2010年1月 2日 (土)

詩「君がいた時―大倉山物語」

お正月二日です。

新年にあたり、大倉山のことをうたった詩を作りました。※明日は校長日記お休みをいただきます。

 君がいた時・・大倉山物語

僕は忘れない
君がいたあの丘を

誰もがわすれない
君が通ったあの道を

僕も忘れない
君が学んだあの日々を

誰もがわすれない
君が踏みしめた校庭を

僕も忘れない
君が触れた花々や木々を

誰もがわすれない
君がことばを交わした教室を

僕も忘れない
君が舞い奏で演じたステージを

誰もが忘れない
君が躍動したフロアを

僕も忘れない
君のはじけた笑顔を

誰もが忘れない
君が流した涙のあとを

僕も忘れない
君が望んだ霊峰富士を

誰もが忘れない
君の大倉山を

僕も忘れてなるものか
みんなの大倉山を

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2009年12月31日 (木)

大晦日となりました。良いお年をお迎えください。

平成21年、2009年も本日で終わりです。

一年間ご愛読ありがとうございました。

年の暮れにあたりまして、「東横学園大倉山高等学校卒業生に幸あれ」を折句にしたものを掲載し、一年の感謝の気持ちといたします。

折句というのは、ある言葉の一文字一文字を先頭にして、詩句にしたものです。

  • 以下、先頭の言葉に、「東横学園大倉山高等学校卒業生に幸あれ」を折り込んであります。卒業生と大倉山五十年に、私のせいいっぱいの気持ちをこめたつもりです。(※最後の後援会報に掲載したものを平成19年4月17日校長日記にアップしたものです)。

  乙女らに捧げる折句

うとう来たりぬ別れの日

つくしきは 乙女の頬に流る

うせい(妖精)のしずく

の良き日を迎えしは

わらぬ愛をそそいで

ださりし父母のいつもなる

がお(笑顔)に

と甘えし日々のたまもの

とめ(乙女)なる日にいま別れむと

とな(大人)の世界に巣立ちゆく

ろう(苦労)多からむこれからとて

んまん(爛漫)たる花々を

およろず(八百萬)に咲かせること

ちがいなからむとぞ

ころの底から我思いたる

らうらと光さしこむ

うよこの大倉山こそ

つくしかりけれ

えりみて乙女らの過ごせし

きひ(月日)に

うき(光輝)ありけり 人々の心を

ちし数多(あまた)の営みに我はむせびき

よそよと吹きくる風に

つまれて

らきらとした

うこう(陽光)を

けむ(受けむ)乙女らは

かい(世界)にひとつの

のち(生命)かな

じ(虹)の七色

んさんとふりそそぐ

きゅう(地球)の大地踏みしめて

たらしき事に挑まむ乙女らの幸(さち)ぞ

んめん(連綿)と続かむことを切に祈る

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2008年3月24日 (月)

自作寓話:「貘」(ばく) 平成19年卒業文集

本日、出張ですので、昨年の卒業生に贈った寓話をお読み願います。

  「貘」(ばく)

 「貘(ばく)」という想像上の動物がいる。人間の悪夢を食べてくれる。

 体は熊、鼻は象、目は犀(さい)、牙は猪(いのしし)、手足は虎、尻尾は牛だ・・・いま、中南米と東南アジアにいる現実の草食哺乳類「バク」ではない想像上の「貘」の物語である。

 川べりから動かずに、水ばかり飲んでいる貘(ばく)がいた。その貘さんが言うところに耳を傾けてみると・・・

 「水はどんなに飲んでもなくならないのよ。だから食べ物探しにあくせくする必要もなくて、わたし幸せだわ」

 それに対して、もう一人の貘君が忠告した。

 「おい、きみ、世の中にはいっぱい食べ物があるじゃないか。水じゃなく俺様のように動物を追いかけて生きろよ。動物の肉はおいしいし、食べれば満腹になるそうだ。

 俺様はな、美味しい動物の肉を食べるのが夢なんだぜ。君も夢をもって生きなきゃ駄目だよ。」

 「私、べつに夢なんか持ちたくないわ。お水で十分」

 「ふん、夢を持たずに生きて、そんな狭い場所で、せいぜい水だけ飲んで痩せ衰えるがいいよ。あばよ」

 肉を食べるという夢にとらわれた貘は、水だけ飲んでいる貘さんに嫌味な捨てぜりふを投げつけて、自分は鹿を見ては追いかけたり、ウサギをみては駆け出したりする生活を送った。

 ところが、貘という動物は、冒頭で言ったように、いろいろな動物の体の断片を集めて作られている。そのために、思うように動けないのだ。だから、どんなに夢見ても、鹿やうさぎなど素早い動物を捕まえることは始めからできない相談だった。

 そういうわけで、夢を持たずに水ばかり飲んでいた貘さんはもちろん痩せ衰えたが、動物の肉以外、何も食べようとしない貘君もやせ衰えていった。つまり、「水のみ貘」さんに自分が投げつけた捨てぜりふ・・・「痩せ衰えるがいい」という言葉が自分に降りかかってきたわけである。

 貘君は衰弱のあまり、ある日、自分が死ぬ夢にうなされた。

 あぶら汗をびっしょりかいて目が覚めると、一頭の貘が枕元にいる。

 「大丈夫ですか?ずいぶん夢にうなされておいででした。でも、その夢を私が食べましたので、もう大丈夫ですよ。

 それから、あなたが日ごろから抱いている「動物を食べたいという夢」、それも悪い夢ですから、ついでに食べておきました。

 今日からあなたは、動物を追いかけることに振り回されなくなりますよ」

 夢にあらわれた貘が言うとおり、その日から貘君は動物を追いかけなくなった。

 かわりに草や果実を食べるようになったが、これがとても美味しい。

 貘君は、みるみる元気になり気持ちも優しくなった。

 貘君が元気になるのをみた「夢を持たない水飲み貘」さんも、草や果実を食べるようになり、健康な体を取り戻したとさ。どっぺん

  •  ※夢を持たないことも、絶対実現不可能だと分かっている夢に振り回されることも、どっちも駄目なことです。仮に実現不可能であっても、幼少のころは、夢は大きく持つべきで、特に親は子に大きな夢を持たせるべきです。しかし、分別盛りになったときに、実現不可能だとわかっている夢に引きずられて、地道なことに黙々と取り組むことをしないようならば、それは「夢に振り回されているだけ」ということになります。
  •  ちょっと付け加えておきますが、地道なことに取り組みながら、「果てしない夢を追いかける」というのならば、それはとっても大事なことです。

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2008年2月16日 (土)

創作寓話「ガマガエルとアマガエル」(平成17年度卒業文集に寄せる)

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バレンタインデーにいただいたチョコレートです。佐藤紫衣菜さんのご要望にこたえて写真を載せます。ちなみに齋藤生徒会長は180個作ったそうです。

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↑順に14日、15日、15日の夕日、今日の富士です。雲や霞のかかり具合で微妙に違ってみえます。大倉山富岳四景といったところです。

  • 以上のほか、本日は校長日記を書く余裕がありませんでした。申し訳ありませんが、創作寓話をお読み願います。二年前の卒業生に贈ったものです。
  • 過去の創作寓話は←左欄のカテゴリー「自作寓話」をクリックすれば全部読めます。

(創作寓話)   

 ガマガエルとアマガエル

 一音違いなのに、耳に響く感じが正反対のうえ、ガマは体長十cm以上、アマガエルは三cmほどで、体重となれば百倍ほども違う。

 何より、ガマは背中がいぼだらけ、体形は平べったく、地面にはいつくばって動くのに対して、アマガエルの方は、青くつるつるした肌で、軽やかに跳びはねる。

 田植えのころ、雨が草木を潤す昼下がり、生垣の葉っぱの上でアマガエルが雨を楽しんでいた。ガマガエルが、のそりのそりとため息をついた。

 「はーっ。あいつはいいなあ。すべすべ肌、小顔、体形も愛くるしく、手のひらの上に乗せてもらったり、人にかわいがられるよなあ。俺なんか人に見つかると、悲鳴をあげられて話にならんよ。人の野郎、いつか痛い目に合わせてやる」

 ガマのそんな愚痴は聞こえるはずもない。家の縁側にいた子供が、

 「おや、あんなところにアマガエルがいる」

 と外に出てきた。が、忍び寄られる先にアマガエルはぴょんと逃げる。それをさらに子供が追う。それが何度か繰り返された。

 その光景を眺めながら、ガマが、

 「アマの野郎は、どうして逃げるんだろう?おい子供さんよ、逃げる奴はほっておいて、俺様と話しをしてくれ」

 と言いながら、のそっと動こうとした途端のことだ。ガマは、背中に猛烈な重みを感じた。

 そして子供の叫び声を聞くのと、気を失うのが同時だった。どのくらいたったろうか、ガマが気絶から回復すると、アマガエルの声が耳に入ってきた。

 「ガマ君もあんな格好でよく人の前に現れるもんだ。動作ものっそりのっそりだし、体の色も土気色だし、どこから見ても好かれる要素はないさ。

 子供が知らずに背中を踏みつけたら悲鳴をあげるのも当たり前だよ。

 その点、僕なんか、どんなもんだい、逃げても逃げても人に好かれる。やっぱり彼と僕では、持って生まれたもんが違うからなあ」

 ガマガエルはアマガエルの言い草が許せなかった。腹がたってならなかった。

 悲鳴をあげる人間もしゃくにさわるが、アマガエルごときに見下されるのはもっと腹がたった。アマガエルをどうにかこらしめてやろうと考える日が続いた。

 そのうち、雨も上がってかんかん照りの日が続いた。ガマガエルは、久しぶりに軒先に出てきた。ところが運悪く、また人に見つかってしまった。悲鳴にあうか、蹴飛ばされるかどっちかだろうと覚悟したが、今日の人は大事そうに自分を拾い上げてくれた。

 そして、その人のつぶやきを聞くと、

 「おお、こいつの毒はうまく処理すれば漢方薬になるんだ。子供たちは逃げるが、それは、まだガマガエルの価値を知らんのだから無理もない」
と言っている。

 ガマは、(そうか、俺って価値ある存在なのか)と嬉しくなって、かつて人をなじったのも忘れてしまった。

 そして何気なく、遠くに目をやると、アマガエルが干からびそうになって、植木の葉っぱの上で休んでいる。それを見つけた人が、「まったくアマガエルってのは、役立たずだ。雨の日の子供の手なぐさみにしかならん」といって、放り投げてしまった。

 以前、アマガエルに見くびられたガマだったが、今日はアマガエルが可哀相でならなかった。こっそりと漢方薬になる毒の作り方を教えてあげた。それで今、アマガエルもほんの少しだが毒を造れるようになった。でも、まだ人の役に立つまでには至っていない。

 しかし、アマガエルは、もう二度と自慢したりガマガエルや他人をけなしたりはしなくなったとさ。どっぺん。

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2008年1月17日 (木)

創作寓話「ヒトとハト」(平成17年=2005卒業文集)

本日出張です。平成17年(2005年)の卒業生に贈った創作寓話をお読み願います。

   ヒトとハト

 「鳩っていうのは、まことにかわいらしいね」

 「ほんと、鳩ぽっぽの歌どおりだわ。餌をやると人なつこく近寄ってくるもの」

 「愛らしいこと、このうえないよ」

 「わたしたちの気持ちも癒(いや)されるわよね」

  そういう会話を交わしながら、
  人々が公園や路傍(みちばた)で鳩に餌をやっている。

 「人っておもしろいね」

 「えっ、どこが?」

 「だってさ、俺たち鳩族には好んで餌を恵んでくれるくせに、カラス君たちにはゴミ箱にすら硬く蓋(ふた)をしたり覆(おお)い網をしたりして餌をぜったいに与えないんだぜ」

 「あぁ、そのことね。それはわたしたち鳩族が紳士(しんし)淑女(しゅくじょ)だからなのよ、カラスさんたちはヤクザだわ。ゴミを散らかし放題にするんだもの」

 「う~ん、そうかな?我々だって紳士淑女とは言えんよ。ほら、あそこ。投げられた餌を争って激しくつつきあっているのは我が仲間じゃないか」

 「・・・・」

 「カラス君たちだってヤクザと決め付けられないぜ。人さまが要(い)らないと捨てたゴミを頂戴しているだけだし。それにカラス君は人さまの家に侵入したりしないしな」

 「・・・・」

 「どうも人さまは勘違いしているんだな」

 「でも・・・そうはいっても、わたしたちって人さまのお陰で食べ物に困らないのよ」

 「そりゃそうだな。人さまも我々が餌をつつくしぐさに心を和ませ癒されているというんだからカラス君たちには悪いが、餌をもらうのは我が鳩族の特権というように考えても罰(ばち)は当たらんだろう。」

 駅構内の天井にとまって、そんなことを話している鳩たちの一羽から白いペースト状のものが落ちていった。そこへ人が通りかかったものだから・・・・。世の中、うまくいっているようでどうにもこうにも・・・・・・・。どっぺん

 ※皆様の幸多き人生を祈ります。挫折や苦しみの経験からは誰も逃れられません。そんなときは冷静に物事に対処する力をつけるチャンスだと思うことが大事です。

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2007年12月13日 (木)

書道部テレビ放送&創作「おじいちゃんの贈りもの」(後編)

■書道部テレビ放送時間&毎日新聞取材■

ケーブルテレビitscom から放送時間の連絡が次のように入りました。本日の急な連絡で生徒には全員に知らせられませんでした。校長日記ご覧の方々、連絡を取り合っていただければありがたいです。

今日(13日) 夕方5時、夜8時、10時、12時

明日(14日) 早朝6時、朝8時半      以上です。

※ケーブルテレビに加入していなければ視聴できません。局からビデオを送ってくださることになっていますが、視聴できる方はできるだけビデオ録画お願いします。

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取材続きの書道部ですが、本日も取材を受けました。毎日新聞鶴見支局の網谷利一郎記者の取材です。詳しくは数日後にご報告します。

■創作「おじいちゃんの贈りもの」(後編)■

(昨日の続き)

 「おや、手塚さん。どうしました?あれ、孝君もいっしょに交番なんて・・・」
と声をかけてきた人がいる。

 うちのお隣の山田さんだ。

 山田さんの顔をみておじいちゃんは破顔一笑、助け人が表れたという表情になって、

 「私が自転車泥棒にされかかっているんだ」

というなり、一気呵成に事情を説明した。

 説明を聴き終わった山田さんは、

 孝がこの自転車に乗り出したのは間違いなく最近のことで、春ごろではないこと、

 おじいちゃんが土手から拾い上げてきたものだということ、

 それを丁寧に磨き上げ、孝にプレゼントするんだと相好を崩していたこと、

 手塚のおじいさんは立派な人物だと思ったことなど

 を証言してくれた。

 「正当な持ち主」という人もどうやら信用したらしく、

 いやこれは発見してくださってありがとうございましたと初めて頭を下げてきた。

 二人のお巡りさんも、いやいや疑って申し訳なかったです、ボク、ごめんなと優しい言葉になった。

 孝は、ボクと呼ばれる年じゃないぞと思ったが、分かってもらえれば良いですと返事した。

  「正当な持ち主」の人が意外なことを言い出した。

 この自転車は君が乗り続けていいよ、自分は所有権を放棄するというのだ。

 おじいちゃんはすかさず

「いや私どもは泥棒扱いされるのが癪(しゃく)にさわっただけで、この自転車がもともとあなたのものだということであれば、お返しするしかない」

と口を差し込んだ。

 「いや、でも、駅から持ち去った誰かが不法投棄したものを見つけて、

 手塚さんが修理して磨かれたわけですし、

 ましてお孫さんへのプレゼントということであれば、私がそのお気持ちを尊重しないわけにはいかないと思うようになったのです。

 どうぞ今のままお使いください」

 「いいや、人様が盗難届けを出して探しておられたものをおめおめと使っちゃ私の名前がすたります。な、孝、これはこの方にお返ししなさい」

 孝もうなづいたが、<正当な持ち主>とおじいちゃんの間で、自分のものではない、お互いにあなたが使うべきだと押し問答が始まった。

 やりとりを聞いていたお巡りさんが

 「それじゃあ、私も疑った罪滅ぼしをしなければなりません。

 私の家に普段乗らない自転車があるから、それをプレゼントしましょう。

 本当におんぼろですけれども、それで自転車が2台になるから、

 1台ずつ手塚さんと高井さんでお持ち帰りいただきます。

 それで一件落着ということに致しましょうよ」。

 「正当な持ち主」さんの名前が高井さんだと初めてわかったが、お巡りさんの言葉をきいたお隣の山田さんが、すかさず、

 「お巡りさん、いいことを言うねえ。まるで大岡越前守の『三方一両損の大岡裁き』みたいだね」

 と言った。

 すると、もう1人のお巡りさんが
「いや、この警官は自分の自転車を損して、お二人は得したんだから『一方損』ですな」
と、笑いながらまぜっかえした。

 ところが、中古自転車を提供しようと申し出たお巡りさんは

 「いやいや、『三方一両得』です。誰も損していない。

 私は自転車を提供したけれども、
 とても温かいお話を今日はいただきました。

 人を疑ってばかりではいけないことも学びました。

 ひさしぶりに温かい気持ちになれ、嬉しいばかりです。

 大変得した気持ちにしてもらいました。

  だから『三方一両得』です。

 私こそ、ありがとうございました」

というではないか。

 お巡りさんが言い終わると、パチパチと大きな拍手がわきあがった。

 みると、交番の周りがけっこうな人だかりになっている。

 これまでの一連のやりとりを通行人の皆さんが立ち止まって聞いていたのだ。

 孝は恥ずかしくなったけれども、おじいちゃんが大きくうなずいているのを見て、なんか良い一日になったなぁと思った。

 そして今度は嬉し涙があふれてきてならなかった。

 山田さんとお巡りさんがそんな孝の肩を無言のままポンポンとたたいてくれた。高井さんとおじいちゃんが握手している姿が、孝のにじんだ目に映った。

 外はすっかり闇の中だったが、交番のあたり一面はまばゆいばかりに光っていた。

(完)

※三日連載の創作をお読みいただき、ありがとうございました。

 神奈川新聞(12月10日)記事にあった高校生と御祖父様の行く末が幸せに包まれますようお祈り致します。なお、以上の創作は、新聞記事にヒントを得ていますが、前編冒頭にお断りしましたように、事件内容とは違います。記事のあまりの切なさに、それを少しでも和らげたいとおもって創作したものです。ご理解願います。

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2007年12月12日 (水)

創作「おじいちゃんの贈りもの」(中編)

  • 明日で期末試験も終わりです。全力を出し切って欲しいと思います。

■創作「おじいちゃんの贈りもの」(中篇)■

(前編から続く)

「じゃあ、おじいちゃんが盗んだということだね?」
と、とんでもないことをお巡りさんは口にした。

孝は、

「違います。おじいちゃんの廃品利用なんです!

 うちのおじいちゃんは泥棒なんかしない!」

と精一杯の声で言い返した。

お巡りさんは、

 「でも、これ、ここにあるように盗難届けが出ているんだよ。
 この自転車には正当な持ち主がいて、今、現になくなって困っているということなんだけれどもね」

という。

 そんな・・・そんな・・・<正当な持ち主>だなんて・・・じゃあ、なんで小川の土手に乗り捨てたまんまにしていたんだ。

 泥だらけ、チェーンもはずれて、そのまんまじゃ乗ることなんてできない不法投棄状態だったんだぞ。

 それをうちのおじいちゃんが直したんじゃないか。不法投棄こそ取り締まってくれ。

というようなことが孝の頭を巡ったが、言葉にならない。

 交番につれてきたお巡りさんが電話をかけている。どうやら家にかけているようだ。

 ほどなくして、おじいちゃんが交番にやってきた。とても恐い顔をしている。

 「孫が泥棒なんてどういう了見で決め付けているんですか」

と開口一番切り出した。

 「いや、盗難届けの出ている自転車に間違いないものですから。
 お孫さんが盗んだのでなければ、おじいさんが盗んだということになってしまいますが・・・」

 「何ですと?聞き捨てならないことをおっしゃるものだ」

 「・・・」

 「不法投棄されていたものを私が直したんだ」。

 孝は自分も考えたことをおじいちゃんが言ってくれていると思って、心がすこし晴れ晴れとしてきた。

 またお巡りさんが電話をかけている。こんどは盗難届けを出した人のようだ。
 近くに住んでいる人らしく、すぐに交番にかけつけてきた。

 自転車を見るなり

 「間違いない。私の自転車だ」

 と言っている。

 そして、にらむように孝とおじいちゃんに視線を向けてきた。

 おじいちゃんが
 「あなた、不法投棄したんではないの?」
 と噛み付いた。

 相手は

 「何を言いますか。駅の駐輪場から盗まれたんだ」

 と言い返してくる。

 いつごろ盗まれたかといえば、今年の春だという。
 盗難届けの日付は4月2日になっていた。

 おじいちゃんは
 「私が土手で見つけたのは、つい一月ほど前だ。春からすれば半年も経っている。道理で汚れてあちこち傷んでいたはずだ・・・」
 と説明した。

 すると、お巡りさんが

 「う~ん、話を信じれば、どうやら別の人間が盗んで乗り捨てたのを、おじいさんが見つけたということなのかな?」

 と言った。

 「話を信じればとは何という言い草ですか。まるで私が容疑者のようではないですか」

 とおじいちゃんは憤然としている。

  そんなこんなを大声で話しているところへ

 「おや、手塚さん。どうしました?あれ、孝君もいっしょに交番なんて・・・」

 と声をかけてきた人がいる。

明日へ続く。明日で完結します)

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2007年12月11日 (火)

創作「おじいちゃんの贈りもの」(前編)

071211yakei_sinyokohama_gogo4jisugi  ← きょうの午後4時過ぎの新横浜方面です。

曇り空で冷たい日でしたが、まだ4時をまわったばかりだというのに、もう暗く、夜景になっておりました。

071211koyomi20071211

←きょうの暦のことば。

<物事に感謝の気持ちが湧き出たら幸福の扉が開かれる>

.

■創作『おじいちゃんの贈りもの』(前編)■

  • きょうの神奈川新聞に「おじいちゃんからのプレゼントは盗品?」という短い記事が載っていました。とても切なくなる記事でした。そのままお伝えするのは忍びないと思って、この記事にヒントをえて、創作を書いてみました。400字詰め原稿用紙で12枚ほどになりましたので、前編ー中篇ー後編と三日連載とします。ご面倒でしょうが、きょうから三日間おつきあい願います。
  • 生徒の皆さんは期末テスト勉強の頭休めに読んでみてください。
  • 念のために付記しますが、以下は創作=フィクションですので、実際の事件内容とは違います。記事の切なさを和らげるために創作したものです。

孝はおじいちゃんのことがとても好きだ。

おじいちゃんは70を超える年齢だが、まだまだ元気だ。

ジョギングとはいかないが、毎日、散歩をしている。

日曜日には孝もいっしょに散歩することがあるが、おじいちゃんは二時間も三時間も平気で歩き回る。

距離にすると10キロメートルは歩いているだろう。

おじいちゃんの散歩についていくと、このへんは50年前はまだ山だったとか、
この小川で魚を釣ったものだとか、
この建物は今は古ぼけているが建ったばかりのころはモダンでみんな目をみはったものだとか、

町のことについて、いろいろなことを教えてくれる。

おじいちゃんは、昔気質で、孝がものを粗末に扱うと、すごい勢いで叱られる。
ちびた鉛筆をゴミ箱に捨てて、それを見つけたおじいちゃんが剣幕も恐ろしく、
「まだ使えるじゃないか」
と怒ってきたことがある。

孝が
「その短さでは書きにくくて字が曲がっちゃうんだよ」
と言い訳しても聞き入れてくれない。

でも、そんなおじいちゃんが孝は好きなのだ。

この春、高校に入学して電車通学することになった孝は、
駅まで通うのにバス代を浮かせたいと思って、自転車があればなぁと考えていた。
歩くにはちょっと距離がありすぎて、通学時間がかかって、もったいない。

それで自転車がほしくなったのだが、父さんは「走って通えば運動になる」ととりあってくれない。

しかたなく、通学時間が長くなっても歩くことにしたのだが、

ある日、おじいちゃんが「孝、これを使いなさい」といって持ってきてくれたのが、丁寧に磨き上げられた自転車だった。

中古だが駅までの行き帰りに使うには十分すぎるぐらいだ。

おじいちゃんに尋ねると、昨日散歩していたら、小川の土手に乗り捨てられていたのだという。
自転車の状況から、もう何ヶ月も乗ってないと思われるほど、さんざんに汚れているし、
ちょっと起こしてみるとチェーンがはずれたり、サドルが曲がっていたりで、
使用者が不法投棄した自転車だろう。

おじいちゃんは不法投棄など、とても許せる性格じゃない。

孝が自転車をほしがっていたことを思い出して、
ちょっと修理して磨けば十分使えるのではないかと思って持って帰ってきたのだという。
一日がかりで、どうにか乗れるようにしてくれたのだという。

孝はますますおじいちゃんが好きになった。
いや尊敬できるおじいちゃんだと思った。自分もおじいちゃんのようになりたいと思う。

毎日、駅までの行きかえりが楽しくなった。
おじいちゃんの贈りもの、それも手作りの贈りものだと思うと、
自転車がこよなく愛しいものに思えて、ハンドルを握る心もはずむばかりだ。

冬になって寒風にあおられても、心は少しも寒くない。
冬に入って、日が暮れるのが早くなって、その日、孝が駅から帰宅するころ、すっかり暗くなっていた。
さあ、今日もおじいちゃんの肩たたきをしてあげようと急いで自転車をこいだ。

そこへお巡りさんから呼び止められた。
「君、無灯火で乗っては危ないよ」。

町並みの照明で別に必要ないと思っていたのだが、やはりお巡りさんからすれば、危険乗車ということになるのだろう。

お巡りさんに職務質問みたいにいろいろと聞かれた。
そして、
「まさか、これ駅で盗ってきたのではないだろうね?」
と失礼なことを言われた。

おじいちゃんが修理して磨いてくれたものなのに、なんでこんなことを言われなきゃいけないんだと、心が張り裂けんばかりに腹がたってならなかった。

「違います!おじいちゃんの贈りものです」
大きな声でお巡りさんに言ってやった。

「あ、そうか。それは失礼なことを言った。ごめんな」
と謝ってくれたけど、でも、まだジロジロと自転車を見定めている。

まだ疑っているじゃないか、ふざけるな!という気持ちから力をこめてこぎだした。

するとお巡りさんは

「待て、逃げるのか!」

と言いながら追いかけてきた。

別に逃げるわけじゃない、あんまり失礼だから、相手にしたくないだけだ。

止まることなく自転車を走らせていると、お巡りさんも自転車だから、激しい勢いで追いついてきて、

「ちょっと交番まで来なさい」

と言われてしまった。

これじゃ犯罪者じゃないかと思っていると、
交番まで来ないと「コームシッコーボーガイ」になるぞと言われた。

とても恐ろしくなったから連れて行かれるままにした。
どうせすぐ帰してくれるだろうと思いもした。

交番では、名前や住所、電話番号を聞かれたり、学校名まで聞かれた。

そうしたら、交番にいた別のお巡りさんが帳面から目をあげながら、

「君、これ、やっぱり盗んだものじゃないか。嘘をついてはいけないよ」

ととんでもないことを言い出した。

えっ?そんなことはない!冗談を言ってもらっちゃ困る。

おじいちゃんからのプレゼントなんだ。誰が盗んだりするものか!

「君ね、おじいちゃんが贈ってくれたというけど、とんでもない嘘をつくもんだな。
これじゃ、おじいちゃんが悲しむよ。さあ、駅のどこで盗ったか正直に話しなさい」

本当に失礼なお巡りさんだ。

おじいちゃんのことも思われて涙がこみあげてきた。

いったん流れ始めるととめどもなくあふれてきて、ボウダの涙となった。嗚咽にもなった。

それでもお巡りさんは

「泣いてちゃわからない。ちゃんと説明しなさい」

とばかり言い続ける。

ひとしきり涙が出て落ち着いたとき、おじいちゃんが贈ってくれたいきさつを話し始めた。

すると、今度は
「じゃあ、おじいちゃんが盗んだということだね?」
ととんでもないことをお巡りさんは口にした。

12日掲載の中篇に続く)←クリックするとジャンプします。

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2007年12月 1日 (土)

創作寓話「冬至」:平成16(2004)年卒業生へ

■創作寓話■

 今日は所用のため一般記事に代わって私の<創作寓話>をお読み願います。

  • 今までにアップした創作寓話を未読の方は、左欄「カテゴリー」から自作寓話をクリックしていただくと全編お読みになれます。

            冬至

 つるべ落としの秋の日が過ぎると、やがて日がいちばん短い冬至がやってくる。この冬至のころに力強く芽吹いて、青々とした姿を現す雑草があるのをご存じだろうか。

 ある日、陽だまりで日向ぼっこをしていた人が、冬枯れの芝に目をやっていた。すると緑色の物が目に入った。

 なんだろうと目を凝(こ)らすと、芽吹いたばかりの草だった。

 庭全体が枯れ芝なので、その青々とした姿はとても目立つ。

 「うわー、この草。すごい」

 日向ぼっこをしていた人は感嘆の声をあげた。

 「冬って、お日様に恵まれず全部が枯葉枯れ草になるのかと思っていたけど、この草、力強い生命力だわ。毎日、ここに来る楽しみができたわ」

 感謝されるなんて冬草にとっては意外なことだった。

 夏草は冬の間、種となったり根草だったりして土の中だが、そこから冬草に声をかけた。

 「おいおい、冬草さん、良かったな。

 おいらはあんたが見つかった時、他人事(ひとごと)ながら冷や汗かいたぜ。

 おいらなんか、夏の間中これでもこれでもかと地表(おもて)に出るのに、感謝されたためしがない。

 反対に、えいやっと抜かれてしまうんだぜ。おいらだって、暑い夏の盛りにへこたれないで生きているのに」

 夏草の思いがけない言葉に冬草は考えた。

 「私が人に感謝されるのは芝の皆さんのおかげなのね。冬になると芝の皆さんが枯れてくださるから、冬草の私が目立つことができるのだもの。私の青さに人が感激してくれるんだもの。芝の皆さん、ありがとう。」

 思いがけず感謝がまわってきた芝の面々が今度は考えこんだ。そして、

 「そうか、わかった。おい、夏草君、おれたち芝は君たちにこそ感謝しなきゃいけないのだな。

 君たち夏草が頑張って次々に出てきてくれるから、おれたちは夏の間中、手入れをしてもらえて身綺麗(みぎれい)でいられるんだよ。

 夏草君に今までありがとうの一つも言わないで申し訳なかった」

 夏草はびっくり仰天(ぎょうてん)だ。

 「嬉しいねえ。こんなおいらに感謝してくれるなんて。世の中って捨てたものじゃないな。ありがたやありがたや」

 次から次へと感謝の連鎖がめぐっていくのを確認したお日様がつぶやいた。

 「どれ、私ももう一度元気を出すことにしよう」

 冬至を境にして、お日様の勢いが日に日に回復し始めた。どっぺん。

※人に感謝されないことはつらいことです。逆に人に感謝されるということはとても嬉しく生き甲斐につながります。自分の中に人に感謝されるところを発見して、それを伸ばすようにしましょう。反対に人に迷惑をかけているところはなくすように生きていってほしいと思います。

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2007年11月24日 (土)

創作寓話「蝉(せみ)」平成15:2003年卒業生へ

■創作寓話■

 今日は所用につき記事が間に合いませんので、私の「創作寓話」をお読み願います。

 平成15年(2003年)卒業文集に掲載したものです。

 今までにアップしたものは、左欄のカテゴリー「自作寓話」をクリックすると全部ご覧になれます。未読の方は是非どうぞ。

        蝉(せみ) 

 炎天下、森羅万象(しんらばんしょう)が呻吟(しんぎん)する夏。

 日が昇ると蝉が声をかぎりに鳴き始めた。その蝉に向かって、トンボがしかめっ面(つら)で文句を言う。

 「おいおい蝉君、いい迷惑だぜ。今日はのんびりと空を舞いたい気分なんだ。そんなにわめきたてないでくれよ」

 蝉は鳴くのに忙しくて相手にしない。トンボが憎まれ口をたたみかける。口調もべらんめえに変わった。

 「やい、この蝉野郎、貴様は生まれてから七年も地面の下にうずもれているんだってな。そのくせ地上では七日しか生きられないって話じゃあねえか。

 それが悲し悔(くや)しでわめいているんだったら、てめえ承知しねえぞ。

 悲劇の主人公ぶってわめく奴ぁ、俺ぁ、大嫌いなんだ。おい何とか言え。」

 蝉はトンボの勘違いに笑いをこらえるばかりだった。土中に七年いて地上に出ると七日しか生きられないというのは本当だが、別にそれが悔しいわけではない。

 「トンボ君、君は地中で暮らしたことがないからわからないのでしょうけど、土の中はとても快適なんですよ。地上に出てみると、地上は土中とは反対に生きるのに辛(つら)いところです。まぶしいし、蜘蛛(くも)の巣にからめとられるなど外敵ばかりじゃないですか。

 ところが地中は温度が年中同じだから快適このうえない上、枯葉などが腐食(ふしょく)して有機物(ゆうきぶつ)がいっぱい、栄養満点です。

 土中には、ミミズ君をはじめ仲間も大勢いる。友達の動きが土を伝わって体じゅうに響く嬉しさは何ともいえないものですよ。その喜びをトンボ君にも体験させてあげたいものだ。

 私達が木に留まって日がな鳴いているのは、辛(つら)い地上で生きる仲間同士、励ましあっているだけなのですよ。」

 初めて知った蝉の事情を聞いて、トンボがあっけにとられる中、蝉の泣き声はますます響きわたった。その木陰で、大人が子供に向かって何やら人生訓めいたことをしゃべっている。

 「《地中七年地上七日》これが蝉の人生だ。はかない運命、悲劇の一生。それが蝉さ。それに比べりゃあ、お前は幸せなんだぞ。」

 訳知り顔(わけしりがお)の大人の頬(ほ)っぺに数滴、何やら冷たいものが降りかかったとさ。どっぺん。
 
 ※皆さんも友達と「蝉ってかわいそうねえ、地上に出て一週間で死ぬんだから」と一度は話しあったことがあるでしょう。もちろん私もあります。でも立場を変えてみたらどうなのだろうかと思ってこの寓話を作りました。

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