真です。

080408_0404kajiwara_nyuugakusiki_01080408_0404kajiwara_nyuugakusiki018080408_0404kajiwara_nyuugakusiki022080408_0404kajiwara_nyuugakusiki015080408_0404kajiwara_nyugakusiki016左から順に、1)千鳥が淵の桜 2)清水門の近くの枝垂れ桜、 3)靖国神社の大鳥居(大鳥居の中に見える手前の建物は東京理科大学)、 4)ボケの花、 5)吉田茂元首相の銅像です。

080408_saitomiki_nyuugakusiki0402_1 ←これは相模女子大学の桜。本校からは6名が入学しました。大変立派な桜ですね。きょう「気まぐれ会長日記」を送ってくれた齋藤さん撮影です。メモもついていますので、掲載します(↓)。

  • 4月2日に私が進学した相模女子大で入学式がありました。
    大学には沢山の大きな桜があります。
    それから、この大学にも有名な桜があります。
    百年桜といって地面につくぐらい枝が長く、とってもキレイです。(画像は百年桜)
  • でも、大倉山の山桜の方が私は好きです。
  • 今はどこへ行っても桜が咲いていますが、桜を見ると泣きそうになります。
    今年から春の季節を迎えるのが辛くなりそうです。

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2008年4月 4日 (金)

今春卒業生の入学式&今日(4月4日)の山桜

ribbon帝京大学入学式present

080404kajiwara_nyuugakusiki0142 今春卒の梶原さん、帝京大学の入学式でした。おめでとうございます。

  • 梶原さんが私に、「統合のあとは、どんな校長日記になるのですか?」とたずねてくれたものですから、「ぜひ大学の様子を知らせてください。そうすれば校長日記のいろどりが良くなるから」と《特派員》をお願いしたのでした。それで、式場を写メで送ってくれました。武道館ですね。
  • ほかにも送ってくれるということですので、後日たくさん掲載致します。
  • 皆さんも梶原さんのようにご連絡ください。進路先の様子でもなんでも結構です。これからの校長日記を皆さんの力で豊かにしてほしいと思います。

cherryblossomきょう4月4日の名木「山桜」cherryblossom

080404yamazakura本日、所用で30分だけ大倉山高校に入ってきました。(※ふだんは施錠機械管理ですので入れません)。

名木山桜が見事に咲き誇っていました。木の上部は花だけで真っ白でした。

080404sidaresakura事務室脇の枝垂桜も一分咲きぐらいに開いてきていました。

  • 3月31日の山桜を見るために夕方(4時49分)、前生徒会長の齋藤美紀さんが来校したと連絡が入りました。そのときは教職員も全員下校していましたので会えませんでした。
  • すでに門には施錠されていましたので、中に入れなかったということですが、職員室には明かりが灯っていて嬉しかったそうです。きっと、機械警備を整備される管理会社の方がいたのでしょう。
  • 以下、齋藤さんのメール。
  • 「今学校のそばにきています。お世話になった校舎にさよならを言いに来ました。遠くからしか見れませんが、咲いている姿を見ることができて良かったです」
  • 080404_saitou_miki_yamazakura0331_1 そのとき、齋藤さんが写メで撮った山桜の写真を添付してくれました。「不審者と間違われないか心配しながら」の撮影だったそうですが、携帯カメラを向けながら、涙がでてきてならなかったそうです
  • そういう話を聞くと、この写メの写真をみるだけで私も泣けてきます。齋藤さん、ありがとう。このときは、まだ二分咲きぐらいですね。

※3月31日の山桜、私も撮影しましたので、明日掲載致します。また明日は、先生方のお別れ昼食会(学校へのお別れ会、お互いのお別れ会)を致しました。その写真も明日掲載します。

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2008年3月17日 (月)

3月2日卒業式に寄せて(3B望月奏美さんのお父上望月浩次様からのお手紙)

≪大変ありがたいお便り≫

080302sotugyousiki20080302 感動のうちに終えることができた本校最後の卒業式にあるお父様からとてもありがたいお手紙を頂戴しました。

080302sotugyousiki20080302_3私どもだけのものにするのはもったいないと思い、掲載のお許しを得ました。

080302sotugyousiki20080302_2 卒業式の写真とあわせて掲載します。※写真は すみれ写真工房の高橋社長にご提供いただきました。

080302sotugyousiki20080302_1卒業式の雰囲気もわかると思いますので、皆様、ぜひ全文をお読みください。

お便りをくださったのは3-B望月奏美さんのお父上です。望月さん、ありがとうございました。

080302sotugyousiki20080302_5080302sotugyousiki20080302_4 感動の卒業式でした。お疲れ様でした。

   こん なに感動した卒業式はありません。

080302sotugyousiki20080302_7 感謝と御礼をこめて、また、娘の卒業アルバムに私のことも気にかけてくださったことのお礼も含めて、手紙という形で挨拶させていただきます。

080302sotugyousiki20080302_6   卒業式は途中から父兄のすすり泣く涙であふれてました。私自身も涙をこらえるのが精一杯でした。
 教職員の皆様方にとっては、統合が決まってからこの日がくるのが全てだったと思います。

080302sotugyousiki20080302_10  娘がこの学校にお世話になろうと思ったのは、彼女が中学三年の時の学校訪問からです。当時の生徒会長が、とても立派なあいさつと話ができると、女房が絶賛していたからです。私も何回かこの学校におじゃましたときに、生徒達にあいさつしていただき、毎回感激しておりました。

  •  (重永注:当時の生徒会長は高橋牧子さんといいます。中学校長から折り紙付きで推薦されて入学してきた生徒です)

080302sotugyousiki20080302_8 学校の統廃合の話を聞いたときは大変びっくりしました。
 しかし、私が知ったときは「決まったこと」ということだったので、それならば、前向きに学校側が考えていただけるのならば良いと思いました。

 080302sotugyousiki20080302_9その結果、なかなか手に入らない劇団四季のミュージカルや宝塚歌劇などを見せてもらい大変幸せだったと思います。
 (我が家もキャッツを全員でみました)←娘がすすめてくれたので。

 また、先輩たちの来校も多かったのではないでしょうか。
080302sotugyousiki20080302_11 (娘の美術部はそのようだったようです。)
 そしてなにより、生徒と教職員が全員顔見知りである。
ということは大変な強みではないでしょうか。

080302sotugyousiki20080302_14 その結果が答辞を読んだ生徒会長との壇上での会話です。卒業式という公の場で(ほとんどが台本通り進む)あれだけ話ができるのは常日頃からコミュニケーションがとれていたからではないでしょうか。

  • 080302sotugyousiki20080302_15(重永注:「壇上での会話」というのは、生徒会長の齋藤美紀さんが答辞を読み終えたあと、壇上に答辞を持ってきてくれ、私が受け取ったときのことです。
  •  齋藤さんが「先生が校長先生で、佐野先生が教頭で良かったと本当に思います。この学校の卒業生であることを誇りに思います」と言ってくれたのです。
  •  校長が泣くと式典が崩れますので、私は卒業式では泣かずに卒業生を立派に送り出してやろうと思っていました。式辞も練習のとき二箇所でこみあげるものがあり、これはまいったなと思いましたが、本番では崩れることなく務めることができました。
  •  しかし、齋藤さんから思いもかけない言葉をいただいて、張り詰めていた気持ちが一気にはじけてしまいました。胸からこみあげてくるものがあり、すぐには言葉が出ませんでした。
  •  それで齋藤さんが壇上から降りようとするので、お礼を言わないまま壇上から降ろすのは失礼だと思って、やっとの思いで「ちょっと待って」という言葉をかけました。
  • 080302sotugyousiki20080302_16齋藤さんは振り向いてくれましたが、私は言葉にならず、ただただ涙がこみあげてくるだけでした。どのくらいたったのか覚えていませんが、「ありがとう。私こそあなたがたの校長になれて幸せでした」というようなことをやっと言えたように思います。あのときを思い出すと今でも胸がじーんとします。齋藤さん、ありがとう。

 生徒会長は校長先生が「珠玉の72人」とおっしゃってくれたことをすごく感激していたのが印象的でした。

 私からみれば、教職員の皆様は「黄金のスタッフ」です。
 最後まで手を抜かずに全力で送り出していただいたと思っております。

 校長先生がおっしゃっていた季節はずれの「山桜の花」はその象徴だと思います。

080302sotugyousiki20080302_12 その中でも、古川明美先生は「大倉山の真珠」ではないでしょうか。いいえ、もっと大きな輝きがあるかもしれません。背筋が伸びた姿勢、優しさと厳しさをうまく表現できる先生だったと思っております。

 こんなことがありました。修学旅行の娘を空港まで迎えに行ったときのことです。空港のゲートから一番最初に出てきたのが古川先生です。荷物は全て送ったということで手荷物のみでした。全員を見送るようにと思ってしたことだとは思いますが、いろんな事を考えている人だと思いました。この人は只者ではないと感じました。流行の「女性の品格」そのものです。

080302sotugyousiki20080302_13 卒業式に話は戻りますが、古川先生の送辞は感激でした。この時が感動と涙のピークです。古川先生が、この学校の卒業生とは聞いていましたが、公立高校に不合格になったことからお話しになり、「この学校を卒業して良かった」と思えるようにしてあげたいと言っていたことが、今でも頭の片隅に残っております。

080302sotugyousiki20080302_17  卒業式当日、娘が卒業パーティから帰ってきました。「家に帰ってくるのが辛かった」と言ってました。「いつまでも友人や先生たちと一緒にいたかった」そうです。この一言を聞いて、娘をこの学校に行かせてよかったと思いました。

080302sotugyousiki20080302_18  さて、最後にはなりますが、美術部の渡辺先生には会えませんでしたが、お体が悪いのでしょうか。娘が美術短大に進学できるのも渡辺先生の指導のおかげです。

080302sotugyousiki20080302_19  また船戸先生には三年間も担任としてお世話になりました。娘は目立ったところや特徴も少ないので、成績表のコメント欄の記載も大変だったと思います。

 重永校長先生におかれましては、ご健康にお気をつけください。「校長日記」も楽しみにしております。

080302sotugyousiki20080302_20  それにしても、卒業式というのは、終わった後に生徒と振り替えれない唯一の行事ですね。

 校舎も生徒もいなくなり、引越し等ますます忙しくなると思いますが、お体にお気をつけください。健康第一です。

 追伸:娘の靴磨きも終りました。さみしいやら嬉しいやら複雑な気分です。

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