2013年7月31日 (水)

(連載小説)  火文字(13)

小説火文字の連載をまことに怠っておりました。半年ちかくも放ったらかしで申し訳なく存じます。 一度書きあげて研修誌に発表したものなので簡単な加筆修正でことたりると思っていたのが間違いでした。いま発表するにはちょっと手を加えなければならないところが多く、きょうまでになってしまいました。今後も間隔があくかもしれませんが、ご理解願います。

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 今回から初めてお読みになる方はぜひ(1)から
 お読みいただければと存じます。

写真は、平成20年(2008)3月撮影のものです。華道部の皆さんが生けてくれたものを、校内の各所に飾ってくれた華道作品です。

今日の小説の内容に華道作品が出てきますので、掲載しました。

4枚目と5枚目は玄関に飾られたものですが、脚本家小山内三江子先生寄贈の織物も額に入れて飾ってあります。

 ※写真はクリックしてご覧ください。

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(十三)

 こんな時間だが電車の中に女子高生らしいのがいる。自分の学校の生徒でないのが救いだったが、ルーズソックスにミニスカート、背中にはよれよれのビニル袋、やれやれだ。

 女子高生を見かけたことで、和夫の脳裏に先日の火文字片付けの際の事故が蘇った。鉄パイプに打たれた久保洋子は、保健室の沢田先生の診立てで、脇腹の腎臓部位を打っているようだと言われた。念のため病院へと言われて、近くのM病院で診断を受けた。幸い久保洋子の怪我は単なる打ち身ですんだ。もし腎臓などが傷ついていたら何年も治癒しないだろう。和夫は教育力量のなさを嘆くどころじゃなく、停職、いや辞表を出せと言われても文句の言えないところだった。

 火文字鉄骨やぐらを解体する現場を離れた教師和夫の過失はそれほど重大であった。久保洋子が単なる打ち身ですんだことは不幸中の幸いであったのだ。洋子の治療費は「学校安全会」から支払われたが、安全会からの支給があるまでの全額を和夫は立て替えた。

 事故から一月ほどたった頃、和夫は久保洋子がマニキュアしているのを見つけて叱責した。

 自分の不注意で大事にいたらせることがあった生徒であっても、校則違反をしていたら指導するのが当たり前だ。若いころの和夫なら、世代共有感覚が災いして、叱責におよばず、軽く話して終わっていたことだろう。自分の不注意で傷つけたことから気おくれはあったが、俺も少しは教員らしくなったかなと和夫は思った。注意を受けた洋子が、ごめんなさい、すぐにとりますとしおらしかったのが気おくれしていた和夫の心をほぐしていた。

 あやまって廊下を去っていく洋子の向こうに、「やっぱり注意されたのじゃないの」と言っている同級生の姿がみえた。その横には華道部が生けた花が飾られていた。

            (14)につづく

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2013年3月 9日 (土)

(連載小説)  火文字(12)

小説「火文字」を一ヶ月半も掲載しないままでした。以前に書いたものを写すだけなので、毎日でもアップできると思っていましたが、公私にわたって用が立て込むとなかなか思うようにいかないものです。お詫びいたします。

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次の写真は小説本文とは関係ありませんが、できるだけ今日の内容に合わせて、大倉山商店街と大倉山駅の写真を掲載いたします。平成18年(2006)12月4日の写真です。晩秋から初冬の街の装いが感じられます。

※写真はクリックして拡大画像でご覧ください。

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それでは、以下、小説火文字の(12)をお読みください。

   (十二)

 時計をみると、もう九時が近づいていた。明日の仕事に障る時間でもないが、今夜は日高とこれ以上話しても埒があかないだろう。

「もう帰ろうか。」

 和夫は日高に声をかけた。

「そうですね。」

切り上げ時を待っていたのだろう、日高はすなおに同意した。

「勘定してきます。」

日高がよろよろと立ち上がった。足取りは確かなようだ。

日高は今夜の会話を明日どれだけ覚えているだろうか。

 教師が若いときは、生徒と同世代の共有感覚だけで指導できることもある。でも教師が三十代になれば、生徒はいやおうなく教師に異世代を感じる。中年になった世代の教師が生徒と同世代を演じれば、生徒は嫌悪感を示し、そんな教師から逃げるように遠ざかっていく。

 和夫は中年教師になってから、世代の差を堂々と示す方が、生徒の安定をひきだせることに気がついた。校則違反をした君代に、いま必要なのは、俺が親世代として壁になり、普段はまじめに見えた君代にも「甘さ」があったことに気がつかせ、それを克服することの大事さを説いてやることだと思っている。

 いつのまにか赤ちょうちんの揺れがおさまっている。ああ、そうか、誰かが停めてやらなくても時間がたてばひとりで停まることもできるんだな。当たり前のことに和夫は気がついた。でも、君代にはそんな時間の余裕はないと思いなおした。

日高が、勘定書きを持って戻ってきた。少し多く和夫が持つことにして、外に出ると、秋の冷気が顔にしみた。揺れを停めた赤提灯が客を待っている。和夫と日高と入れ替わりに、二次会とおぼしき客がぞろぞろと入っていった。

日高とは住まいが別方向だから駅で別れた。時計を見るとまだ9時を少しまわったところだ。和夫は自宅近くの縄暖練で独酒だと決めて電車に乗った。

                  (13) につづく

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2013年1月28日 (月)

(連載小説)  火文字(11)

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次の写真は小説本文とは関係ありません。 平成20年(2008)2月4日の雪景色です。学校に上る坂道には人工芝を敷いて滑り止めにしました。 ほかは生徒がつくったピノキオの雪だるまや雪合戦に興じる生徒の皆さん。 このところ雪続きなので学校の雪景色を掲載しました。

写真はクリックして拡大画像でご覧ください。

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         十一

君代のことをあれこれ思いめぐらしている和夫に日高がたたみかけた。

「君代がさびしさや大きな悲しみをかかえていたら、担任が寄り添ってあげることこそが、この問題の解決策じゃないんですか。停学にしたら、君代は何も話さなくなるよ、そうなったらおしまいだよ。いいかげん分かったらどうなのよ。」

いらだちをぶつけるように日高が吐きだした。元の乱暴な言葉づかいになっている。

「そう性急に決めつけるなよ。生徒は停学になっても、話すべき時には自分の人生を話してくるものだ。」

「いや、浜崎先生に君代が人生を語ることはありえない。」

「馬鹿野郎」

和夫が少し大きい声で答えたので、日高の肩がびくりとした。隣の席で呑んでいる人もこっちを振り向いた。しかし和夫の目が笑っているのを認めて、また自分たちの一献の世界にもどった。

和夫は隣に聞こえないように小声で話を継いだ。

「これまでも、処分をした生徒が深刻な話を俺に語ったことは何度もある。それは人生そのものだったよ。生徒の話を聞いていて、やりばのない悲嘆を覚えたこともあるし、涙を流す生徒をみていると、いつもほろりとこみあげてくるものだ。」

「・・・・・・・・・ 」

こんどは日高が黙った。黙って手酌で呑んでいる。

手酌する若い日高にいっぱしの大人気どりをみながら、和夫は別のことを思い出していた。

夕方、くつろいでいる和夫の自宅に、こどもが帰宅してこないという連絡が親から入ったことがある。すぐに、クラスの生徒たちと連絡をとり、自分も心当たりのあるところを夜中かけずりまわった。亜紀という生徒だったが親とのいさかいが理由で家出したのだった。大人がささいに思って口にしたことが思春期後半の心には大きな渦を巻き起こしていた。   しかし、どんな渦巻きであろうとも、家出は、親への反抗手段としてお粗末だ。お粗末なくせに、どんな重大事件にいたるやもしれぬ、それが家出というものだ。そういうことを教えなければならぬ。家出をやめて学校に登校してきた亜紀に教えているうちに、亜紀が、「先生にも私の心は分からないんだ」と言ってさめざめと泣き始めた。

日高と話しながら、そのときのことを和夫は思い出していた。まことに俺は力量のない教師だったなと、我が身の不甲斐なさも思い出され、心がくもった。

だが、今回の君代は必ず理解してくれるだろう。和夫にはなぜか確信があった。

                          以上         

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2013年1月16日 (水)

(連載小説) 火文字(10)

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写真は小説と直接関係ありませんが文中に「コスモス」が出てきますので、7年前の秋の校庭に咲いた花々をアップしてみました。大倉山高校は用務員さんや管理員さん、ときに先生方の手で丁寧に植栽され、四季をいろどってもらいました。

1枚目から4枚目は正門の黄花コスモスとマリーゴールド、5枚目は裏門の向日葵(ひまわり)、6枚目から8枚目は柘榴(ざくろ)の実、9枚目が校庭土手下のカンナ、10枚目がテラス下の金木犀です。

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  •      (十)

日高は器量が大きいのに、酔いが回ると、人格が支離滅裂になる。だから相手をひどく傷つけることもある。でも翌日に跡を引かない。そういう酒飲みだから、日高がどんなにひどい口のきき方をしても、聞いている和夫の気持ちは穏やかだ。

その日高が酔ってひどい口調で話を続けている。

「浜崎先生は生徒を馬鹿にしてるんだよ。彼女たちは高校生徒はいえ十数年という人生を背負って生きているんだよ。分かってんのかよ。」

 年長者にむかって、分かってんのかよとは許されない言い草だが、和夫は注意しないで続きを聞いた。

「十数年って生半可な数字じゃないんだよ。彼女たちが生まれてから十数年の間に数えきれない喜怒哀楽がつまっているんだ。それを無視するなんてことは生徒を馬鹿にしているからできることだよ。」

無礼講を超えた日高の口調ではあるが、和夫は、おやと思って聞いた。いま日高が語っていることは和夫が若いころ考えていたことそのままではないか。

でも和夫は口をはさまなかった。和夫の目がテーブルの上に生けられているコスモスにとまった。(コスモスか、いまごろ、生駒高原に咲き乱れているだろうな)と自分の郷里の宮崎県の名勝に思いをはせた。そんな和夫の瞬時の胸中を知ることもなく日高はつづけていた。

「その喜怒哀楽を包み隠さず生徒が話せるようにすることが教育には大切だと思わないのかよ。君代が今回、校則違反をしたのには、よっぽどのことがあるにちがいない。それは君代の人生なんだよ。停学で君代をおさえこんでしまったら、君代は絶対に自分の人生を打ち明けないよ。君代が火文字でどんだけ活躍したか知っているくせによ。」

ぞんざいな口調はともかく、和夫は日高の「生徒をみる眼差し」に感心していた。目の前のコスモスの可憐さが君代に二重写しになった気がした。

日高に感心しながら、和夫は君代のことに思いをはせつづけた。君代はどうしてあんな校則違反をしたんだろう。ふだんの君代をみるかぎり信じられないことだ。魔がさしたというだけではあんなことは引き起こさない。   ふだんからものしずかにしていて、友達がふざけあっているときも君代は口許に笑みをうかべるだけで、ふざけあいの輪に加わろうとはしなかった。      かといって、それを友達にからかわれるわけでもなく、交友関係はうまくはこんでいた。ただ、面談のときなど、ときどき目の奥にさびしそうな色をうかべることがあって、気にかかることはあった。     そういえば、学校でいちばん好きなところを「体育館からみえる校舎の夕映え」と言っていたことがあったなと思いだしていた。

 ↓ 夕映えの校舎

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                  ( 11 につづく )

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2013年1月 7日 (月)

(連載小説) 火文字(9)

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      今回から初めてお読みになる方はぜひ(1)から
      お読みいただければと存じます。

写真は小説と直接関係ありません。6年前の雪景色をアップしてみました。大倉山高校の雪景色は得も言われぬ風情がありました。

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  (九)

 あした、君代はきっと自分から、校則違反をしてしまったことについて、あれこれと話してくるだろうが、それでも和夫は処分は避けられないと思っていた。君代のことだから、そのことも素直に受け入れると思っていた。

 焼き鳥のにおいが充満しているなかで、和夫は赤ちょうちんの話をつづけた。
「赤ちょうちんが自分で揺れを停められなければ、それを止めるには、誰かが提灯に触れてやるしかないんだよ。」

 日高が、ふっと溜息をついて口をはさんだ。

「何を言いだすかと思ったら禅間答ですか。意味不明なことを言わんでください。中年男の禅問答は犬も食わねえや。禅問答なんかで処分される君代がかわいそうだ。馬鹿にすんなよ。」

日高がかなりきつい言い方をした。しかし、和夫は嫌な気持ちがしない。それは普段の日高を知っているからだ。  日高は発言力がある教員だが、自分の意見を主張するとき、その刃を自分にも向けている響きがある。  相手に意見する内容を自分にも言い聞かせているように語るわけだ。  日高はいつもそういう話し方をする。それが人望になっている。

日高とは逆に、人と話をする時、自分を棚に上げる人がいる。  そんな人には辟易するものだ。  「俺様には非がない」だとか、「あんたは気がついていないようだ。俺が教えてやるよ」とか、「わかりきったことなんだが、あなたはまだわかっていないようだな」という匂いをふんぷんと撒きちらして話す人だ。  そんな人に出くわすと和夫はきまって「蟹(かに)は甲羅に似せて穴を掘る」という諺を思い出す。

「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」・・・蟹は身をかくすとき穴を掘る。その穴は自分の甲羅よりは大きくできない。それと同じで人間も自分の器の大きさ以上の行動や話はできない。それを「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」というのである。

和夫は、これを読み替えて「人間の想像力というものは、人としての器が大きければ大きな想像力、器が小さければちっちゃな想像力になる」というように理解している。   特に人を批判したりあげつらったりする時は、少し間をおいて、相手の深い事情を想像できるようでありたい。それができない自分は器量がせまいのだと戒めている。

日高二郎は若いのに大きな甲羅を持っている。

和夫も常々おおきな甲羅を背負いたいと思って行動してきたし、生徒に対する時には特にそうでありたいと思ってきた。

だから、君代の校則違反についても、日高に言われるまでもなく、あれこれ想像をめぐらし続けている。   それでも処分はせにゃならんだろうなと心に決めているのだが、君代に寄り添う教師としての原点は失わないつもりだ。

          ( 10 につづく)

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2012年12月20日 (木)

(連載小説)  火文字(8)

左欄カテゴリー「小説火文字」をクリックすれば前回まで全部を読むことができます。

    ※連載(5)からしばらく、完全なフィクションが続きます。
     私の体験が元になっているところはありますが、
     登場する教師、生徒は、私の創作による架空の人物です。
     初稿は平成10年(1998)12月。今回大幅に書き換えています。

次の写真は平成15年度(2003)入学式と当日風景です。爛漫の山桜に祝福されています。本日の小説内容と直接の関係はありません。

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      (八)

 切干大根を口に含みながら日高がつづけた。

「生徒が本当に反省したと言えるのは、生徒自ら真実を話しだしたときだ。だから、生徒が真実を話すように指導しなければならない。僕にそう教えてくれたのは浜崎先生じゃないですか。」

「‐‐‐‐‐」

「生徒っていうのは、本当は反省して立ち直りたいと思ってるんでしょ? 純粋なんだから。」

「‐‐‐‐‐」

「そういうことも浜崎先生が教えてくれたんじゃないですか。君代は純粋な子です。それなのに処分だなんて。処分するってことは君代の本性は邪悪だと決めつけているからでしょ。俺は絶対納得できない。」

 日高の口調が「僕」から「俺」に変わった。

日高が熱く語るのをききながら、若さだなあと思った。和夫の目に店の大きな赤ちょうちんが映った。揺れている。風のせいだろうか。さきほどの客が店に入るときに触れたせいだろうか。

和夫が赤ちょうちんを見やりながら口をはさんだ。

「あの赤ちょうちんを見てみろ。さっき揺れだしたんだが、赤ちょうちんが自分で揺れることはないよな。風か何かに揺らされているんだ。しかし一旦揺れ始めたら、赤ちょうちんは自分の力じゃあ揺れを停められない。誰かが赤ちょうちんに触って止めてやるしかないよな。」

 日高は、「この人、とつぜん何を言い出すの」と呆気にとられた表情になった。それを無視して和夫はつづけた。

「赤ちょうちんの揺れだしたのは風のせいだの、人がぶつかったせいだのとあげつらって、だから赤ちょうちんは悪くないといったところで、ちょうちんの揺れ自体は止められないだろう。」

 そこまで話して和夫の思いは君代に飛んだ。日高は呆気にとられたままだ。そんな日高を見やりながら、和夫は口を閉じて君代のことを思った。   ついこのあいだまで、火文字係をつとめあげるだけでなく、日頃からしっかりしていた彼女がどうしてあんな校則違反をやってしまったのか。  君代はいまごろ自分のしたことについて両親と話し合っているだろうか。君代の家に電話を入れたい衝動にかられたが、いくらなんでも店の公衆電話からかけるわけにもいかない。まして酒の入っている口で話すことではない。

          ( 9 につづく)

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2012年12月14日 (金)

(連載小説) 火文字(7)

この小説の前回までは左欄カテゴリー「小説火文字」で全部読むことができます。

    ※連載(五)からしばらく、完全なフィクションが続きます。
     私の体験が元になっているところはありますが、
     登場する教師、生徒は、私の創作による架空の人物です。
     初稿は、平成10年(1998)12月ですが大幅に書き換えています。

次の写真は小説の内容と直接の関係はありません。平成19年(2007)5月6月の大倉山高校の写真です。最初の2枚が校章にあしらわれた桐の木。次の2枚は通学階段のあじさいとそれを華道部が廊下に生けてくれたもの。次の三枚は理科室の窓から眺められた泰山木(たいさんぼく)。

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            (七)

和夫がきっと言い訳をするだろうと思って問い詰めた日高は、意外にも歯切れのよい返答に狐につままれたような顔をした。

がらっと表のドアがあいて、サラリーマンふぜいの二人の姿が店に入ってきた。ドアのすぐ近くに座る和夫と日高の肩から頭を冷たい外気がなぜてゆく。秋口の風は夜になると冷たく感じられる。日高は冷たい季節の風で正気にもどったかのように、さらにたたみかけた。

「じゃあ、先生がきょう停学を提案したのは自分の力量不足を認めるってことじゃないですか。そんなんでいいんですか。」

和夫はだまっていた。

「力量不足の教師に指導される生徒が可哀相ですよ。」

「‐‐‐‐ 」

「浜崎先生、黙ってちゃ分からないですよ。」

「‐‐‐‐ 」

「冗談じゃねえや。この際、言わせてもらいますがね。」

日高のメートルがだんだん上がる。さっき入ってきた二人がとりあえずビールとか注文しながら、日高の方をちらちらと見ている。注意されても、つい大きな声がまじる日高のようすから、喧嘩でもしているのだろうかと不安げな、あるいは興味深げな表情がサラリーマン風の二人にみてとれる。

しかし日高と大喧嘩になる気遣いはないから、和夫は二人の視線を無視して日高の杯に酒をついだ。静かにしゃべれよと言って、自分の杯にも手酌したところで銚子が空になった。追加を注文すると、それにかぶせて、もう一本よけいに持ってきてくださいと日高が注文した。その返す刀で日高は和夫を責める。しかし声は精いっぱい落とそうと努めているようだ。

「君代がね、今回校則に違反したのには、なにかよっぽどの事情があったんですよ。なんでそれを聞かないんですか。聞きもしないで、形式的に、はい処分だなんて。」

「‐‐‐‐‐」

「君代は今後いっさい僕たち教員に何も言わなくなるでしょうね。」

「‐‐‐‐‐」

 テーブルのうえにならぶ酒の肴に、切干大根を煮付けたのがある。生まれ育った九州を思い出して和夫が注文したものだ。日高が手を伸ばした。

          ( 8 につづく)

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2012年12月11日 (火)

(連載小説) 火文字(6)

この小説は11月23日より連載しています。いままでのものは左欄カテゴリー「小説火文字」をクリックすれば全部読むことができます。

    ※「二、教師二十年 (五)」からはしばらく、完全なフィクション
     が続きます。私の体験が元になっているところはありますが、
     登場する個人は、まったくの架空の人物です。
     初稿は、平成10年(1998)12月です。大幅に書き換えています。

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 ↑ 写真は小説と直接の関係はありませんが、大倉山高校の風景です。左から、学校テラスからのぞんだ富士夕景。次の三枚は校庭土手のざくろ、順に拡大しています。最後のは事務室前からみた金木犀(きんもくせい)。

                    (六)

 日高二郎は熱血漢で好青年だ。生徒指導にいやみとか癖がなく率先垂範型だから生徒の評判も良い。その日高がお酒の力もあってか、和夫をなじっている。和夫はきょうはからまれ酒だなと覚悟しながら日高に銚子を傾けた。

「まあ、呑めや。」

銚子をうけながら日高はつづけた。

「君代がふだんは問題のない子だからというだけでなく、そもそも浜崎先生が生徒処分を提案するなんて、おかしいじゃないですか。浜崎先生は、いつか、生徒を処分するのは教師の力量不足の証明だと言っていたじゃないですか。」

 日高の話をききながら和夫の脳裏に君代の姿がかけめぐっていた。

 君代は、ついこのまえ終わった学園祭で火文字係をつとめた子である。片付けのときに、和夫の不注意から鉄骨のやぐらが倒れ、久保洋子がパイプに打ちつけられるという事故がおきた。  洋子を保健室につれていった美千代にかわって、下級生にてきぱきとした指示をおこなったのが君代だった。   どんなときでも状況判断がはやく、自分がすべきことに積極的にとりくむ生徒である。  進路も法学部受験を考えている。部活動を引退したあとも放課後おそくまで学校に残って勉強している姿が日直教員の目にふれ、いつも話題になっていた。それだけに、和夫は、今度の校則違反が残念でならない。  和夫の胸には、「君代よ、どうしてお前が」という思いがふつふつと湧いているのだが、学年会で和夫はそんな胸中を披歴しなかった。

「先生、教師が処分するってことは、自分の教育力量がないことを証明するものなんでしょ?どうなんですか、」

「おい、声を落とせと言ってるだろ。」

日高はさすがに、あ、すみませんと殊勝にあやまったが

「先生、はっきり答えてくださいよ。」

とたたみかけた。

「処分は教育力量のない教員のすることだ。」

和夫はゆっくり答えた。

          ( 七 につづく)

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2012年12月 7日 (金)

(連載小説) 火文字(5)

11月23日より連載しています。いままでのものは左欄カテゴリー「小説火文字」をクリックすれば全部読むことができます。

      ※ここからの「二、教師二十年」は完全なフィクションです。
       私の個人的体験が元になっているところはありますが、
       登場する個人は、特定の誰かではなく架空の人物です。
               「停学」というなまぐさい話題が出てきますが、こらえて
       お読み願います。
       初稿は、平成10年(1998)12月です。この(五)からは
       大幅に書き換えています。

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 写真は、大倉山駅と大倉山商店街です。
 三枚目が駅から大倉山高校へ向かって、四枚目は港北高校方面へ向かって撮影しています。きょうの小説シーンの舞台が商店街なので掲載しました。

     二、教師二十年

         (五)

和夫が学校につとめてもう二十年がすぎた。

この間、和夫の教育観には大きな転換が二度訪れている。どちらも、自分に教員としての力量が身につかないことを悩むなかでのことだった。

悩んでいる中で気がついたことは、二度とも、自分の力量以上に無理して生徒を指導しようとしていること、自分に人間としての幅広さが欠如していることであった。一度ならず二度も同じようなことに悩み、おなじようなことに気がつくというのもだらしない話であるが、これまでの和夫の教員人生はそれほど悩みに包まれていた。

 和夫は仕事の後、商店街でよくお酒を呑んだ。きょうも焼き鳥の店に和夫の姿があった。若い日高がいっしょにいる。

「浜崎先生は、どうして、君代を停学二日にしたいのですか、僕は不満です。」

日高二郎が呂律のまわらなくなった口で、和夫をなじっていた。日高が「浜崎先生」と呼んでいるのは和夫のことだ。和夫は浜崎和夫といった。浜崎は九州の霧島山周辺にみられる姓である。日高も南九州にみられる姓だが二郎は関東出身だった。

仕事がひけて、久し振りに日高をさそって呑むことにした。日高はまだ三十歳にもならない青年教師だ。だからだろうか、酔いがまわり始めると酔い潰れるまで一目散という調子で呑む。今日も既に呂律があやしい。和夫もほろ酔いだが、口許はまだ大丈夫だ。

きょう、和夫のクラスの生徒が校則違反をした。決して些細なことと見逃せない校則違反だった。和夫は学年会を緊急に招集した。その学年会で和夫は停学処分二日を提案したのだった。日高は和夫と同じ三年の担任だ。和夫が停学を口にしたのが不満だった。処分は職員会議を経て校長決裁が必要だから、まだ処分になるかどうか未定なのだが、日高はそもそも和夫が学年会に提案したこと自体に不満なのである。

「君代はこれまで問題を起こしたことはないじゃないですか。それを、たった一度のことで、いきなり二日の停学は重すぎます。君代はきっと教師不信になりますよ。」

「おい、声を落とせよ。」

居酒屋で話す話題ではないから、日高の声が少々大きいことに和夫はあわてた。

           ( 6 につづく)

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2012年11月30日 (金)

(連載小説) 火文字(4)

11月23日より連載しています。いままでのものは左欄カテゴリー「小説火文字」をクリックすれば全部読むことができます。

      ※事実をもとに書いておりますが、個人にかかわる点では
       大きなフィクション仕立てにしております。
       初稿は、平成10年(1998)12月です。

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↑写真は(左)正門の芝桜:樋口先生植栽(右)家庭科室よりケヤキをながめる。ただし直接本文には関係ありません。

               (四)

美千代は兄を尊敬している。だから自分も建築工事のような仕事は好きなのだといって火文字係を志望してきた。二年のときにひきつづき三年でも火文字係だ。やぐらを組み立てるときも的確な指示をしてみんなを指揮していた。そういう美千代だから解体を任せても良いだろうと和夫は思ったのだが、教員として許されない判断だった。

「これからの作業はすべて俺が指揮するから、それじゃあ、君は久保を保健室に連れていってくれ。」

と美千代にお願いして、久保洋子に歩けるか訊ねると、何とか歩けるようだ。

「本当に申し訳ない。教師の俺がついていながら、怪我させてしまって。保健室で森川先生に診てもらってくれ。俺もあとで行くから。」

と久保に言い添えて、美千代に託した。

「ごめんね、ごめんね」

と声をかけながら久保に肩を貸す美千代だったが、二人の姿を見送りながら、和夫は、そういえば久保洋子の父親も洋子がここに入学してすぐ後、事故でなくなったのだったということに気がついた。いま歩いている二人とも父親をなくすという不幸を背負っている。いっそう愕然とした思いが胸中をかけめぐる。

久保の怪我が重症だった場合には、本人はもとより母親、亡き父親にどのような申し開きもできない。

土手に植わる灌木(かんぼく)にからまりつく密林のごとき蔓草(つるくさ)が和夫をからめとり、蔓の先端が目に突き刺さるように感じられた。筋雲のすがすがしさは和夫の目にはもう入らなかった。

             ( 5 につづく)

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