2011年5月 2日 (月)

ブリティッシュヒルズの皆さんはお元気でした

昭和の日から30日、一泊二日でブリティッシュヒルズに行ってきました。

ブリティッシュヒルズは福島県天栄村にあり、放射線量が、そのときによって、東京の二倍から三倍ですが、いずれにしても屋外に5時間以上いなければ、年間換算値にしたときに、法律に定める安全基準の「1ミリシーベルト」を超える被曝にはならず、完全に安全圏です。

ブリティッシュヒルズに行く途中、高い値のところがありますが、車から長時間おりなければ大丈夫ですし、また車に降りつもった放射性物質も車をうごかしているうちに風でふきとばされるので大丈夫です。

でも、風評被害にはかてず、来客はとても少なく、ゴールデンウィークだというのに、閑散としていました。

それだけに、とても喜んで款待してくださいました。

数日前まで構内は雪が覆っていたそうです。羽鳥湖というダム湖展望台に行く道にはまだ雪が残っていました。

シェイクスピア像も元気でしたが、実は、地震の揺れで少々前かがみになったそうです。でも、私の眼にはまったくわかりませんでした。建物はマナーハウスをはじめ、どれもびくともしていませんでした。大きな揺れだったそうですが、一部調度品が倒れたぐらいだったそうです。

イギリスから移築建築するときに、日本の大工さんの耐震免震の技術を加えたというだけあって、頑丈にできているそうです。

下に写真を掲載しますので、懐かしくご覧ください。

また、この「校長日記」に掲載したブリティッシュヒルズの記事は、右欄の検索ボックスで、「このブログ内で検索」を選び、キーワードに「ブリティッシュヒルズ」と入れると、さがすことができます。

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2010年10月26日 (火)

祝1500回!! 寺内タケシさんハイスクールコンサート

101025terauchitakeshisan ←左の写真は昨日の朝日新聞記事です。

エレキの神様、寺内タケシさんが長年実施しておられるハイスクールコンサートが1500回を達成されたという紹介記事です。

寺内タケシさんを知らない人は誰もいないわけですが、寺内タケシさんの素晴らしさの一つは、エレキギターを弾く高校生は不良だと偏見を持たれた時代に、そうじゃない、エレキギターは立派な音楽だ、感動を呼ぶ音楽だと世間に知らしめるために、白い目を向ける学校が多い中、その壁をやぶって学校を回る演奏会「ハイスクールコンサート」を始められたというところにあります。

その結果、その功績第一ということで、数年前に国会に呼ばれて議員さんたちを前にエレキギターの音色を奏でられもしました。

本校も、統合にいたる三ケ年教育計画の重要なイベントとして、当時の西村副会長さんのご苦労をいただいて寺内タケシさんとブルージーンズの皆様に、生徒たちに対して、ハイスクールコンサートを開きました。

こんなに小さな学校の少人数の生徒の前でエレキを演奏するのは初めてだよと、生徒たちに伝えてくださった寺内タケシさんの温かく優しく力強い言葉が思い出されます。

本校のコンサートのときは、ハイスクールコンサートを始めてからもうすぐ1300回を達成するとおっしゃっておいでだったと覚えていますが、それがこの10月27日で1500回達成というのですから、本当に頭が下がります。

あらためて、寺内タケシさんとブルージーンズの皆様に御礼を申し述べますとともに、1500回のお祝いを申し上げたいと存じます。ありがとうございました。そして、ご健康ともども、おめでとうございます。

新聞記事では、石川県星稜高校で、今はプロ野球メジャーリーグで活躍しておられる松井秀樹さんたちを前にコンサートを開いたエピソードも語られております。クリック拡大してご覧ください。

寺内タケシ&ブルージーンズの皆さんの本校コンサートの模様は次の記事で詳しくおわかりいただけます。未見の方はどうぞ。再読の方もなつかしくご覧いただければと存じます。

平成18年(2006)2月24日記事

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2009年10月 6日 (火)

卒業生in都市大等々力文化祭10月3日‐4日

ちょうどカメラを持っていなかったり、持っていても失念したりして写すことができない人もいました。大変申し訳ないことでございました。

091005_1003gate_by_morisensei←装飾門です。校庭にでんと構えてありましたが、森先生が指導して制作されたとのこと。大倉山でも学園祭装飾門といったら森先生でしたが、特技と伝統を等々力でしっかり発揮しておられました。

それでは、その門の前の記念撮影からはじまってお会いした卒業生の写真をどうぞ。大谷先生も後ろのほうに登場します。また、東横学園中高同窓会ますみ会(都市大等々力ますみ会として発展)のホームページでも大倉山同窓会役員の皆さんを掲載していただいております。↓

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2009年10月 5日 (月)

エイサー「ミルクムナリ」in都市大等々力文化祭10月3日‐4日

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←10月3日は十五夜仲秋の名月でした。左の写真は十六夜の月です。「いざよいの月」とも読みます。これについては、十三夜のときにでもお話しましょう。

さて、10月3日と4日都市大等々力の文化祭がありました。大倉山同窓会のお部屋も用意され、後援会の方々や卒業生が大勢来訪されました。

091005_1003kouenkai←写真は同窓会の部屋で、矢野会長さん、市川勝子2代会長さん、志田さん、市川君江さんの皆さんと御一緒に撮らせていただきました。二日目も同窓会役員ではほかに渡辺副会長さん、内田さん、土岐さんがお見えになっておられました。

↑大倉山校旗や思い出の写真が後ろに飾ってあります。

↓卒業生の方々の写真をたくさん撮影しました。初日は49期の二宮さん、二日目は41期の旧姓西巻さんに撮ってもらいました。申し訳ないですが卒業生写真は明日以降に回し、きょうはエイサー(ミルクムナリ)演舞の写真を掲載します。

091005_1003eisa_milkmunari11091005_1004eisa_milkmunari 卒業生で参加されたのは、37期の原さん、林さん、47期の高橋さん、中村さん、48期の曽我さん、49期の齋藤さん、藤井さん、岡芹さん、保護者からは49期の金子さん、比留川さん、先生ではリーダーの古川明美先生、森先生、船戸先生、細野先生、そして私。佐野先生をはじめほかの先生方は進路相談や学園祭実務などで参加できませんでした。

それでは以下、エイサー演舞写真をいっきょにご覧ください。私は失敗だらけ。都市大等々力の海老原校長先生(都市大副学長)が私の踊りについて感想を言ってくださいました。「重永さん、なかなかいいよ。一人ぐらい失敗する人間がいるほうが、ああいう出し物は楽しいね。ピエロ役で良かったよ」・・・・・

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2008年9月 4日 (木)

YMさんがホームステイのホストファミリーに&2004年本校ホームステイ写真

YMさんからメールが届きました。ハワイからYさんのお宅にホームステイの高校生が来るのだそうです。それで本校時代にアメリカでホームステイをした体験を思い出しながら、受け入れ準備をしているのだそうです。

Yさんのメールを掲載しますので、お読みください。

  • メールの後に、本校ホームステイの写真を載せてありますが、これは2004年(平成16年)のホームステイの写真でYMさんの時ではありません。
  • 2004年のホームステイは、赤ちゃんの世話の仕方を勉強したり、西部開拓時代のろうそく作り体験をしたり、シアトルのマリナーズ球場にイチロー選手を応援に行ったりしたホームステイです。
  • このときは、船戸先生と大谷先生が引率され、写真は船戸先生の撮影です。

重永先生

変な天候が続いていますね。お変わりありませんか?

50年史、拝読させていただきました。

最後の3年間がクローズアップされすぎた感が否めませんでした。最後の卒業生たちに対する先生方の気持ちはわかるのですが、以前の卒業生としては少しがっかりするところがありましました・・・。(ごめんなさい。でも率直な感想なので・・・)

ところで、私が第1回ホームステイに参加してから何年経ったでしょうか・・・?

18年も前のことかもしれません!!

その時の経験は、今でも鮮明に覚えています。

たった3週間でしたが、大袈裟かもしれませんが私の人生観を変えたようにも思います。

その私が、来月から桜美林大学(隣駅で我が家から学校まで30分くらい)の留学生をホームステイさせます。

そう!今度は私が受け入れ側のホストファミリーになるんです!

今回はハワイからの留学生で、来年の7月まで一緒に生活する予定です。

その彼女を受け入れる準備をする中で、自分がホームステイをしたときのことを思い出しました。

たった3週間だったけれど、英語が得意だったわけではないけれど、その3週間はとても意味あるものでした。

高校3年での受験を控えての夏休みに・・・悩みましたが、行って良かったと今でも思います。

その経験もあってか、大学ではドイツ語という未知の語学を専攻したのかもしれません・・・。

今回は約1年という長丁場です。日本の良い所・自国の良いところを再認識してもらえたら良いなって思います。

何かを特別にしようとは思っていませんけど、楽しみたいと思います!

5歳の娘には突然大学生のお姉さんができる訳ですけど、既に赤ちゃん返り似た行動が見られ、暫くは覚悟して生活をしたいと思います。

娘にも、いろんな国の人がいることを知ってもらいたかったということもあっての、今回の受け入れです。

また、近況報告をさせてください。

≪以下は2004年=平成16年のホームステイの様子です≫080904_2004homestay

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2008年6月20日 (金)

Kさんからの再メール

virgo東横学園を小学校から高校まで卒業されたKさんloveletter

先日(6月17日)、(←クリック)、東横学園を小学校から高校まで卒業されたKさんからのメールを紹介しましたが、再メールを頂戴しましたので、これも掲載したいと思います。

  •  Kさんのようなメールをいただくことは、東横学園が一つである象徴であるような気持ちが致します。
  •  東横学園の卒業生の皆さんにも校長日記愛読の輪が広がり、東横学園大倉山高等学校を誇りに思っていただくようになれば望外の喜びです。

Kさん、重ねてありがとうございました。

それでは、Kさんのメールをお読みください。

こんばんは。
等々力OGのKです。お忙しい中、メールのお返事ありがとうございます。
お返事をいただけると思っていなかったので、とてもうれしいです。

西さんを掲載している日記を読ませて頂きました。
青学の社会人入試に合格されたとは・・・驚きです。
西さんは私の母の塾に小学生の頃、習いに来ていました。

母に西さんのことを話したら、すごくビックリしていました。私の母も西さんのこと、よく覚えていました。先生というのは教え子のことをよく覚えているものなのですね。

友達が頑張っていると言うことを知るといい刺激になりますね。

私は2人息子の子育てをしながら、公立小学校の敷地内にある昔で言う学童保育で働いています。

 祖父と母が教員をしていたこともあり、私にも同じ道に進んでもらいたかったようですが・・・別の道に進みました。

しかし、いつか先生になりたいと、学童の仕事を始めてからそう思いました。

きょう、「東横学園」の学校説明会の案内書を見る機会がありました。
パンフレットに、お世話になったT先生が載っていて、髭を蓄えられたこと以外は昔と変わっていなかったので、一人で思い出に浸っていました。

 T先生の奥様は私が中3の時の担任で、年賀状のやりとりだけしています。N先生は入試広報室長になられたんですね。私が高2の時に新任で来られた先生で、かなり人気のある先生でした。懐かしいです。

小学校の方は来月の終わりには解体されてしまうのですね。
(昨秋、同窓会があり、学校を見てきましたが、講堂とプールは壊されていました。)

解体が始まると聞いたので、6年生の時の担任の先生にメールしたところ、寂しそうな返事が返ってきました。

母校が母校でなくなるみたいな感じでかなりショックです。

長々と書いてしまい申し訳ありません。

東横学園・西美恵子さんというつながりだけで面識のない私にメールの返事をしていただき、本当にありがとうございました。

これからも日記読ませていただきます。

それでは、お体にお気をつけてお過ごし下さい。

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2008年6月12日 (木)

姉妹校:長野県塩尻市の武蔵工大第二高校

  • 17万アクセスに12日午後2時ごろ到達しました。ヒットした方、ご連絡願います。「東横学園大倉山高等学校」の封筒で粗品をお送りします。
  • 佐野教頭先生の書道展が開かれています(~25日まで)。詳細は、次の記事をご覧ください。  http://okurayama.way-nifty.com/kocho/2008/06/in_d617.html

sun大倉山高校の皆さんの伝統を受け継いで・・・武蔵工大第二高校bell

4月にも長野県塩尻市の武蔵工大第二高校に出張したことを記事にしましたが(4月18日付け←クリック)、5月27日、そして先週末につづけて出張行ってきました。

その報告です。

080530siojiri_table2080530siojiri_table本校から贈ったピアノとホール用テーブルをとても大事に使ってくださっています。

卒業生寄贈の文字ははがさないまま使っていると校長先生が言ってくださいました。

080530siojiri_ongaku今回は音楽の先生にもお会いできましたが、何度も何度も感謝の言葉を言われました。

「大倉山高校の心を、伝統を受け継ぎ発展させる」という強く温かい志を感じることができました。

080530siojiri_yakyu前にも言いましたように、五島育英会のなかでは、最も甲子園に近い野球部を擁する学校ですが、他のスポーツ部も大変活発です。

写真は、

080530siojiri_volley080530siojiri_basketバレーボール部、バスケット部

(体育館を二面に割って狭い中で共存しているのが可哀想でした)、

080530siojiri_karate空手道部

(女子も頑張っていました。全国制覇の合言葉が壁にはってあります。

すでに長野県は制覇しています。)

080530siojiri_ragubiiラグビー部。

ラグビーの全国大会<花園>の常連校岡谷工業高校で監督をされていた先生が赴任されてきて、大いに盛り上がっていました。

    080530siojiri_takkyuu卓球部。狭いところでしたが、卓球界のスター福原愛さんに続けとばかりに一生懸命練習していました。

以上のほかにも活発に活動していますが、これらの第二高校の部活動が全国大会に出場したときにはテレビ等で応援していただきたいと思います。大倉山の伝統を受け継いでいる学校です。

  •  来年度からは東京都市大学塩尻高等学校となります。

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2008年5月30日 (金)

5月31日と6月1日のこと

run5月31日は東横学園中高の体育祭basketball

080530todoroki_map 統合校の東横中高の体育祭が31日土曜日、開かれます。

  • ※雨天延期になりました。6月1日の日曜日が体育祭となります。
  • ←東横中高までのアクセスマップです。

 本校出身の先生方も大活躍されるでしょうから、応援に行ってみませんか。私も行きたいと思っています。

  • 但し日曜日に雨天順延。日曜日も雨の場合は6月2日になります。その日も雨であれば中止。
    •  
  • ただ、雨にならないで欲しいと痛切に願っています。それは、もちろん東横中高の生徒の皆さんのためにでもありますが、もう一つは、雨天順延になると、下記の本校同窓会に大倉山出身の先生方が参加できなくなるからです。5月31日は快晴になるよう、皆さんお祈り願います。

cherry明後日6月1日は本校同窓会総会in新横浜プリンスホテルbuilding

6月1日の日曜日は、同窓会総会が開かれます。この写真も後日掲載しますので、お楽しみに。

Dousoukai_saiken Dousoukai_saiken_taiko ←ちなみに、左の写真は平成8年6月の同窓会再建第1回総会のときの写真です。

当時の太鼓部の皆さんが祝賀演奏を致しました。

ただ、今はホテルの中での太鼓演奏は隣の部屋にも響くということで許可されないそうです。そういうことで太鼓部卒業生の皆さんの演奏はありません。

今回のアトラクションは、五十周年記念式典オペラ歌唱のSTさん(28期卒業生:2月14日校長日記←クリック)が再び歌唱を披露してくださいます。

 東横中高と同窓会総会の写真、後日掲載しますので、お楽しみに。

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2008年3月18日 (火)

フリーダンス部 in 謝恩会(その5) &大倉山梅林公園 & 卒業生訪問

  • 本日、東横短大の卒業式がありました。本校から入学した卒業生が晴れやかに巣立っていきました。本校出身、石川絵津子さんが後援会長賞を受賞し表彰されました。

shine卒業生訪問virgo

昨日(17日)今日と、卒業生の訪問がありました。

昨日の方をご紹介します。

080317kobayasi_rie_musumego_momoka2 ←1994年卒の小林理恵さん。元太鼓部。

太鼓部顧問の古川先生に抱っこされているのは愛娘の萌々花(ももか)ちゃんです。とても良い名前ですね。

notes3月2日謝恩会dog

≪フリーダンス部、最後のステージ≫

080302syaonkai_free_dance20080302最後の年、ダンス部とチアー部が合同してフリーダンス部として活動してきましたが、その最後のステージ発表となりました。

080302syaonkai_free_dance20080302_1メンバーは学園祭実行委員会、体育祭実行委員会、バレーボール部なども掛け持ちして八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を繰り広げた面々です。

080302syaonkai_free_dance2008030_12080302syaonkai_free_dance2008030_13元気いっぱいのステージでした。最後は「先生方ありがとうございました。みなさん、ありがとう」の絵文字で感謝の気持ちを表してくれました。こちらこそ、ありがとうございました。

080302syaonkai_free_dance20080302_2  080302syaonkai_free_dance20080302_3 080302syaonkai_free_dance20080302_4 080302syaonkai_free_dance20080302_5 080302syaonkai_free_dance20080302_6 080302syaonkai_free_dance20080302_7 080302syaonkai_free_dance20080302_8 080302syaonkai_free_dance20080302_9 080302syaonkai_free_dance2008030_10 080302syaonkai_free_dance2008030_11  080302syaonkai_free_dance2008030_14 080302syaonkai_free_dance2008030_15 080302syaonkai_free_dance2008030_16 080302syaonkai_free_dance2008030_17 .

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clover大倉山梅林2月26日cherryblossom

一月ちかく遅れた掲載で申し訳ないです。

先日再訪しましたら、もう散ってしまった気もありました。次の土日ぐらいが見納めでしょう。

野梅、緑顎梅(顎が緑色で全体的に緑がかって見えます)など多種類の梅を見る事ができる公園です。

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2008年3月17日 (月)

3月2日卒業式に寄せて(3B望月奏美さんのお父上望月浩次様からのお手紙)

≪大変ありがたいお便り≫

080302sotugyousiki20080302 感動のうちに終えることができた本校最後の卒業式にあるお父様からとてもありがたいお手紙を頂戴しました。

080302sotugyousiki20080302_3私どもだけのものにするのはもったいないと思い、掲載のお許しを得ました。

080302sotugyousiki20080302_2 卒業式の写真とあわせて掲載します。※写真は すみれ写真工房の高橋社長にご提供いただきました。

080302sotugyousiki20080302_1卒業式の雰囲気もわかると思いますので、皆様、ぜひ全文をお読みください。

お便りをくださったのは3-B望月奏美さんのお父上です。望月さん、ありがとうございました。

080302sotugyousiki20080302_5080302sotugyousiki20080302_4 感動の卒業式でした。お疲れ様でした。

   こん なに感動した卒業式はありません。

080302sotugyousiki20080302_7 感謝と御礼をこめて、また、娘の卒業アルバムに私のことも気にかけてくださったことのお礼も含めて、手紙という形で挨拶させていただきます。

080302sotugyousiki20080302_6   卒業式は途中から父兄のすすり泣く涙であふれてました。私自身も涙をこらえるのが精一杯でした。
 教職員の皆様方にとっては、統合が決まってからこの日がくるのが全てだったと思います。

080302sotugyousiki20080302_10  娘がこの学校にお世話になろうと思ったのは、彼女が中学三年の時の学校訪問からです。当時の生徒会長が、とても立派なあいさつと話ができると、女房が絶賛していたからです。私も何回かこの学校におじゃましたときに、生徒達にあいさつしていただき、毎回感激しておりました。

  •  (重永注:当時の生徒会長は高橋牧子さんといいます。中学校長から折り紙付きで推薦されて入学してきた生徒です)

080302sotugyousiki20080302_8 学校の統廃合の話を聞いたときは大変びっくりしました。
 しかし、私が知ったときは「決まったこと」ということだったので、それならば、前向きに学校側が考えていただけるのならば良いと思いました。

 080302sotugyousiki20080302_9その結果、なかなか手に入らない劇団四季のミュージカルや宝塚歌劇などを見せてもらい大変幸せだったと思います。
 (我が家もキャッツを全員でみました)←娘がすすめてくれたので。

 また、先輩たちの来校も多かったのではないでしょうか。
080302sotugyousiki20080302_11 (娘の美術部はそのようだったようです。)
 そしてなにより、生徒と教職員が全員顔見知りである。
ということは大変な強みではないでしょうか。

080302sotugyousiki20080302_14 その結果が答辞を読んだ生徒会長との壇上での会話です。卒業式という公の場で(ほとんどが台本通り進む)あれだけ話ができるのは常日頃からコミュニケーションがとれていたからではないでしょうか。

  • 080302sotugyousiki20080302_15(重永注:「壇上での会話」というのは、生徒会長の齋藤美紀さんが答辞を読み終えたあと、壇上に答辞を持ってきてくれ、私が受け取ったときのことです。
  •  齋藤さんが「先生が校長先生で、佐野先生が教頭で良かったと本当に思います。この学校の卒業生であることを誇りに思います」と言ってくれたのです。
  •  校長が泣くと式典が崩れますので、私は卒業式では泣かずに卒業生を立派に送り出してやろうと思っていました。式辞も練習のとき二箇所でこみあげるものがあり、これはまいったなと思いましたが、本番では崩れることなく務めることができました。
  •  しかし、齋藤さんから思いもかけない言葉をいただいて、張り詰めていた気持ちが一気にはじけてしまいました。胸からこみあげてくるものがあり、すぐには言葉が出ませんでした。
  •  それで齋藤さんが壇上から降りようとするので、お礼を言わないまま壇上から降ろすのは失礼だと思って、やっとの思いで「ちょっと待って」という言葉をかけました。
  • 080302sotugyousiki20080302_16齋藤さんは振り向いてくれましたが、私は言葉にならず、ただただ涙がこみあげてくるだけでした。どのくらいたったのか覚えていませんが、「ありがとう。私こそあなたがたの校長になれて幸せでした」というようなことをやっと言えたように思います。あのときを思い出すと今でも胸がじーんとします。齋藤さん、ありがとう。

 生徒会長は校長先生が「珠玉の72人」とおっしゃってくれたことをすごく感激していたのが印象的でした。

 私からみれば、教職員の皆様は「黄金のスタッフ」です。
 最後まで手を抜かずに全力で送り出していただいたと思っております。

 校長先生がおっしゃっていた季節はずれの「山桜の花」はその象徴だと思います。

080302sotugyousiki20080302_12 その中でも、古川明美先生は「大倉山の真珠」ではないでしょうか。いいえ、もっと大きな輝きがあるかもしれません。背筋が伸びた姿勢、優しさと厳しさをうまく表現できる先生だったと思っております。

 こんなことがありました。修学旅行の娘を空港まで迎えに行ったときのことです。空港のゲートから一番最初に出てきたのが古川先生です。荷物は全て送ったということで手荷物のみでした。全員を見送るようにと思ってしたことだとは思いますが、いろんな事を考えている人だと思いました。この人は只者ではないと感じました。流行の「女性の品格」そのものです。

080302sotugyousiki20080302_13 卒業式に話は戻りますが、古川先生の送辞は感激でした。この時が感動と涙のピークです。古川先生が、この学校の卒業生とは聞いていましたが、公立高校に不合格になったことからお話しになり、「この学校を卒業して良かった」と思えるようにしてあげたいと言っていたことが、今でも頭の片隅に残っております。

080302sotugyousiki20080302_17  卒業式当日、娘が卒業パーティから帰ってきました。「家に帰ってくるのが辛かった」と言ってました。「いつまでも友人や先生たちと一緒にいたかった」そうです。この一言を聞いて、娘をこの学校に行かせてよかったと思いました。

080302sotugyousiki20080302_18  さて、最後にはなりますが、美術部の渡辺先生には会えませんでしたが、お体が悪いのでしょうか。娘が美術短大に進学できるのも渡辺先生の指導のおかげです。

080302sotugyousiki20080302_19  また船戸先生には三年間も担任としてお世話になりました。娘は目立ったところや特徴も少ないので、成績表のコメント欄の記載も大変だったと思います。

 重永校長先生におかれましては、ご健康にお気をつけください。「校長日記」も楽しみにしております。

080302sotugyousiki20080302_20  それにしても、卒業式というのは、終わった後に生徒と振り替えれない唯一の行事ですね。

 校舎も生徒もいなくなり、引越し等ますます忙しくなると思いますが、お体にお気をつけください。健康第一です。

 追伸:娘の靴磨きも終りました。さみしいやら嬉しいやら複雑な気分です。

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