2016年9月16日 (金)

再掲記事 「克って勝つ」 「克って打つ」

平成17年(2005)9月22日木曜の再掲記事(2)です。

学年通信に樋口先生が紹介した新聞記事について触れたものです。

         ↓ 

■きょうの最後は、「2学年通信 9月10日 第⑤号」にちなんだ話をしたいと思います。

050922gakunentuusin_2nen 左の写真がその学年通信ですが、右下の欄から裏側にかけて「新聞記事より」と題したコラムがあって、毎日新聞より<学校と私;恩師の言葉「克って勝つ」>という話が副担任H先生の手で紹介されています。

五輪銅メダリストの柔道家、日下部基栄さんのことです。日下部さんは恩師園田先生に教わった「克って勝つ」という言葉(己に克てないと相手に勝てない」という意味)が大好きで、それに支えられてこれまでの柔道人生を歩いてきたし、これから結婚した後の人生も歩んで生きたいというような趣旨です。

■私はこれを読んで、私の剣道の恩師、緒方先生、本郷先生というお二人に教わった言葉を思い出しました。それは「打って勝つのではなく、克って打つのだ」ということです。私など、剣を構えたら、しゃにむに相手を打ち負かすのがいいのだとばかり、とにかく打つことに集中していたのですが、「克って打つ」のでなければ勝てないということを教わりました。

 己に勝ち、相手を呑みこむ精神力をもって、はじめて打って出よ!ということですが、同じようなことばをもう一つ紹介します。同僚のT剣士が高段者に稽古をつけてもらった後、「私の剣道はどこが悪いでしょうか?」と教えを乞うたところ、「あなたは隙(すき)だらけのまま打ってくる」と言われたそうです。私とT剣士が教わったことは、柔道の日下部さんの話とまったく軌を一にしているなあと思いながら、学年通信コラム部分を読ませてもらいました。この話を早く紹介したかったのですが、学園祭準備の紹介などが多くて、今になってしまいました。

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2016年9月15日 (木)

再録記事:エンジェルトランペット、学園祭準備

平成17年(2005)9月22日木曜 の再録記事(1)です。

学園祭の準備にいそしんでいる日ですが、通学階段のエンジェルトランペット、そしてベランダからの新横浜方面眺望が懐かしく思い出されます。

   ↓

050922enjel_trunpet ■学校の模様から紹介します。正門を入って、体育館脇を通り長い階段を上り詰めると事務室のところに、いま大きな白い花が咲いています。用務員さん(鶴見さん)の力作です。

エンジェルトランペットというそうです。朝鮮朝顔の一種だという方もいます。

050922enjel_trumpet_kakudai 首を上に向けないと目に入らないと思いますので、階段を上り詰めて昇降口にたどり着く前に気をつけてご覧になってください。釣鐘のように下向きに咲く花なのですね。

実は私は、昨年、B高校の先生のお宅の庭で、この花を生まれて初めて知りました。すると、それから縁が深くなったのかどうか、しょっちゅう見るようになりました。昨夏、帰省した折り、実家の畑に近所の方が植えてくれ、そして今年、用務員さんが学校に鉢植えしてくださったわけですが、どちらも別に私のためということではありません(当たり前ですが)。それだけにB高校の先生宅の庭からあと、この花にえにしを感じるわけです。

■連日、学園祭準備の模様をお知らせしておりますが、きょうは、生徒の力を思い知った日でした。水泳部のテント張り(フランクフルト屋さん)を手伝ったのですが、私のほうが<年の功>で絶対にうまく050922tent_setuei1 050922tent_setuei_bubun_kakudai やれる自信満々でいたところ(いや実際、今まではきちんとこなしていたのです・・・?)、なかなかすぐに骨組みをうまく組めません。すると、MさんやHさんたち部員のみんなが「ここはこうですよ」「それはこうしてみたら?」と知恵を出してくれたり、「これをやってからでないとうまくいくはずがないです」というように指示してくれたりするのです。そのとおりやると実際うまくいきました。脱帽でした。

■そしてまたまた、びっくり。050922basket_tent 横を見るとバスケットボール部のテント(焼き鳥屋さん)がきれいに張り終わっています。自分たちだけで組み立てたのだそうです。みんな立派!立派!

生徒諸君の頑張りに報いるためにも、学園祭、台風もそれて、雨一滴降らないでほしいですね。

■テントの写真をとっていたら、美術室の前で手を振っている人がいます。2年生たちです。近づいていってもう一枚写真をとりました。050922bijutusitu_mae 050922bijutusitu_mae_tikaku そうしたら階段のほうから声がきこえてきてもう050922bijutusitu_hitori_hueta 一人加わりました。それでもう一枚パチリと相成りました。

■この写真は、陽も落ちて暗くなったなか、校内装飾050922syokuinsitumae_oudanmaku係が横断幕を張っているところです。教頭先生も手伝っています。この横断幕には書家教頭先生の手で「神無祭 めざせ大倉山」と書かれてあります。<めざせ!大倉山の栄光><栄光をめざせ!大倉山のみんな>の両方の願いを込めた、(若かりしころの)教頭先生によるコピーです。学園祭にこの横断幕をかかげるようになってからもう20年以上になります。これも大倉山50年の生き証人ですね。神無祭という名称から、以前は10月に本校学園祭が実施されていたことをしのんでもらえるでしょうか。いま生徒教職員総がかりによる学園祭に向けた一日一日の取り組みが、東横学園の歴史に、確かな大倉山の50年を刻む作業なのだと思います。みんな頑張れ、大倉山のみんな、栄光をめざせ!

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2016年8月25日 (木)

【再録】 平成20年(2008) 茶道部の納め会

.齋藤さんより「会長日記」がとどき、金子さん一周忌を期して「茶道部同期会」を開いたとのことでしたので、私も金子さんを偲んで、再録ではありますが、金子さんが写っている茶道部記事をアップします。

以下、平成20年3月26日記事の再録です。

japanesetea2月22日茶道部納め会upwardleft

080223_0222sadoubu_osamekai20080222茶道部の皆さんの三年間のお稽古の集大成披露です。

卒業生の遠藤さんと中村さんも列席してくれました。

茶道部の皆さんは一年ほど前に、すでに、裏千家の千宗室宗匠より「許状」等を伝授されています。(参照→平成19年5月15日記事

080223_0222sadoubu_osamekai200802_2080223_0222sadoubu_osamekai200802_4 そういう折り紙つきの茶道お作法を見せてくれました。

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080223_0222sadoubu_osamekai200802_5080223_0222sadoubu_osamekai200802_3 接待をうける側が、お茶菓子をいただくとき、お茶碗をそっと浮かしてからいただくという作法、はじめて知りました。

 この日は「お雛様」をかたどったお菓子。一瞬、このような「お姿」を口にいれるのは罪深いことではないかと思うほど、よくできています。和菓子の伝統はすごいですね。

 話をもどしますが、お茶碗を浮かす作法・・・学園祭では何度も、そして今年度は茶道体験教室にもご招待いただきながら、そういうところには目がいかなかった・・・まことに不明の至りで恥ずかしい。

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←立ち姿は佐々木妙美さん。

上の写真のどこにも佐々木さんは写っていません。裏方で働いていたからですが、どうにかおさめないとと思って、立ち上がったところをパチリとやったら、ご覧のように大きなアップ写真になりました。佐々木さんもびっくりした模様。佐々木さん、こんな写真でごめんなさい。

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2014年6月30日 (月)

【再録】やっぱり大相撲 & 華道作品

ご無沙汰しております。

7月を迎えます。私の好きな大相撲7月場所の月です。

それで6年半前に書いた大相撲の記事の再録をお読みください。華道作品では目の保養をなさってください。

2008年1月28日 (月)

■華道作品■

3A 齋藤美紀さん 3C 佐々木妙美さんの作品。そして先生方の作品です。

080128kado_3a_saito_miki20080128_2 080128kado_3c_sasaki_taemi2008012_2 080128kado20080128_4 080128kado20080128_1_2 080128kado20080128_2_2 080128kado20080128_3_2 080128kanekosaori_matiduka_ninomiya

最後の一枚は、佐々木さんの作品をとっているときに通った三人組。金子さん 町塚さん 二宮さん。ポーズをとってくれましたのでパチリとシャッターを切りました。

■大相撲東西横綱相星決戦■

080128_0127sumo_hakuho_asasyoryu__2 ← NHKテレビ(1月27日)より。白鵬関が優勝を決めた瞬間。

 いろいろといわれても、やっぱり大相撲ですね。昨日が初場所千秋楽でした。15日間札止め満員御礼で、最後は相星決戦で大いに盛り上がりました。

 横綱が二人ともモンゴル出身で日本人がいないのは寂しいという声もあります。うなづけなくはないのですが、私は、国技大相撲における横綱の使命を果たしてくれれば、どこの人が横綱でも満足すべきだという意見に傾きます。

 ≪帰ってきた朝青龍≫と形容したい今場所の西横綱でした。それに対して、≪大きくなった白鵬≫と呼びたい東横綱でした。

  •  身から出た錆び(さび)ではありましたが、朝青龍関は長い謹慎生活あけの久しぶりの土俵で相撲勘をとりもどすのに苦しみました。それでいながら白鵬関と相星で千秋楽までこぎつけたのは立派という以外にありません。
  •  見ようとりようによっては傍若無人といえる振る舞いがなくなっていないという報道もありますが、また「ヒール」(敵役)という見方もありますが、私は横綱として成長しているだろうと好意的に見守りたい立場です。・・・・・といいつつ「朝関、もう後ろ指をさされるようなことをするなよ」と祈る思いなのですが。
  •  ≪帰ってきた朝青龍≫を待っていたのは≪大きくなった白鵬≫でした。
  • 白鵬関は九州場所、優勝したとはいえ、その星数はまことに不満でした。朝青龍がいなければこれほど不甲斐ない横綱なのかとため息が出ました。でも今場所の白鵬関は違いましたね。「角界の新しい主役は私なのだ」という気概に満ちあふれた取り組みでした。九州場所からすれば本当に大きく成長した正横綱でした。

 青白時代(しょうはく時代)と呼ぶそうですが、このように両雄が並び立つと大相撲は人気が出てきます。わが日本の国技を盛り上げてくれるモンゴル出身の横綱に敬意をはらいながら今後も応援していきたいと思います。

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2014年1月30日 (木)

割烹着の研究者の大発見に寄せて

.素晴らしいニュースが飛び込んできました。神戸の理化学研究所の小保方晴子リーダーが万能細胞の新しい作り方を発見したことが全世界を驚嘆の渦に巻き込んでいます。

iPS細胞でノーベル賞に輝いた山中教授も称賛する発見だといいます。

小保方晴子リーダーは研究の時、白衣ではなく割烹着(かっぽうぎ)を着ているということで、その写真も報道されています。

割烹着と聞くと、私は校長日記に掲載した記事を思い出します。

ということで、きょうは再録記事をご覧願います。

         ↓

2010年6月21日 (月)

ありし日の母校Vol.32≪食物の授業:調理実習@1960年&62年~64年アルバム≫

調理実習の写真をご覧にいれます。

1960album_jugyo40_1962album_kounai_tyourikigu1962album_jugyo51963album_jugyo4_tyourijissyuu1964album_jugyo3_tyourijissyuu

一枚目が1960年、2枚目と3枚目が1962年、4枚目は1963年、最後の写真が1964年のアルバムからです。

ただし、1963、64年のものは制服姿の方が写っておりますので、学園祭のものかもしれません。調理実習を制服のままするということはありえませんので。その点は悪しからずご了解願います。

 調理実習をする割烹着姿がとても凛(りん)としています。

  割烹着(かっぽうぎ)という言葉を今の若い方はきっと知らないでしょうね。

 私どもにとっては、その姿だけでなく、言葉の響き自体が、とてもノスタルジーにひたってしまう言葉です。

 私どもの母の世代は、台所に立つとき(いや家事一般ですね)、エプロンではなく必ず割烹着(かっぽうぎ)でした。そもそもエプロンというものはなかったのではないでしょうか。

いや、ありましたね。前掛け(まえかけ)と呼んでおりましたが、それはどういうときに母がつけていたか、思い出せません。

 昔の日本の女性は着物(和服)が普段着、常装でしたから、それを包み込むには、前掛けごとき(前掛けに失礼な表現かな・・笑)ではなく、割烹着(かっぽうぎ)でなくてはなりませんでした。

 写真の1960年代といえば、洋装が普及していた時代ですし、本校制服ももちろん言うまでもなく洋装でしたから、肩から下げるエプロンで良いわけですが、いやいや、この時代は割烹着なのですね。

 それから、二枚目の写真、刃釜(はがま)が写っています。以前にも書いたことがありますが、これまた、とても懐かしいお釜です。ガス器具の上に乗せると、なぜ刃がついているのかわからないのですが、きょうは今から用事があります、それは続きということで、ご容赦願います。

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2012年11月 2日 (金)

H24.11.2の富士/再録:東京タワー物語(7年前の記事)

↓ 今朝、付属小学校から望んだ富士山です。(平成24年11月2日)

20121102fuji

いつのまにか11月になってしまったという感じです。

二ヶ月ごとのカレンダーは最後の一枚となってしまいました。

きょうは7年前の校長日記を再録致します。東京タワー物語と題しています。そのとき見えた富士山の写真もアップしています。ご覧ください。

【東京タワー物語(平成17年11月1日の記事より)】

  • 051101huji_first 秋深し、快晴となりました。今朝、富士山が見えました。私の知るかぎりではこの秋初めてではないかと思います。
  •  
  • ■古くから日本人は富士山を霊峰としてあがめ、また日の本の誇りとして愛してきましたが、昭和30年代以降の日本人にとって、それに東京タワーが加わりました。私なぞはご存知のとおりの田舎者ですが、東京見物に行った近所の子が東京タワーの模型を買ってきたのを、文字通り羨望のまなざしで眺めたことを思い出します。

    051101big_comic_origin_hyousi ビッグコミックオリジナルという劇画雑誌があって、長期連載の一つに西岸良平「三丁目の夕日」があります。<失われた昭和30年代>を描いて秀逸のコミックです。今となっては取り戻せないものとなってはいても、私のような中高年にとっては心に多くを残している、それが昭和30年代です。新横浜のラーメン博物館にも再現されていますが、「三丁目の夕日」がこのたび映画化され、11月5日より全国東宝系ロードショーで公開されるそうです。吉岡秀隆、薬師丸ひろ子らの配役といいます。

    映画の舞台は昭和33年の東京下町ということで、建設中の東京タワーも映像化されているそうです。ビッグコミックオリジナル11月5日号に東京タワー物語が掲載されています。建設中の写真が連続六葉(昭和33年2月12日051101big_comic_yuhigaoka_eiga~完成の12月23日)載せられています。

     東京の方、といっても昭和33年までに子どもになっていた人に限定されますが、当然ながら建設中の東京タワーをご覧になっているわけですね。私にとっては逐次建設中の写真をいっぺんに見ることができるのは、単なるタイムスリップというだけにとどまらない、同時代の東京人になれたというような、ちょっとした幸福感に包まれます。下に写真を貼り付けますのでご覧ください。後段はそれぞれ三倍にしたものです。(モザイク様で見にくくなっていますが、大きいほうがよいだろうと考えてのことです。)

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    ※ついでに、東京タワーにまつわる個人的体験を記しておきます。ばかばかしくておつきあいただくのが心苦しくなるほどですが。

     18歳で初めて上京して半年ほどたったころのことです。大学の上映会のために借りたフィルムを返しに水道橋に行く用がありました。

     「水道橋」なんて変な名前だと思いながら駅のホームに降りると、憧れの東京タワーが見えるではありませんか。とても近くに見えたので、用をすませた後、東京タワーを目当てに歩き始めました。

     ときどきビルの陰に隠れますが、すぐ見えるようになりますので、そっちの方角にどんどん歩きました。

     ところが、ものの10分で着くだろうというほど近くに見えていたのに(つもり)、いつまでたっても到着しません。途中東京タワーが見えなくなったりして人に尋ねたりしながら、やっとの思いでたどり着きました。かれこれ一時間半かそこらはかかったと思います。地図で調べたら直線で3キロメートルぐらいの距離でしたから、道行き、その倍は歩いたと思います。

    おのぼりさんの悲しい笑い話でした。

    • 明日は全校朝会です。いつもより早めに登校して8時半には体育館で全校朝会が始められるようにしてください。
    • 県学事振興課より「振り込め詐欺」電話が相次いでいるとの連絡が入りました。再々ご連絡していますが、もしご家族誘拐や事故等の電話でお金を振り込めの話の場合は、安易にお金を振り込まず家族の所在確認に全力をあげるのが第一、くれぐれも気を付けてくださいとのことです。また必ず警察にも連絡願います。 

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    2011年11月 2日 (水)

    大倉山高校のフキノトウ

    付属小学校で、先日、2年生が「サトイモ掘り」体験に行ったのですが、その道行き、蕗(ふき)の葉っぱを見つけて、ああいいなあと思っていたら、なんと畑に着いたら、一面、蕗だらけのところがあるではないですか。ますますうれしくなりました。

    なぜなら、大倉山高校でも春になると美術の下にフキノトウが顔を出す季節が私はとても好きだったからです。

    そのことをなつかしく思い出しました。それで、きょうは、過去の記事のなかから、大倉山高校のフキノトウに触れた記事を再録したいと思います。

    ほかの風景も懐かしく思い出しながらご覧いただければと存じます。

    下の写真は全部、クリックすれば拡大できます。

      小学校の「先生ブログ」こちらをクリックしてください。

    校長日記 平成18年(2006)2月3日の記事から

          ↓

    ■冬の厳しい寒さを長年忘れていたように思います。そんな気持ちになった今冬の厳寒でした。二月如月を迎えて、まだ寒さのぶり返しはあるでしょうが、今日は節分。だんだんと春めいてくると思います。昔から<二月逃げ月>といいますように春弥生三月はすぐ来ます。校庭を歩きますと、草木が春はまだかという風情を見せていました。

    060203_0202harumatitubomi_ume_in_dote 060203_0202harumatitubomi_ume_side_koutei 060203_0202harumatitubomi_yaezakura 060203_0202harumatitubomi_yamazakura 左から、校庭土手の梅、校庭脇の梅、体育館正面の八重桜、名木山桜です。山桜ははっきりしませんが、それぞれに、つぼみをふくらませていました。

    060203_0202harumati_suisen_in_seimon 060203_0202harumati_sibazakura 060203_0202harumati_dote_under_bijutusitu 正門の外に水仙がくっきりと立ち上がってきました。もうつぼみをつけているのもあります。正門を入るとHi先生が平成15年春に植えてくれた芝桜が緑色を見せ始めています。美術室下の土手は管理員さんの手で綺麗に借り上げられていますが、もうすぐフキノトウが顔を出してくるはずです。

    受験生の春とともに季節の春も待ち遠しい如月の始まりです。

    平成19年(2007)2月3日の記事から

        ↓

    ■フキノトウ■

    昨年は2月28日の校長日記でお知らせしておりますが、いつものところににフキノトウが芽を出しました。

    070203dote_hukinotou 070203hukinotou_me 070203hukinotou_gari_maruyama 美術室の外の土手斜面です。

    管理員の丸山さんと鶴谷さんが「収穫」に取り組んでくれました。軽くもげるわけではなく意外に骨の折れる作業です。

    070203hukinoto_in_maruyama070203hukinotou_in_turuya_1 070203hukinotou_zensyukaku ← 右側の写真が本日の全収穫。かなりたくさん採れました。

    2月の家庭科授業の教材として使う予定です。

    それにしても、こうしてフキノトウが収穫できるのですから、本当に春は間近です。

    平成19年(2006)3月15日の記事から

             ↓

    060315hukinoto_under_bijutusitu 060315hukinoto_gunsei_under_bijutusitu2月28日の校長日記で、 美術室の下の土手のフキノトウの芽吹きをお知らせしましたが、そのフキノトウが大きくなり花を開いていました。

    フキノトウはブログ「はなだより」さん(2月19日記事)によれば、キク科の小さな花の集合体だそうです。

    060315siraume_own_of_otonariwatanabesan 土手の隣はWさんの御宅ですが、白梅が花の盛りを迎えて見事です。以前から、本校学園祭の火文字やナイヤガラの花火を撮影して写真を下さったり、仕事中の管理員さんに声をかけてくださったり、音楽室の歌声が心地よいと言ってくださったり、本校がお世話になっている方ですが、春は梅花をめでさせていただき、ありがたい気持ちです。

    060315nikesamotorace_suisen 060315suisen_under_nike 書道室前のサモトラケのニケ(NIKE=ナイキ)像の周辺にある水仙もつぼみを大きく膨らませています。花開くのが近いようです。

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    2011年11月 1日 (火)

    41万アクセス御礼&東京タワー物語(再録)

    10月31日の夕方、41万(410000)アクセスを達成しました。

    そのキリ番をヒットされた方、覚えておいででしたら右欄メールボックスからご連絡ください。粗品をお送りいたします。事前予告なしで申し訳ないことでした。

    9月4日か5日に「40万アクセス達成」ですから、2ヶ月弱で1万アクセスです。本ブログを始めてからほぼ同じペース(一日平均200弱)でアクセスいただいています。

    統合直前の年、平成19年から20年ごろは一日300から400というアクセスにのぼったころもありますが、2ヶ月に1万というペースが基本できています。

    ブログ開設から丸7年がたって、8年目に入っていますが、最近は、週に1度か2度の更新しかできていないにもかかわらず、皆様の変わらぬご愛読に頭が下がるばかりです。

    付属小学校勤務が私の現役ですから、そちらの「先生ブログ」を優先させざるをえないため、毎日更新はなかなか思うに任せません。しかし、この「校長日記」ブログは私の魂のふるさと、原点ですので、できる限り頻繁な更新をこころがけてまいります。今後ともよろしくお願い致します。

    きょうは開設したころの11月1日の記事をご覧ください。

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    2005年11月 1日 (火) 東京タワー物語

    • 秋深し、快晴となりました。今朝、富士山が見えました。私の知るかぎりではこの秋初めて051101huji_firstではないかと思います。昨日までに作成した下記の日記、たまたま霊峰富士の話から始めていますが、それをアップする今日、富士を望めたというのは、とても嬉しい偶然です。
    • これから富士の見える日が多くなります。生徒の皆さんにとっても癒される日が多くなることでしょう。今日はまだ霞んだ状態ですが、これから先くっきりと丹沢に浮かぶ富士を望める日もちかいと思います。

    ■古くから日本人は富士山を霊峰としてあがめ、また日の本の誇りとして愛してきましたが、昭和30年代以降の日本人にとって、それに東京タワーが加わりました。私なぞはご存知のとおりの田舎者ですが、東京見物に行った近所の子が東京タワーの模型を買ってきたのを、文字通り羨望のまなざしで眺めたことを思い出します。

    051101big_comic_origin_hyousi ビッグコミックオリジナルという劇画雑誌があって、長期連載の一つに西岸良平「三丁目の夕日」があります。<失われた昭和30年代>を描いて秀逸のコミックです。今となっては取り戻せないものとなってはいても、私のような中高年にとっては心に多くを残している、それが昭和30年代です。新横浜のラーメン博物館にも再現されていますが、「三丁目の夕日」がこのたび映画化され、11月5日より全国東宝系ロードショーで公開されるそうです。吉岡秀隆、薬師丸ひろ子らの配役といいます。

    051101big_comic_yuhigaoka_eiga 映画の舞台は昭和33年の東京下町ということで、建設中の東京タワーも映像化されているそうです。ビッグコミックオリジナル11月5日号に東京タワー物語が掲載されています。建設中の写真が連続六葉(昭和33年2月12日~完成の12月23日)載せられています。

     東京の方、といっても昭和33年までに子どもになっていた人に限定されますが、当然ながら建設中の東京タワーをご覧になっているわけですね。私にとっては逐次建設中の写真をいっぺんに見ることができるのは、単なるタイムスリップというだけにとどまらない、同時代の東京人になれたというような、ちょっとした幸福感に包まれます。下に写真を貼り付けますのでご覧ください。後段はそれぞれ三倍にしたものです。(モザイク様で見にくくなっていますが、大きいほうがよいだろうと考えてのことです。)

    051101tokyo_tower_kensetu1 051101tokyo_tower_kensetu2 051101tokyo_tower_kensetu3 051101tokyo_tower_kensetu4 051101tokyo_tower_kensetu5 051101tokyo_tower_kensetu6 051101tokyo_tower_kensetu1_3bai 051101tokyo_tower_kensetu2_3bai 051011tokyo_tower_kensetu3_3bai 051101tokyo_tower_kensetu4_3bai 051101tokyo_tower_kensetu5_3bai 051101tokyo_tower_kensetu6_3bai

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    ※ついでに、東京タワーにまつわる個人的体験を記しておきます。ばかばかしくておつきあいただくのが心苦しくなるほどですが。

     18歳で初めて上京して半年ほどたったころのことです。大学の上映会のために借りたフィルムを返しに水道橋に行く用がありました。

     「水道橋」なんて変な名前だと思いながら駅のホームに降りると、憧れの東京タワーが見えるではありませんか。とても近くに見えたので、用をすませた後、東京タワーを目当てに歩き始めました。

     ときどきビルの陰に隠れますが、すぐ見えるようになりますので、そっちの方角にどんどん歩きました。

     ところが、ものの10分で着くだろうというほど近くに見えていたのに(つもり)、いつまでたっても到着しません。途中東京タワーが見えなくなったりして人に尋ねたりしながら、やっとの思いでたどり着きました。かれこれ一時間半かそこらはかかったと思います。地図で調べたら直線で3キロメートルぐらいの距離でしたから、道行き、その倍は歩いたと思います。

    おのぼりさんの悲しい笑い話でした。

    • 明日は全校朝会です。いつもより早めに登校して8時半には体育館で全校朝会が始められるようにしてください。
    • 県学事振興課より「振り込め詐欺」電話が相次いでいるとの連絡が入りました。再々ご連絡していますが、もしご家族誘拐や事故等の電話でお金を振り込めの話の場合は、安易にお金を振り込まず家族の所在確認に全力をあげるのが第一、くれぐれも気を付けてくださいとのことです。また必ず警察にも連絡願います。 

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    2011年9月 5日 (月)

    40万アクセス御礼/魚谷先生の「ライポンF物語」

    • 9月4日深夜から9月5日の未明にかけて40万アクセスを達成しました。40万キリ番をヒットした方、ご連絡ください。記念品を大倉山高校の封筒でお送りします。

    昔の校長日記をめくっていましたら、私がライポンFについて書いた記事に魚谷先生が寄せて下さったメールの記事が目にとまりました。再読おもしろいと思いますので、なつかしくご覧ください。

     また、この記事には、当時米国留学中だった小野さんからコメントをいただいております。私の返事コメントが先になっていますが、次をクリックしてご覧ください。

          ↓   ↓

    http://okurayama.way-nifty.com/kocho/2008/05/post_06d9.html#comments

     ↓ さて、それでは再録記事です。

    virgo魚谷先生よりメールをいただきましたmemo

    0805raiiponf_ana_58 5月13日の校長日記(←クリック)に私の「≪ライポンF≫失敗談」を書きましたが、それについて、魚谷先生がメールをくださいました。

     メールを下に掲載しますが、「ライポンF」などを使って野菜を洗うことは寄生虫対策などにより、厚生省からも推奨されていたようです。

    • つまり、私がライポンFで野菜を洗ったことは、当時の感覚からは「間違っていなかった」わけですね。・・・今はあらゆる観点から「間違い」でしょうから、若い読者の方々、絶対にしないでくださいね。←蛇足?釈迦に説法ですね。

     小学生の私は「ライポンF」で洗ったあと、それをしっかり落とさなかったので、野菜に洗剤くささが残ってしまったのだと思います。

     母に怒られたのは「ライポンFをしっかり落としなさい」という理由だったところを、怒られた印象が強いあまり、「ライポンFで洗ったことを怒られた」と思い込んでしまったのかも知れません。

    •  人の記憶のおもしろいところです。というか、記憶だけで物事を語ることの危険な点です。いずれにしても、私が食べられない味噌汁を作った「失敗」は消えないのですが・・・・・。

     それでは魚谷先生のメールをお読みください。文中イギリスの話が出てきますが、魚谷先生は大学ではシェイクスピアに関心をもって勉強されたといいます。またイギリスには、一回一回は短期ということではありますが、5回も渡られています。

    私も50年前、ライポンFで野菜を洗っていました。
    ただもう一度すすぎましたけれど。。。

    そのころはまだ、化学肥料ではありませんでしたので、
    回虫対策もあったのではないでしょうか。
    それに  ・・・ とここまで書いてほんとかな?と
    思い、WEB検索をしましたらありました。

    http://www.maboroshi-ch.com/sun/ana_11.htm

    話は変わりますが、イギリスでは食器洗い用の
    洗剤をボールに溶かし、泡を立てて、その中に熱めのお湯
    (43度くらい)をいれて洗います。そしてすすがずに
    そのまま拭きます。

    私がすすがなくていいの?
    と尋ねても、すすがないのよとホストマザーに
    いわれました。生来の気の小ささがわざわいして(?)
    どうして?毒よとはいえませんでした。

    娘のホストマザーもすすがなかったといいます。
    お二人とも70歳くらいでした。

    お料理は味が濃いせいか洗剤の味は
    しませんでしたが、いただく前には《ま、
    死ぬことはないから》といいきかせました。

    イギリスの今の若い方はどうかわかりません。
    所詮、人間のすることなんて、・あちらを立てれば、
    こちらがたたず・ なのかもしれませんね。

    私の『ライポンF』物語です。

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    2011年8月 6日 (土)

    再録記事:【勉強合宿初日写真vol.2 &保育実習期間の始まり(6日~24日)&原爆忌】

    きょうは、再録記事をご覧ください。4年前の今日8月6日の記事。保育実習や勉強合宿などなつかしく思い出してもらえると思います。

    そういえば、本校の後身、都市大等々力はいま勉強合宿の真っ最中です。350人ほども参加していると言いますから、実に大きな勉強合宿ですね。本校出身の先生方も厳しい指導をしておられると思います。

    ↓それでは、平成19年8月6日の記事をお読みください↓

    ■今日から保育実習期間(~24日)■

    • 本日より24日まで保育園実習です。
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    • 古川明美先生が家庭科実習の一環として25年にわたって続けてこられたものです。
    • 本校の重要な教育プログラムと位置づけてから7年目になります。横浜市内の三つの保育園と提携しています。
    • それぞれの保育園の写真は明日掲載致します。※左上の写真は第二白百合保育園の園庭です。

    ■6日:広島原爆63回忌、9日:長崎原爆63回忌■

    •  原爆で瞬時に蒸発させられた人々、蒸発でなくとも即死させられた人々、苦しみながらなくなった人々、生きながらえながら原爆がもとで亡くなった人々のご冥福をあらためてお祈りしたいと思います。

    ■勉強合宿初日(7月30日)写真vol.2 by 佐野教頭■

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    • 八ヶ岳山荘周辺の草花

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    • 休憩時間、明るいうちに周辺を散策したり、暗くなってから部屋で勉強したりする生徒の姿

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    • 食事風景

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    • 休憩時間も次の授業準備に余念がない先生方

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    • 夜の授業風景

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