2015年1月 1日 (木)

平成27年(2015)新年あけましておめでとうございます

※期日指定でアップしております。旧年の12月27日に執筆したものです。

あけましておめでとうございます。

旧年中は校長日記更新をすっかり怠りまして、顔向けのできない年でした。

年末、齋藤美紀さんが寄稿してくださったおかげで、年を締めくくることができました。感謝申し上げます。

今年は同窓会総会をホテルで開く計画が進められているようです。

皆様にとりまして良い年になりますよう祈っております。

初日の出の写真、昨年のもので恐縮ですが、私の宮崎の実家の庭から撮影したものです。今年も晴れていれば、このように見えます。

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なにとぞ本年もよろしくお願い致します。

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2014年8月 5日 (火)

30日と1日の二つの事件事故に寄せて

いたたまれない思いにさせられる事件事故のニュースに立て続けに触れる夏休みです。付属小の先生ブログにも書いた内容ですが、皆様のご無事を祈る思いで、校長日記に寄せたいと思います。

1日、神奈川県山北町で痛ましい事故が発生しました。 大雨による河川増水のなか、中州キャンプ場から脱出しようとした家族が車ごと川にのみこまれ、小学3年生2年生の姉弟とお母さんが亡くなるという悲劇です。 中州キャンプ場は違法造成だったということで人災とも言われています。まことにひどいキャンプ運営会社があったものです。 怪我しながら救出に当たり、叶わずに一人生き残ったお父さんの心もいかばかりかと沈痛の思いを禁じ得ません。

  また、過ぐる30日には、日常的に父親から暴力(言葉の暴力も)による虐待を受けていた中2男子が、そのろくでなし父親から「24時間以内に死んでくれ」と言われ、自殺してしまったという事件も起きました。 この父親のことを、どのような言葉で表現したものか言葉が思い浮かびません。 このような父親を持ったとしたら私でも自ら死を選ぶかもしれないと思わされるほど、亡くなった中2男子があわれであわれで涙がとまりません。

 凄惨な事故がつづくこの夏休み、皆様が事故や事件に遭われないよう書いておりますが、残る三週間の夏休み期間、本当にご自愛ください。

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2014年7月31日 (木)

長崎県佐世保市の高校生の事件に寄せて

一ヶ月も更新致しませんでした。7月もきょうで終わりとなります。

標題について付属小学校のブログに書いたことを転載致します。卒業生の皆さんには幼小中高のお子さんを育てておられる方々も多いと存じます。

このたびの佐世保市の事件などにふれると、子育てに大層ご心配なさると思いますが、どうぞ、ふだんからのこどもとのコミュニケーションを大事になさってください。

    ↓ それでは、付属小のもので申し訳ないですがご一読願います。

夏休み12日目。都市大っ子が事故や事件に遭わないよう祈ります。

 長崎県佐世保市では高校生による痛ましい事件が起きています。

 事件そのものの猟奇性も高校生によるものとは にわかに信じがたいものですが、その動機や計画性が報道されている通りだとしたら、私どもの理解を超える高校生の凄惨な心のゆがみです。 耳をふさぎたくなるほど 慄然とした思いにかられております。

  この事件は、ご家庭で小学生のこどもに聞かせるのを躊躇(ちゅうちょ)なさるところがあろうかと思います。

 こどもに話して聞かせるのはやめるとしても、どうぞ保護者の皆様におかれましては、お子さん方がこれから必ず迎える「思春期」について考えを深めるきっかけにしていただければと存じます。

 「思春期」は心と体のバランスがとりにくい激動の成長期です。 とりわけ近現代は、大人になるモラトリアム期間が長くなっていることから、思春期の困難は大きくなっております。

 かねがね私は「思春期の激動を乗り越える力」を身につけるのは小学生時代が鍵だと思っておりますだけに、ひとごととは思えない気持ちでこのニュースに接しております。

 都市大っ子が全員、元気に8月27日を迎えられますよう祈ります。

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2014年2月 5日 (水)

中学受験のお子さんをお持ちの卒業生の皆様へ

 中学受験がほぼ終わりのときを迎えています。

 大倉山卒業生の中にも中学受験のお子さんをお持ちの方もいらっしゃると思います。

 中学受験は、高校や大学受験以上に親子とも本当に悲喜こもごもの受験です。

 全ての受験校に縁がなく公立中に進む子も数多くいます。 そういう子の中には打ちひしがれて、なかなか立ち直れない子がいます。

 頑是ない小学生ですから挫折に打ちひしがれるのは当たり前といえば当たり前なのですが、でも、そのままでいるのは実に良くないことです。 そんなこと分かっていると言われても、立ち直るまで言い続けるしかありません。

 立ち直れなかったら大変なことです。 そんなことなら中学受験をしないほうが良かったということになります。

 それで、あれこれ手を尽くす必要があります。役にたつかどうか分かりませんが、本日、付属小先生ブログに、記事を書きました。

   ↓ よろしかったらクリックしてお読みください。

付属小学校先生ブログの2月5日付記事

           以上

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2014年1月30日 (木)

割烹着の研究者の大発見に寄せて

.素晴らしいニュースが飛び込んできました。神戸の理化学研究所の小保方晴子リーダーが万能細胞の新しい作り方を発見したことが全世界を驚嘆の渦に巻き込んでいます。

iPS細胞でノーベル賞に輝いた山中教授も称賛する発見だといいます。

小保方晴子リーダーは研究の時、白衣ではなく割烹着(かっぽうぎ)を着ているということで、その写真も報道されています。

割烹着と聞くと、私は校長日記に掲載した記事を思い出します。

ということで、きょうは再録記事をご覧願います。

         ↓

2010年6月21日 (月)

ありし日の母校Vol.32≪食物の授業:調理実習@1960年&62年~64年アルバム≫

調理実習の写真をご覧にいれます。

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一枚目が1960年、2枚目と3枚目が1962年、4枚目は1963年、最後の写真が1964年のアルバムからです。

ただし、1963、64年のものは制服姿の方が写っておりますので、学園祭のものかもしれません。調理実習を制服のままするということはありえませんので。その点は悪しからずご了解願います。

 調理実習をする割烹着姿がとても凛(りん)としています。

  割烹着(かっぽうぎ)という言葉を今の若い方はきっと知らないでしょうね。

 私どもにとっては、その姿だけでなく、言葉の響き自体が、とてもノスタルジーにひたってしまう言葉です。

 私どもの母の世代は、台所に立つとき(いや家事一般ですね)、エプロンではなく必ず割烹着(かっぽうぎ)でした。そもそもエプロンというものはなかったのではないでしょうか。

いや、ありましたね。前掛け(まえかけ)と呼んでおりましたが、それはどういうときに母がつけていたか、思い出せません。

 昔の日本の女性は着物(和服)が普段着、常装でしたから、それを包み込むには、前掛けごとき(前掛けに失礼な表現かな・・笑)ではなく、割烹着(かっぽうぎ)でなくてはなりませんでした。

 写真の1960年代といえば、洋装が普及していた時代ですし、本校制服ももちろん言うまでもなく洋装でしたから、肩から下げるエプロンで良いわけですが、いやいや、この時代は割烹着なのですね。

 それから、二枚目の写真、刃釜(はがま)が写っています。以前にも書いたことがありますが、これまた、とても懐かしいお釜です。ガス器具の上に乗せると、なぜ刃がついているのかわからないのですが、きょうは今から用事があります、それは続きということで、ご容赦願います。

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2013年9月13日 (金)

祖父母の力@敬老の日に寄せて

来週の月曜日は敬老の日です。

そのことに関連して二子幼稚園と付属小の先生ブログに書いたことを皆様にもお読みいただければと思い、ここに付属小のブログ記事のリンクをはりますので、どうぞ、クリックしてご覧ください。

         ↓ クリック

http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2013/09/914.html

                以上

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2013年6月 5日 (水)

ドクダミ草の話題ふたたび

付属小学校のfacebookに、どくだみのことを書きました。

どくだみでいつも思い出すのが大倉山高校の職員室裏に生えていたどくだみのことです。

それで、平成21年(2009)7月2日の記事(ありし日の母校)を再掲しておきます。

ドクダミ草、職員室の裏にびっしりと生えたことが・・・

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梅雨真っ盛りですが、このじめじめとした季節に入る頃、白い可憐な花を咲かせるのが、どくだみです。漢字では、「毒だみ」。むずかしくは、「蕺草」とも書かれるようです。「蕺草」は音読みでは≪シュウソウ≫。耳慣れないですね。

上の写真は、私の近所の空き地に生えているものですが、私は、ドクダミをみると、かつては田舎の湿地を思い出していたものです。ところが、最近は学校の職員室裏のことを思い出します。

 きょうは久しぶりに≪ありし日の母校≫写真です。

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職員室の裏手、とってもきれいに整備されています。

歴代の管理員さんや用務員さんが手入れしてくださっていました。

永田さん、市川さん、前田さん、寺門さん、日向野さん、鶴谷さん、宮崎さん、丸山さん、森下さん、上村さん、雨貝さん、中出さん、樋口さん、小川さん、菅原さん、篠崎さん、ほかに名前を失念し申し訳ないですが、司法試験受験勉強中の学生さんもおられました。以上の方々(漏らしている方がいらっしゃったら申し訳ないです)が、手入れしてくださってきました。

ただ、15年ほど前は、ここまで手入れが行き届かない時代があって、この裏庭一面びっしりとドクダミに覆われていたときがあります。

ドクダミは整腸作用、利尿作用、毒消しに効果があると健康ブームのなか、喧伝されたことがあり、山口勤先生をはじめ、ドクダミを乾燥させて煎じ詰めた「ドクダミ茶」を飲んでおられた先生方がいらっしゃいました。

そのことを懐かしく思い出すのです。

職員室の裏に当たりますので、恐れ多いと思って、ひょっとすると一度も足を踏み入れたことがない方が多いかもしれませんが、私どもには思いで深い場所です。

写真の左下が通学階段になります。

上の写真はいずれも、次の記事に載せたものです。当時の記事全文をお読みになる場合はクリックしてください。

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2013年2月 7日 (木)

ライポンF物語その後

平成20年(2008)5月17日記事で「魚谷先生の『ライポンF物語』」という記事を書きました。覚えておられる方もいらっしゃると思います。

その前に(同年5月13日)、小学生のころ私がライポンFで野菜を洗って味噌汁をつくって、親に叱られたという話を書いたのに対して、魚谷先生が寄せてくださった話を記事にしたものです。上にリンクをはりましたので、未読の方はご覧ください。

その「ライポンF物語」について、このたび、魚谷先生からまた、次のようなメールを頂戴し、さらにはライオン株式会社のお客様センターにお問い合わせいただき、同センターの回答を私にも教えてくださいました。

以下ご紹介いたします。小学生の私がライポンFで洗ったのは間違いではなく、すすぎが不十分だったのが間違いだったということが分かりました。ほっとしております・・・いやいやすすぎ不十分につき十分「有罪」です(笑)。

魚谷先生のメール

2日ほど前、どのTV局か記憶にないのですが、

世代間の違いのような番組を放映しておりました。

その中で、ライポンーF の話がでてまいりましたので、

ご覧になっていらしたかもしれませんが、

ちょっとお知らせしようと思いました。

ー 日本に欧米型の食事が入ってきて、(何年ごろかはききもらしました)

それまで野菜といえば、煮物中心だった食事が、

サラダを取り入れるようになったそうです。

その頃はまだ、野菜に回虫がいる時代でしたので、

厚生省がライオン株式会社に、野菜を洗え、

回虫を取り除く洗剤の製造を依頼して、できたのが

ライポンーF だそうです。ー

(出演者ータレントさんたちですが)

一同びっくりしていました。

今の洗剤と比べて、本当に安全かどうかまでは

放映していませんでしたが。
 
ライオンに聞いてみたい気もいたしますね。

ではまた。

どうぞ、かぜをめされませんように。

 「聞いてみたい気も・・・」と書かれたとおり、聞いてくださいました。

 ライポンFのライオン株式会社お客様センターの回答は次のようだったそうです。

平素はライオン製品をご愛用いただきまして、ありがとうございます。

 お問い合わせいただきました「台所用洗剤」の件ですが、表示にある使用方法は従来品とほとんど変わっておらず、従来からすすぎは必要でした。

しかし、食文化の洋風化や台所洗剤の濃縮化、コンパクト化などによって、洗剤へのニーズが変化し、つけおき洗いから、直接スポンジにつけて洗う方法へと変わり、以前よりも泡もちのよさが重要視されるようになりました。

また、従来はすすぎがそれほど必要ない汚れだったものが、油ものが増え洗剤量が多くなる傾向がある点も要因の1つかもしれません。

 以上、お返事申し上げます。今後とも弊社製品を宜しくお願い致します。

 以上です。魚谷先生、ありがとうございました。

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2012年11月29日 (木)

日本でいちばん大切にしたい会社

川崎市高津区に「日本理化学工業」という会社があります。

2008年のベストセラー「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司著 あさ出版)で紹介された会社です。

この会社の二代目社長で現在会長の大山泰弘氏は、2009年 「渋沢栄一賞」を受賞され、さらに2012年には、「第46回吉川英治文化賞」を受賞されています。

      受賞理由は<知的障碍者雇用の草分けとして52年。
      「働くことで人間は幸せになれる」を実践し続けている>
      というものです。

この大山泰弘氏に付属小学校においでいただいて、5年生を対象に講演していただきました。とても胸を打つお話でしたので、皆様にもご紹介しようと思います。

 付属小の先生ブログをご覧ください。

      ↓ クリックしてください。 

http://tcu-elementary.ed.jp/blog/2012/11/post-419.html

○日本理化学株式会社のホームページは

         ↓

   http://www.rikagaku.co.jp/

○作家村上龍さんがホスト役のカンブリア宮殿にも出演されたことがあります。
          ↓

   http://www.pideo.net/video/pandora/35613f7f82a998c6/

             以上

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2012年9月14日 (金)

浦里小学校のこと

【浦里小学校は本校創立者五島慶太先生の母校】

本記事は私が付属小の先生ブログに書いたものとほぼ同じ内容です。

 去る9月7日、長野県の上田市立浦里小学校の校舎が全焼したというニュースが流れましたが、覚えておられるでしょうか。

 大正13年建築の校舎も燃えてしまったということで大きなニュースになりました。 歴史的文化財というだけでなく、学校が燃えてしまうというのは子供たちにとって、どんなにか悲しいことでしょう。

 木造校舎の古き良き時代を残しているということで映画のロケ地にも使われてきた由緒あるものですので、とても残念です。

 ところで、ニュースで「上田市の浦里小学校」と言ったのを聞いて、聞き覚えのある名前だなと思ったのですが、それもそのはず、本校創立者の五島慶太初代理事長先生が卒業した学校です。

     ※ 明治時代は、尋常小学校4年課程(義務教育)ー小学校高等科4年課程
      という学制でした。その上に高等教育機関として中学校5年課程がありま
      した。ほかにも師範学校、高等師範学校、専門学校が複線的にありました
      が、大学を目指すものは高校3年課程を経て、帝国大学へと進みました。

 五島慶太先生は、青木村尋常小学校を卒業したあと、浦里小学校高等科へ進み、そこで2年間勉強したあと、上田中学校で3年、松本中学校で2年学んで中学校を卒業しました。(上田中学校は松本中学校の分校)

 高等小学校(小学校高等科)は4年課程なのですが、中学校入学試験に合格すれば2年修了で中学校へ進むことができました。 五島慶太先生は高等小学校2年で中学校入試に合格したのです。それぐらい一生懸命に勉強しました。

      ※五島慶太先生の少年時代のことは、近々発刊の「五島慶太先生の伝記」
       に細かく書きます。みなさん、ぜひ読んでほしいと思います。

 燃えた校舎は古いものでも大正時代の建築ですから、五島慶太先生が卒業したあとに建てられたもので、先生ご自身は使ってはいませんが、先生の学んだ学校の全焼ですから、現在の浦里小学校のこどもたちと同じように、私もたいへんつらい気持ちが致しました。

浦里小学校の皆さん、へこたれずに再建めざしてがんばってほしいと思います。

      ※この記事はもっと早くアップしようと思っていたのですが、
       今日になってしまいました。お詫びします。

      ↓浦里小学校全焼を悲しむ映画関係者についてのサイトURLです。

                         以上

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より以前の記事一覧