2012年2月 7日 (火)

寺内タケシさんの震災地コンサート(宮古)

※今日の9時ごろ、43万アクセスを達成しました。キリバンの方、右欄メール送信ボックスよりご連絡ください。粗品をお送りします。

本ブログの右欄に「検索フレーズランキング」が載っていますが、このところ「寺内タケシ ハイスクールコンサート」が常連になっておりますので、クリックしてみました。

そこには、上から二番目に、本校が緑公会堂(横浜市緑区)を借りて実施した寺内さんのコンサート報告(平成18年(2006)2月23日実施)が載っています。 それをご覧になって、本ブログをご訪問いただく方がいらっしゃるのですね。 そういう方々にも本校の名前を知っていただける・・・ありがたいことだと思います。

それで、久しぶりに寺内さんの名前を上からなぞっていきましたら・・・・・・・・・

<東日本大震災復興支援·特別芸術鑑賞 会寺内タケシとブルージーンズ ハイスクールコンサート実録·青春へのメッセージ ダイジェスト>という文字が目に飛び込んできました。

被災地でのコンサートをいち早くやっておられたのですね。 考えれば、寺内さんのことですから当たり前のことなわけですが、きょうまで知らなかった自分の不明が恥ずかしい。

不明をわびつつ、以下にYouTubeのリンクをはっておきたいと思います。

     ↓   ↓

http://www.youtube.com/watch?v=7jIyI3uA93Y

↓ 下は、平成18年2月23日の記事です。 

   今までに何度も再掲していますが、いまいちどご覧ください。

http://okurayama.way-nifty.com/kocho/2006/02/post_3f97.html

                  以上

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2010年11月 6日 (土)

カンボジア展示やホーバークラフトなど@都市大等々力文化祭(その5)

ずいぶん間があきました。もう11月も6日になってしまいましたから、この記事を丸まる一ヶ月以上も放置していたことになります。

樋口先生が都市大等々力の文化祭で指導発表された「カンボジア展示」。樋口先生の御労を無駄にするところだったことをお詫びしつつ、本日、アップ致します。

  • 画像はクリックして拡大してください。

eyeカンボジア研究展示ear

101003todoroki061←入口にはカンボジア国旗。アンコールワット遺跡をデザインしてあります。これを一目見るだけでカンボジア関連のお部屋だなと分かる仕掛けです。

  • 国旗の上の写真に古ぼけたあばら家のようなものが建っていて「これはなんでしょう?」とキャプションがついていますが、大倉山高校がターナッ小学校に新しい校舎を贈るまで使われていた同校の校舎が正解。カンボジアの貧しさについていきなり注目させ、世界に貢献しなければならない日本の立場を考えさせようという展示ですね。

101003todoroki062←廊下窓には懐かしい写真の数々。大倉山が校舎を送ったターナッ小学校とその生徒の写真が飾られていました。

↑バスに見覚えがあります。贈呈式のときに利用したバスですから、これは2007年のものですね。

101003todoroki063← これも2007年の写真。プノンペンです。小山内美江子先生の「学校をつくる会」が運営している「こどもの家」。カンボジアの孤児を集めて育てています。私たちも訪問し、本校卒業生の千ヶ崎さんと出会い感激した場所です。

  • 千ヶ崎さんは都市大付属中高から神奈川県西部の私立中高へ転出して頑張っています。

101003todoroki064←ターナッ小学校での交流会の模様。カンボジアの子が小首をかしげてたたずむ絵に「この子はどんなことを想像していると思いますか。右側の写真をヒントにして考えてください」とキャプションがつけられています。

 右側の写真は、2008年の本校訪問団がシャボン玉を作っているところ。

 正確には、シャボン玉をつくるために、水に石鹸をとかして準備をしているところ。シャボン玉を見たことのないカンボジアの子供たちにとって、興味津々のところですね。

一番下には、≪子供の想像力に国境はない≫という文字が大きく打ち出されています。樋口先生らしい。

101003todoroki065←教室の中に入ると、黒板に≪世界はともだちinカンボジア≫と書かれていて、カンボジアでみた朝やけ、夕焼けの写真が張り出してあります。ターナッ小学校を訪問するためにバッタンバンを朝6時にスタートする日にみた、5時半ごろの朝やけの写真。

とても美しいカンボジアの朝を思い出しました。

黒板の一番右側には募金の呼びかけが。私が行った時にはもう取り下げられていました。

101003todoroki066←カンボジアの風物詩、三人乗りは当たり前、五人乗りや赤ちゃんも入れると6人乗りなどのバイクや、荷台にいろいろな物資を満載したバイクの写真を一挙掲載してありました。

101003todoroki067←学校贈呈式をおえて、シェムリアップに向かう車の荷台に乗った本校生と、本校の文字が刻まれた校舎の写真。都市大等々力に大倉山の歴史が刻まれていることを示す写真でもあります。

 樋口先生、本当にお疲れ様でした。また、ありがとうございました。

motorsports文化祭二枚の写真pencil

101003todoroki02←書道部の部屋。特に佐野教頭先生が指導されたわけではないのですが、書道展示の前を通ると思わずカメラを向けたくなります。

101003todoroki29←共学部になったことを象徴する展示がありました。高校共学部の男子生徒たちが作った科学部の展示。なんとホーバークラフトです。

ホーバークラフト・・・水陸両用の乗り物。空気を車体の下に噴き出して浮かび上がり、水面や地面との摩擦をなくすことによって自由自在に動き回る乗り物。それを作っておりました。

空気を下に噴き出す装置は電気掃除機を利用したとのこと。上の写真のように子供が乗って実際に軽やかに動いたときにはびっくりしました。

人気展示の一つとなっていました。

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2010年10月 8日 (金)

エイサー演舞@都市大等々力文化祭(その4)

  •  明日9日から11日まで校長日記は三連休いただきます。三連休の間、私も執筆している付属小学校の「先生ブログ」(←クリック)を未見の方はご覧いただければと存じます。
  • 明日の土曜日は久しぶりに信州長野県に行ってきます。

     長野県高校野球秋季大会準決勝が行われ、都市大塩尻高校硬式野球部が「宿敵」松商学園と対戦するのです。

     なんとしても勝ち上がり、来春の全国選抜高校野球大会への切符をかちとってもらうために精一杯応援してまいります。

     また塩尻高校の皆さんと久しぶりの交歓につとめてもまいろうと思います。

↓では、本日の記事をご覧ください。

rock大倉山から等々力の地に舞うエイサー演舞sports

本校と東横中高が統合して都市大等々力中高へと発展しているわけですが、一昨日昨日とお知らせしたように、大倉山高校の力が都市大等々力に脈々とみなぎっていることは、私どもにとって大変誇らしいことです。

きょうのエイサーもその一つです。

↓太鼓とエイサー演舞を披露した方々。

101003todoroki27

↑ 都市大等々力の太鼓部の生徒さんのほか、本校保護者の金子さん、比留川さん、本校と等々力中高の教師だった細野(現橋本)先生、太鼓部顧問で本校出身の古川明美先生、そして昨日ご紹介した五島育英会のIさんをふくむ【衆】の方々です。

 昨年までは私と付属中高に転じた船戸先生も演舞に加わりましたが、今年はともに現勤務校の仕事におおわらわで練習に参加する余裕がなく、本番参加も見送りました。

 とくに船戸先生は自分の付属中高文化祭が翌週(10日-11日)にひかえていることもあって、この日も仕事。

 私は土曜日は付属小学校の仕事があり本番参加も無理でしたが、日曜日は本番参加しようと思えばできたわけで、比留川さんに、「私もほとんど練習していなくて、ぶっつけ本番のようなものです。先生もぜひ参加してください。」とするどく突っ込まれました。

 でも、昨年までご覧になった方はおわかりのように、ただでさえ下手な私が、ぶっつけ本番とは、全体のバランスを崩してみっともないことになりますので、丁重におことわりしました(笑)。

 そのことを同窓会展示室で話しましたら、役員の内田さんに「じゃあ、今年は、あのテンポのちょっと遅れた演技が見れないのですね。」と言われ、あわてて、「そんなこと言わなくていいじゃないですか」と切り返したのですが、まったく内田さんのいうとおり、ずばりです(笑)。

 私のたわごとはともかく、そういうわけで今年は観衆に徹し、皆さんの演舞を写真におさめるカメラマン役をつとめました。

 以下、動画掲載でないのが申し訳ないですが、連続写真にみえるように一挙掲載しますので、ご覧ください。

 ↓ 途中から、本校ゆかりの方々に焦点をしぼって撮影しましたので、生徒さんみんなを写しておりませんがご了解ください。

  •  サムネイルでは、つなげて掲載しましたが、一枚一枚クリックすれば拡大されます。

101003todoroki15101003todoroki16101003todoroki17101003todoroki18101003todoroki19101003todoroki20101003todoroki21101003todoroki22101003todoroki23101003todoroki24101003todoroki25101003todoroki26   

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2010年10月 6日 (水)

相洋高校と創作和太鼓集団「衆」と太鼓部@都市大等々力文化祭(その3)

good大倉山発祥の太鼓が「相洋と衆の力」もえて等々力の地に根付くrock

101003todoroki08←力強い太鼓部の演奏(10月3日)。

古川明美先生が25年前に大倉山で始めた太鼓部ですが、等々力においてもすぐに部活動を作られてからもう3年目を迎えました。

101003todoroki09←太鼓部の演奏をみまもる観聴衆。

本年より共学部が新設され男子が入学してきたことに合わせて太鼓部も男子部員が増え、力強さがいっそう出てきました。

しかも、太鼓部にとって僥倖(ぎょうこう)は、五島育英会法人事務局に、昨年、Iさんが就職してきて、太鼓部を指導してくださっていることです。

それが、なぜ、僥倖かというと、Iさんは、神奈川県の私立相洋高校和太鼓部出身なわけです。

昨年はまだ私は法人事務局で仕事をしており、新卒のIさんが相洋高校出身だと聞いたとたん、

 「相洋って、あの素晴らしい和太鼓部がある相洋高校ですか」

と思わず聞きなおしました。

IさんはIさんで、

 「え、なぜ相洋高校の和太鼓部を知っているのですか?」

と怪訝(けげん)な顔をします。

私立相洋高校和太鼓部は神奈川県下高校随一で、県代表として何度も全国大会に出場し、かつ全国制覇を遂げたこともある太鼓の世界では天下に名だたる高校部活なのです。

なぜ、私が相洋高校の和太鼓部の名声を知っているかといえば、大倉山の先生方はよくご存じのように、平成15年に横浜パシフィコで神奈川全私学より5,000人を集めた神奈川県私学振興大会が開かれましたが、その振興大会においてアトラクションとしてパシフィコ満堂にたいして圧巻を示したのが相洋高校の和太鼓部だったのです。

大太鼓から小太鼓から、コミカルな演奏から、沖縄エイサーまで非常に幅広い曲を演じてみせ、神奈川私学の名前を和太鼓によって全国にとどろかせた部活の面目躍如でした。

本校太鼓部の伝統も古川明美先生が頑張って営々と築いておられたわけですが、この相洋のように発展できたらすごいだろうなと感じ入ったことを覚えています。

それで、私はIさんが相洋出身だときいてすぐに、

 「あの相洋か?」

とたずねたわけです。

Iさんいわく、

 「私学振興大会の演奏のときに自分はあの和太鼓部に入っていたんです。2年生でした。」

とのこと。

いやいや、縁は異なものといいますように、人はどこでどうつながっているかわからないものです。すぐに私は、

 「等々力中高の太鼓部を指導してください」

とお願いしました。

 Iさんはすぐに古川明美先生と連絡をとってくれたのですが、なかなか仕事の関係で頻繁に指導に出かけることはかないませんでした。しかし、その後、法人事務局長の理解と後押しもあって、このところ、指導によくでかけてくれるようになっています。

 しかもありがたいことは、Iさんの友人が大勢、助っ人として太鼓部の指導にかけつけてくださっていることです。冒頭の写真をクリック拡大してご覧いただくと高校生より年配の男性女性の諸氏をご覧いただけると思います。その方々が、Iさんと友人の方々。

 この皆さんは、相洋高校を卒業した後も、太鼓への思いがつのるばかりで、とうとう自分たちで和太鼓組を結成されました。

 その名も<創作和太鼓集団【衆】>です。

 次のサイトをクリックしてください。【衆】のサイトに行くことができます。

 http://wadaikosyu.web.fc2.com/

101003todoroki10←【衆】の法被(はっぴ)に身をつつむIさん。哀愁を感じる後ろ姿のようにもみえますが、これが、一仕事やり終えた男の姿なのです。体の中に「充実の塊」がありつつ、外には謙虚な風格がそなわっている。我ながら良い絵が撮れたと思っています。Iさん、ありがとう、そして【衆】の皆さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

101003todoroki11← この【衆】の皆さんが手伝ってくれているのですから、都市大等々力太鼓部の皆さんは意気に感じなければなりません。ぜひ、がんばってほしいと思います。最後の一枚は、【衆】の皆さんの力をかりずに、自分たちだけの手で太鼓演奏している太鼓部の皆さん。大きく伸びてほしいと思います。

以上、大倉山発祥の太鼓部が相洋高校ゆかりの「衆」の力をかりながら、力強く都市大等々力に根付いてきているという報告を終わります。

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2010年10月 5日 (火)

卒業生・保護者・先生方@都市大等々力文化祭(その2)

fullmoon大倉山が都市大等々力に生きているbell

 本年も等々力の地において文化祭が盛大に開かれましたが、「ますみ会」をふくめ本校同窓会を中心とする大勢の卒業生、保護者、教職員の手によって都市大等々力のなかに生きていることを見ることができました。

 今年で、大倉山高校の移転統合から3年目を迎えているわけですが、等々力の地に、大倉山高校の姿を具体的にみることができるのは、なによりも嬉しく頼もしく思います。

↓新築、新改装なった都市大等々力中高の校舎です。

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共学部開設と新教育理念ノブレスオブリージュ(高貴なる者の責務)に基づいた英才教育路線による人気沸騰で来年度入試も高い競争率が予想されます。そういうなかで開かれた文化祭ですが、活気にあふれていました。

卒業生をはじめ大倉山高校関係者も大勢が参加、訪問して気をはいていました。

以下、私がお会いできた方々をご紹介します。

101003todoroki04← 受付に行きましたら、森先生が受付担当。そこに49期内田さんとお母さんがおられました。

  •  内田さんはいま幼稚園の先生とのこと。幼児たちに囲まれた写真を拝見しましたが、もうすっかり先生が板についた様子でした。

101003todoroki05_2←同窓会室。東横中高時代からの「ますみ会」と合同展示です。

  •  展示の模様は同窓会ブログ「山桜」(←クリック)で報告されていますので、そちらをご覧ください。また、同ブログには、きょう、ここに掲載できなかった(私が会えなかった)卒業生の方が何名か掲載されていますので、ご覧ください。
  •  同窓会役員の栗原さん、志田さん、内田さん、渡辺さん、東横中高「ますみ会」役員の菅野先生(都市大等々力音楽科講師)といっしょに写させてもらいました。矢野会長さんや市川さんたちは一日目の土曜日にいらしたとのこと、お会いできずに残念でした。

101003todoroki06←樋口先生と職員室で話していましたら、生徒が文化祭出品のクッキーを樋口先生に差し入れにきました。

  • 写真を撮って良いですかと聞きましたら、OKが出ましたので、樋口先生といっしょにパチリ。樋口先生は大倉山時代の杵柄(きねづか)をいかし、生徒を指導して「カンボジア」展を出していました。そのカンボジア展のもようは後日に。 

101003todoroki12←沖縄民舞エイサーをみるために校庭におりたら45期大塚さんが声をかけてくれました。お友達といっしょに来たということでしたが、近くにいた細野(現姓橋本)先生といっしょに撮影。

101003todoroki13←49期藤田さん、比留川さん。エイサーを踊った古川明美先生、比留川さんのお母さん、金子さんのお母さん、細野先生といっしょに撮影。藤田さんは在校生時代とまったく変わらず「変な顔」でおさまっています。比留川さんも幼稚園の先生。

101003todoroki14←49期二宮さんのお母さんも見えていましたので、比留川さん、金子さんといっしょに写っていただきました。

101003todoroki07←最後のいちまいは、私の現勤務校である付属小学校から文化祭見学に来ていた6年生たちです。

  • 私といっしょに見学していた五島育英会法人事務局の皆さんといっしょに写真に入ってもらいました。小学校の先生ブログに掲載する目的で撮影したのですが、こちらにも貼らせてもらいます。

以上です。来年はもっと多くの方々と出会いたいと思いますので、皆さんの後輩に都市大等々力中高生の文化祭にお出かけください。

ところで、末筆になりますが、統合決定から一年を経たころ、大倉山高校の全校朝会校長訓示で、「困難に立ち向かう次善の策は最善をしのぐ」というメッセージを生徒たちに贈りました。

少なくなる全校生徒のなかで見事に体育祭を成功させた当時の生徒たちをたたえ、私ども教職員も困難に挑戦して生徒をささえ共に歩む決意を伝えたつもりでしたが、こうして都市大いま、あらためて、「困難に立ち向かう次善の策」の重要性を感じています。

「困難に立ち向かって生徒をきたえ世の中に送り出す」・・・それは、大倉山最後の三年間のなかで「本物の教師」たることを示したいと決意したことの表現でした。今後とも、大倉山高校の顕彰のために本ブログをふくめいろいろと頑張っていきたいと思います。

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2009年6月16日 (火)

大林監督が推薦文、映画「39枚の年賀状」いよいよ東京でも上映

  • 都市大等々力中高(旧東横中高)の同窓会(ますみ会)の総会と懇親パーティのもようを本日アップすると書きましたが、後日に回します。ますみ会の今日のホームページで紹介されていますのでご覧ください。

clover映画「39枚の年賀状」、シネマート六本木にて20日よりcherry

090616_39mai_no_nengajou1090616_39mai_no_nengajou112月10日の記事で、私のふるさと宮崎県を舞台にした映画<39枚の年賀状>が封切られたことを御紹介しました。↓クリック

090616_39mai_no_nengajou3←この映画がいよいよ、来る6月20日より東京六本木において上映されます。ぜひご覧いただきたくご案内いたします。

  • 6月20日より二週間
  • 映画館は、<シネマート六本木> 03-5413-7711
  • URL;http://www.cinemart.co.jp
  • 地下鉄六本木駅 3番・5番出口より徒歩約2分
  • 映画館への地図は、上のURLをクリックするか、上に載せた写真をクリック願います。

090616_39mai_no_nengajou4_oobayashi映画の内容については、次のサイトをご覧いただきたいと存じますが、(クリック→)http://www.office-new-ta.co.jp/39nenga/、案内チラシに、映画界の巨匠大林宣彦監督が推薦文を書かれていますので、それを下に抜粋引用しておきます。ぜひお読みいただき映画館にお出かけ願います。

090616_39mai_no_nengajou2←俳優の風間トオルさんが出演し、東国原宮崎県知事も特別出演しています。

私も制作協賛しておりますので、エンディングのテロップに小さく名前が出ると思います。探していただければ嬉しいです。

(大林宣彦監督の推薦文より) ・・・・・・日本の激動の季節を生き抜いてきた時代を凝視する眼力の蓄積が、稀に見る映画の物語を伝達する力と美しさを焙り出すことに成功した。・・・・・忘れてはならぬものと忘れて了ったこととの痛みが切実に伝わって来る。・・・・・彼らが願う未来の平和を生むための、これは温故知新の物語であるから。・・・・・宮崎の古里人が、奇蹟の映画を作った。讃!

  090616_39mai_no_nengajou5←最後に一枚。マンションのベランダで、鳩の雛がかえりました。巣を作るわけでもなく、卵を産み落として、体だけで温めてかえしたということですが、今回で二回目のことだそうです。

このマンションのベランダ・・・映画「39枚の年賀状」をプロモートしている会社のベランダです。この会社の社長は高校の同窓です。先日、遊びに行ったときに教えてくれました。きっと、映画のヒットを後押ししてくれる僥倖(ぎょうこう)じゃないのと話し合ったことでした。皆様も応援ねがいます。

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2009年2月28日 (土)

魚谷先生のお便り(その2)

魚谷先生からいただいたお便りを2月25日(←クリック)に掲載しましたが、二通目をご紹介します。先日の古川明美先生のお便り(2月17日18日19日←クリック)に「東横線から大倉山高校が見える」とあったのをお読みになっての文章で、大倉山高校に対する愛情たっぷりのお便りです。

今までも大勢の方々から≪校長日記≫にお便りをいただいていますが、このように≪校長日記≫が教職員・卒業生の交歓の場となる・・・・・この≪校長日記≫を続けているのはそのためですので、書き手として冥利(みょうり)に尽きます。とても嬉しく思います。皆様、今後ともよろしくお願い致します。

それでは魚谷先生のお便りをどうぞ。

hotel古川明美先生の文章に誘われてtrain

重永先生

寒暖の差が激しいこのごろですが、心なしか空気は春の気配です。

東横学園のお茶会のため、東横線に乗ったときのことです。

明美先生の「東横線から学校が見える」を
拝読して、私もぜひ見たいと思っていましたので、
チャンスと思って待ち構えていましたが、
行きには見つけることができませんでした。

帰り道は卒業生の中村さん澤田さんがご一緒でしたので、
横浜に向かって左側のドアー前に3人で
陣取り、綱島を過ぎて、目を凝らしていました。

さすがに若い二人は見えたと叫びましたが
あまりに一瞬のことで私にはあれがそうだったのかどうか
確かではありませんでした。
次回は普通電車に乗ります。

東横学園は私にとっては一番思い出に残る職場です。

最後の職場であったということのほかに、一番長く
勤務した職場でもあり、父との約束を果たせた
大切な職場です。

一番の宝物は私にカルチャーショックを与え、
単なる平凡な主婦としてすごしていた私に
それまでとは異なる深い思考を与えてくれました。

また、教え子というかけがえのない財産も
与えてもらえました。

これからを生きてゆく若い人たちとの語らいは、
どのようなスタイルであれ人類が脈々と
歩いてゆくであろうことを確信させてくれます。

明美先生がおっしゃるように活動を続けていると、
うれしいご縁が飛び込んで参ります。

東横中高の矢島先生との邂逅も
本当にびっくりのうれしいことなのですが、
21日はもう1つうれしいことがありました。

五島美術館で開催されている「筆の美」
に友人のご尊父が寄贈された筆
「唐物玉管筆清時代」が展示されていました。
おそらく翡翠で作られたものと思います。

亡くなられた時にご自分の蒐集されたものが
散逸しないようにと五島美術館に全て
寄贈されたとうかがいました。
早速友人にメールでお知らせしました。

筆?と高をくくっていた私にとっては
目を見張るような工芸品ばかりで
とてもすばらしいものばかりです。

一見の価値有り、ぜひお出かけください。
3月29日まで開催しています。(?宣伝している?)

              ではまた。魚谷

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2009年2月10日 (火)

映画「39枚の年賀状」

  • 本日、長野に出張です。明日の校長日記はお休みをいただきます。

さて、今日の話題は、コマーシャルになりますが、ご容赦願います。

先日、高校時代の仲間と会ったのですが、仲間の一人が、このたび映画のプロデュースをしてそれが完成し、上映に入っていることが話題になりました。

以下、その宣伝です。

pencil映画「39枚の年賀状」think

090207_39mainonengajou 090207_39mainonengajou2 「39枚の年賀状」という映画で、今、宮崎県を中心に上映されています。

東京や神奈川でも近いうちに上映されることになると思います。

「39枚の年賀状」という映画の名前を記憶にとどめておかれ、近くで上映されるときには是非ともご覧になっていただければと思います。

今日は宣伝になりますが、この映画は、私の郷里「宮崎県西都市」が舞台となっており、ロケは全て西都市及び隣町の新富町で行われたものです。

まだ私も見ていないのですが、時は戦後昭和、西都市が舞台です。私の田舎は、戦前から今に至るまでほとんど自然が変わっていません。その自然が存分に出てくる映画です。自画自賛ですが、風景が大変美しいと思います。

 あらすじは・・・・・

 (ポスターより) 昭和20年8月、敗戦の三日前。宮崎の小さな町で、心に傷を負った兵士と少女が出会いました。生と死の狭間で生まれた相手への想いを心に秘めながら昭和という激動の時間が流れていきます。それぞれの人生を背負いながら二人は再会し言葉を交わす・・・・・「39枚の年賀状」という表題の由来は・・・・・死によって40枚目を書くことが叶わなかったからです。実話がもとになっています。

 私のふるさと、西都市は市あげての応援で撮影に協力したということでポスターには知人の名前も出ています。

 詳しいことは次のサイトをご覧ください。

宮崎日日新聞Webサイト(←クリック)

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2009年2月 4日 (水)

佐野先生揮毫:テレビ番組題字「音無しの剣」&22万アクセス御礼

2月5日未明、アクセスカウンターtwotwozerozerozerozero(22万)に到達しました。ヒットした方、メール(右欄アドレス)等でご連絡ください。大倉山高校の封筒で粗品をお送りします。

統合後も毎日更新を続け、もうすぐ1年になろうとしていますが、この10ヶ月で8万アクセスいただいた勘定になります。皆様のご愛読の賜物です。今後とも我が東横学園大倉山高校の縁(よすが)として、ひいては東京都市大学グループの一員たる誇りを持つために、本日記をよろしくお願いします。

090204_081214tamuramasakazu_otonasi pencil田村正和主演「音無しの剣」shadow

 ちょっと古い話題になりますが、12月14日は、江戸時代の元禄年間、播州赤穂藩ゆかりの浪士たちが旗本吉良邸に討ち入った日です。

 毎年この前後になると、忠臣蔵ゆかりの番組が組まれます。昨年末も「忠臣蔵:音無しの剣」というドラマがありました。

 稀代の二枚目スター田村正和さん主演でした。ご覧になった方も多いと思います。

 私も見ましたが、忠臣蔵そのもののストーリーを期待していた身には、ちょっと物足りなかったところもあったものの、十分楽しめたドラマでした。

ところで、先日、佐野教頭先生と話していて、偶然「音無しの剣」の話題になったのですが、なんとびっくり仰天の言葉が佐野先生の口から飛び出したのです。

090204_081214otonasinoken_by_sanomo 「あの≪音無しの剣≫の題字、覚えてます?」

特に注意していないので、覚えておらず、

正直に、「覚えてないですね」と答えると、

あの≪音無しの剣≫って、私が書いたんですよ

ですって・・・・・

まあ、びっくりしました。

嬉しいのなんの、さっきはそっけなく「覚えていないですね」と答えたのに、

態度を打って変えて、私いわく、

「どうして、前もって教えてくれなかったんですか!」

佐野先生、「う~ん、どうしてって言われてもねえ・・・」

私、「校長日記に載せて、卒業生にも知らせられたのに・・・・・!」

081103kendo_zennihon私の恨み節がつのるのに対して、佐野先生は、

「わかった、今度は知らせますから」とおっしゃるだけ。

こういうことでは、あまり自分を押し出さない床しさというか・・・・・佐野先生らしいといえば佐野先生らしいところです。

ライト社という大倉山高校の募集ポスターを制作していた会社が、佐野先生の揮毫をプロデュースしたというので、そこの社長さんに、「音無しのポスターが残っていないかどうか」尋ねましたところ、先日、持ってきてくださいました。

 それで一月半遅れながら、皆様にご披露します。とくとご覧ください。

  • 上の最後の剣道の写真は音無しの剣とは関係ありませんが剣のよしみで載せました。
  • 昨年11月の全日本剣道選手権大会で、上段に構えている(背中)神奈川代表の正代選手が北海道代表の若生選手を下したときの写真です。NHKテレビから私が撮影しました。

 佐野先生は以前も、テレビ番組の題字を揮毫しておられます。「新・桃太郎侍」です。下をクリックしてください。

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2009年1月10日 (土)

日比さん(お母様)からのご案内 & 佐野先生の芸術≪再録:平成19年年3月15日の記事≫

mailセミナー「開高健を語ろう」mailto

48期生の日比美里さんのお母さんからご案内を受けました。懐かしくメールを拝見しましたが、13日(火)午後7時から新宿の紀伊國屋において開かれるセミナーだそうです。今をときめく作家、重松清さんと角田光代さんのトークと朗読が聞けるようです。

 日比さんにもお会いできると思います。お誘い合わせのうえお出かけください。私はちょうど所用が入っており残念にも行けません。

 詳細は下をクリックしてください↓

第50回紀伊國屋サザンセミナー:没後20年・「夏の闇」直筆原稿・完全再現版・刊行記念≪開高健を語ろう≫―小説家の植えた〈リンゴの木〉:出演:重松清 角田光代

 日比さんのお母さんからのメールをいただいて、過去の記事を思い出しました。それもリンクをはりますのでご覧ください。日比さんから富士山と謝恩会の写真を送ってくださったときの記事です。(クリック→)平成19年3月23日記事

↓それでは、本日予定していた再録記事をご覧ください。

■佐野教頭の「構想」にまつわる収集物■(H19.3.15記事より)

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070315_0314eda2_sanokyotou 平成19年3月12日の日記で、管理員の丸山さんが椎の木の大枝を切り落としてくれたことを書きましたが、それは佐野教頭の芸術構想にかかわる収集品でした。

 今のところ、佐野先生が芸術構想を描いて収集されているのは、私の知る限りで以上の四点です。

 一番左側の写真のものは、なんと≪土管≫です。地中に埋まっていたのを見つけて掘り出されたと伺いました。このほかにも、まだまだ集められる予定だそうです。

 佐野先生には失礼な言い方になりますが、素人目には全てが「がらくた」、いや上の写真の二枚目と三枚目は、どうみたって薪(まき・たきぎ)にしからならない代物ですね。

 四枚目は薪にもならないのではないかと思えます。

 それなのに収集される・・・・・・、

 はたして、これらが佐野先生の手によってどのように芸術の香りたつものに変貌してゆくのか・・・・・・楽しみですね。

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